第27話 照れ屋な彼女と脅迫
「――もういいからっ。私も、強く言い過ぎたし……!」
迂闊。……また、月菜ちゃんの優しさに甘えてしまった。
信頼を裏切るところであったと後悔。彼女には普段から迷惑をかけてばかり、ストーカーの一件も相まって、迂闊な接触は危険を招く可能性があるというのに。
月菜ちゃんは気にしないでと顔を真っ赤にしながら呟いた。
彼女は昔から照れ屋な部分と強気な部分が目立っていた。
それは優しさでもあったし、本来の性格でもあるのだと思う。
今回に至っては俺が自分で転び、それに巻き込んだ。どっからどう見てもセクハラであり、ビンタの一発くらいは覚悟した。しかも短期間で二回目の事故。
前回は不慮であったが、今回は半分以上ヒューマンエラー。
この現場でさえストーカーに見られているかもしれないと思うと、笑えない。
言葉は重ねれば重ねるほど嘘臭くなるとは言うが、謝罪が口をつく。
「だからいいって。言ったでしょ、嫉妬心を煽るのも作戦だって」
「……しかし今回は単純に俺の不手際だ。最悪、頭をぶつけてたかもしれない」
「……真にいって頑固というか、真面目というか。……ほんと」
そこまで言って月菜ちゃんは静かに微笑んだ。窓の外はうすぼんやりとした天気であり帳が下りつつある。夜の校舎というのは存外悪くないのだと思えた。
あと、彼女に頑固と言われるのは心外ではあった。俺より月菜ちゃんのほうがよっぽどだと思う。
俺と月菜ちゃんは作業の報告をして帰宅しようと職員室に向かう。
話しは逸れるが、昨今の教育者不足というのは学生の自分から見ても深刻なのだと感じていた。聞けば残業代は出ないと言うし、そもそもの業務量が異常だと。
社会に出るって大変だぁ、と俺は未来の自分を想って憂いた。
「――失礼しました~」
自由過ぎる髪色。ゆるく気崩された制服。職員室前に到着すると緒川が間延びした声を発しながら出て行くのが見えた。進行方向の関係上、俺たちと鉢合わせ。
「お疲れーっす。そっちも終わった感じですか」
「そうよ。緒川さんもお疲れ様、受理は問題なく?」
「勿論です。やー、ふたりで書類づくり頑張った甲斐がありましたね!」
本来なら相容れないふたりが、実行委員という立場を介して話している。元より月菜ちゃんと緒川という組み合わせは相性が悪くはないのだろうと思えた。
……ふたりの間に日向という高すぎる障壁があるだけで。
「……なんか、顏赤くないっすか。一ノ瀬さん」
「――っ、気のせいじゃない。もしくはちょっと動いたからよ」
「そう、っすか。ま~、美術準備室散らかってますもんね」
緒川が授業の関係で入った時も同じような荒れ果てた様だったようだ。
本格的に美術部顧問に清掃の申し出をするべきかもしれないな。
「ただ、良かったです。思ったより実行委員楽しいんで!」
「……打算な動機だった癖にな。誰よりも張り切っててびびってるぞ俺は」
「ちょ、しー! しーっす! 一ノ瀬さんがいる前で!」
俺と緒川のやり取りに、月菜ちゃんが肩を竦ませた。
緒川はファミレスで並々ならぬ想いを呟いていた。日向が実行委員を辞退した時点で作戦は崩壊しているのだろうが、それはそれで業務には真摯である。
生徒会や教師からの評価も高いと小耳に挟んでいた。
「察してるからいいわよ、アイツとの関係に口を出すつもりはないわ。ただ、妹としてはオススメしない物件ね。――物件は物件でも事故物件ってとこ?」
「…………まー、頭では理解してるんですよ、茨の道だなって」
緒川はとんっと窓を背に立ち、鼻の頭をかく。
微かに俯き、影が落ちた表情はどこか寂し気で、曖昧だった。
茶化すような空気ではなく、俺は静かに続きを待った。
「難しいんだろうなぁって。仮にいま先輩と付き合えても、これから同じような気持ちで悩むのかなって。そう思うと、堪らなく怖くなります」
「……緒川さんは、それが分かっててなぜ?」
「恋って、大変っすね」
ふわりと微笑む彼女。――誰かのスマホが鳴った。
会話が一段落した瞬間だった。無機質な、それでいてポップな音。
余りにも完璧なタイミングだった。
その軽快な通知音は決して俺のではない。警鐘が脳内で目覚めた。嫌な予感だった。たわいのない通知であれと願った。あるいは――尻尾を見せろ、とも。
月菜ちゃんと目を合わせた。会話は不要だった。
もしかしたらの可能性は、彼女も十分に把握している。
そして、月菜ちゃんは首を横に数度振った。
「私のじゃないわ」
「俺のでもない。……ってことは」
俺はじっと緒川を見つめた。彼女は俺の真剣な視線を受け「な、なんすかふたりとも。怖いんですけど」と一言。だが、一拍置いて、瞠目した。
緒川は俺の現状を知る数少ない人物のひとりだ。
なんとなく言いたいことを汲み取ったらしい
「か、確認した方が、いいですかね?」
「頼む。なんでもない通知ならそれはそれでいい」
「……碓井先輩。……わ、分かりました」
緒川はスマホの電源を入れる。――1秒、2秒。
徐々に険しくなる顔を見て、俺は嫌な方の予感が当たったのだと確信した。なぜこのタイミングなのか、それはメールの文面を把握せねば分からない。
……また、俺を監視しているのか。相手は。
「う、碓井先輩。こ、これ! ……あ、でも」
緒川はちらりと月菜ちゃんに視線を配った。
そして俺を見る。言うべきか沈黙を貫くべきかという雰囲気。
俺は「大丈夫だ」と一言添え月菜ちゃんに会話をパスした。
「……緒川さん。私も事情を把握しているわ、隠さずに教えて」
「ふたりがそう言うなら。……届いたのはメールでした、知らないアドレスから」
「悪い。画面を見せて貰ってもいいか。口に出して誰かに聞かれても面倒だ」
意図せず関係のない第三者を巻き込むわけにもいかない。俺だけなら痛い妄想を膨らませているで済むが、月菜ちゃんと緒川までセットとなれば話は別だ。
深刻だと捉えられ、教師にまで話が飛べば拗れること請け合い。
「おっけー、です。……どうぞ」
渡されたスマホ。その画面に、俺と月菜ちゃんは同時に視線を落とした。
書かれていた内容に眉を潜める。
差出人。――お前を許さない。
『私の真司様に近づきすぎ。一生呪ってやる。もう許さない。呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる』
憎悪と憤怒がこれでもかと込められた文面には、まだ続きがあった。
俺に向けられた表向き上品だった文章とは反し、乱暴な言葉遣い。明らかに怨念らしき感情が滲んでいた。
『今夜、22時に校舎裏で待ってる』
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