第26話 たまにはラブコメしたっていいじゃない
梅雨という季節は、あまり気分が乗らないのだと俺は思う。
放課後、校舎を出ると強烈な雨が地面に打ち付けられていた。広報部として俺は駆け回り、今日も今日とて体育祭実行委員の仕事を終えたところだ。
「……晴れってニュースでは言ってたのにな」
広報部としての仕事は多岐に渡る。まずは学校内を盛り上げるためのポスター作りだ。禿げが作成した物とは別に学生っぽいデザインで制作する必要があった。
他には関係者への連絡義務や、地域活性化への取り組み。
一か月ほどの猶予はあれど、中々に余裕はない。俺はこういう時に困らぬようバッグの底に突っ込ませていた折り畳み傘を取り出し――広げ、そして唖然。
「……壊れてるし。なんで」
広げると、針金部分が折れて危ない方向に露出している。
このまま無暗に使用すれば他人に突き刺さりそうであった。俺は周囲に配慮しながら壊れた傘を無理くり折り畳み、この後をどうすべきか検討した。
「教師に言って借りるしかないかな」
現在の時刻をスマホで確認。――教師陣はちらほら残っているだろう。
何より体育祭に関与している教師は全員いる筈で、事情を説明すれば持ち主不明の傘の忘れ物くらいはすんなり借りられるだろう。 自分の運の悪さを呪った。
そうして校舎内に戻ると、月菜ちゃんと緒川のコンビ。
前までなら有り得ない組み合わせだったのだが、実行委員という繋がりがそれを実現させていた。当然ながらふたりの間に流れる空気は重たいものであるが。
月菜ちゃん目線では、嫌っている兄に好意を寄せる女子。
緒川目線では、好意を寄せている人物の妹。
互いに譲歩して立ち回れ、っていう方が酷な話である。むしろそういった微妙な橋の上に居るにも拘わらず、彼女らは丁寧にやっている方だと感じる。
梨花、緒川、姫乃会長の中では梨花が確かに一歩リードしているのだろう。
だが人として関わりやすいのは緒川である。生意気だが、捻くれてはいない。底抜けに良いやつではないが、憎めない。無論、現状一番謎の多い人物は姫乃会長。
「あ、真にい。まだ帰ってなかったんだ」
「いーや、帰ろうと思ってたら傘がぶっ壊れてた」
「……ほへー、なら碓井先輩手伝ってください」
月菜ちゃんの疑問に答え、緒川からは仕事を押し付けられた。
やはり世渡りが上手いなと半ば感心しながら渡された書類の束に視線を落としてみれば、本来まだ進めなくても良い業務だった。どういうことだと目で訴える。
「元々私たちに託されていた業務は終えていたの。だからついでに」
「一ノ瀬さんって凄いんっすよ。ばばばーって仕事片付けちゃって! それで早めに上がろうとしたら禿げ教師に掴まりました。……あんのくっさい狸がぁ」
聞けば月菜ちゃんと緒川が優秀な余りに仕事を増やされたと。
頑張れば頑張るほど仕事が増える。社会の縮図を眺めている気分だ。
まぁ、それはともかく後輩が動いているのに先輩がこのまま帰宅しては恰好がつかないか。同じ広報部という意味では仲間でもあるので、吝かではなかった。
「いいよ、手伝う。帰ってもやることないしな」
「真にいありがと。じゃあ、とりあえず美術準備室行くわよ。――緒川さんはこっちの書類申請出しておいてね。誰のでもいいから印鑑受け取って」
「あいあいさ~!」
月菜ちゃんの指示で業務が割り振りされる。
確かに、この優柔不断の無いはっきりとした采配や、自身の仕事っぷりは周囲から評価されるだろう。やるべきことの優先順位を無意識下でつけているみたいだ。
どうやら美術準備室に仕舞い込んである、ここ数年間の体育祭で用いられたポスターの確認らしい。画材の残数状況等もメモを取り報告を上げるのだとか。備品管理部の仕事なのではとも思ったが、一度に終わらせた方が楽でしょと月菜ちゃん。
「…………埃臭いわね」
「絵の具の匂いも結構強いな」
鍵を開けて入ると、床の埃が小さく舞った。最後に掃除をしたのは何時なのか美術部員い問い質したい。俺らは軽く口元を抑えながら中に入っていく。
「とりあえずポスターを探す所からよ。見つけたら教えて」
「りょーかい。俺は右側から探すから、月菜ちゃんは左からで頼む」
「はーい。卒業した生徒の作品もあったりするから壊さないでね」
準備室の電気をつけると、積み上がった画用紙の束や粘土細工が視界一杯に広がった。よく見てみれば、作品に付箋が貼ってある物もある。知らない名前ばかり。
中には在学中の生徒作品もあったが、凡そが卒業した生徒の作品だ。
美術には疎いが、コンクールに出展されていたのだろうか。立体的に作られた粘土細工――しかも誰かの顏だ。微かに不気味さを覚えるほどに精巧である。
「どー、あった? こほっ、本当に埃だらけねここ」
「まだ見つかってない。しんどいなら後ろから指示だけしてくれれば良いよ」
「……そうね、お言葉に甘えちゃおっかな」
探し始めてから五分程度が経過した。成果は得られず。
むしろ月菜ちゃんの咳がやや頻発するようになって、心配だった。
これで体調を崩されても困るので、俺はひとりで探すことを提案した。純粋な埃だけでなく、木粉も混ざっている。これは衛生的にお世辞にも良いとは言えない。
「ちょっとだけ休憩貰うわ。少ししたらまた戻るから」
「別にずっと休んでいいって。熱でも出したらそれこそ大変だ」
「熱が出たら真にいが私のこと看病すれば良くない?」
冗談か本気か分からない発言を流していると、棚の上に積まれた段ボールが見えた。なるほど、ここを管理している人間は杜撰な性格をしているらしい。
掃除されていないであろう室内。乱雑に置かれた備品類。
「――月菜ちゃん危ないッ」
「え、なに!? なになにっ!?」
その積まれた段ボールが崩れ去ったのは、そのすぐ後だった。
俺は彼女を強引に引き寄せた。――ついで、衝撃音
散乱したのはこれまた美術で使われていたと思わしき備品。幸いにも布を始めとした柔らかい物ばかり。仮に頭に当たっても怪我はしなかっていたであろう。
ただ、管理方法のテキトー具合には腹が立った。
「……こんなところに片付けるなよ。せめて下に置けって」
「あ、その。……真にい、その、またですか、といいますか。なんといいますか」
「月菜ちゃんに怪我がなくてよかったよ。……大丈夫だったか?」
月菜ちゃんの顔を覗きこむと、真っ赤だった。耳まで朱色。
頭ごと抱えるような体勢であり、さらりとした茶髪が指の間に入り込む。俺と比べると案外小柄なのだなと、脳内のどこかで冷静に判断していた。
「ちょ、暴れんなって。怪我するかもしれなかったんだぞ、落ち着け」
「お、落ち着けですって!? ならまず――は、離れなさいよおっ!」
「……おぉおう! すまん、そうだよな! 離れるべきだよな!」
そして気付く。――あ、これまたやったわと。脳裏に浮かぶはデート(仮)に出向いた日。その最後に、俺は彼女を抱き締めてしまった。――これで二度目だ。
一度目は許してくれたが、二度目はないだろう。最低だ。
助ける為だったとはいえ、余りにも軽率な行動だった。
顔に朱色を差した月菜ちゃんを見て、後悔ばかりが募る。
慌てて離れようとすると、情けなくも足がもつれてしまい、そのまま後ろに倒れてしまった。
月菜ちゃんと一緒に。
説明しよう。俺の身体の上に倒れ込む月菜ちゃん。華奢な彼女の重さなどまったく気にならない──ってそうじゃねぇ!!!
「こ、これ私が真にいをおし、押し倒して……?!」
「全面的に俺が悪い! だから俺が悪い! よって俺が悪い!!」
人間、限界を超えると語彙力が失せるのって本当みたいだ。
思考が安定しない。
言葉が浮かんでは消え、浮かんでは消え、辛うじて飛び出すのは謝罪ばかりであった。
「──もぉお! 真にいのばか! あほ! 無駄にカッコつけんな! ばか!」
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