第10話 メール
月菜ちゃんとも関わりがあることが露呈して数日。
俺の周辺は喧騒に満ちていた。無論、紹介してくださいという話題で。
ただ、不幸中の幸いか。定期考査が迫っていることもあり、予想していた状況ほどではない。俺は欠伸を噛み締めながらぼけーっと昼休みを待っていた。
授業の内容は数学。やれここは重要だ、やれテストに出るだの聞きたくなーい有難いお言葉が飛び交うこと飛び交うこと。俺は意識半分に板書を取る。
涙で滲んだ視界越し、秒針の進みが非常に遅く感じる。
席順が五十音ということもあり、窓際を確保できたのは嬉しい。廊下側は出入りする生徒で騒がしい。その点、窓際は柔らかな陽光が差し込むのが良ポイント。
逆に言えば春眠暁を覚えず。否応なしに顔を覗かせる眠気がネックだった。
(……テストだりぃ)
元々勉強は苦手だ。得意科目はなく、苦手科目も沢山。
将来の為になると頭で理解はしていても熱心に取り組もうとは思えなかった。だがしかし赤点を取れば補講に余計な時間を奪われる。それは頂けない。
ちらりと前の男子生徒の背に視線を送る。――爆睡だった。
もはや起きるつもりなどないかのような完璧な爆睡。
腕を枕にして突っ伏している様は、もはや注意する気さえ湧かない。夢に旅立っている生徒は一ノ瀬日向。こいつはこんな態度でも成績優秀者なのだ。考査の順位は一桁常連で、授業態度による減点は持ち前のコミュ力を活かして帳消しにする。
恐らく世の中はこういうメンタルの奴が長生きするのだろう。
それに何か分からない箇所があれば梨花なり姫乃先輩に聞けばよい。
「……?」
何度になるか定かでない欠伸を噛み殺していると、ポケットのスマホがバイブした。授業もそろそろ終礼の時間だ。俺はさりげなく取り出し、電源をつける。
教師に注意されぬよう通知を読み――喉の奥でひゅっと息が詰まった。
知らないメールアドレス。そも、現代社会でメールアドレスなど使用する場面があまりない。時折アプリやサイトの登録に必要な程度で、殆どはトークアプリでこと済む。
ローマ字と数字を不規則に組み合わせたアドレス。差出人は、
(ッ、貴方の恋人、だと?)
頬がひきつった。背中からドバっと気持ち悪い冷や汗が流れる。
慌てて周囲を見渡せば俺を見ている生徒はいない。このクラスの誰かではないのだろうか。心臓がどくどくと跳ねる、警鐘がガンガン脳内で鳴り響き始めた。
教師が滑らせるチョークの音がやけに遠くに思えた。
俺は通知をタップし、メールアプリを起動する。
そうして内容を読み取れば、心臓が更に大きく跳ねた。口内が乾燥して唾が呑み込みづらい。
書かれた文面は、もはや俺を監視している人間の所業であった。
『眠そうな真司様可愛いです。授業はしっかり受けないと駄目ですよ、定期考査で赤点取っちゃったらどうするんですか。あ、でもでもおバカな真司様も好きですっ』
眠気など吹っ飛んでいる。意識はばっちり覚醒している。
誰だ、誰だ、誰が俺を監視している。ここ数日、あの脅迫状が送られた日からなりを潜めていたから油断していた。確定した――差出人は俺のストーカーだ。
どこからか不正に俺のアドレスを入手したらしい。
だが、やはり周囲を見渡せど俺に注目している生徒は愚か、スマホを触っている素振りも見受けられない。隠れて弄っている可能性はあるが、このクラスの生徒が俺に送り付けているとは考え辛い状態であった。犯人に目処がつけられない。
再度バイブした。俺は首をばっと戻して内容の把握へ。
このメールの差出人は頭がぶっ飛んでいるに違いない。
付き合ってもいないのに恋人を騙り、俺の一挙手一投足をストーキングしている。日向狙いならまだしも、なぜ特筆すべき点のない俺に狙いを定めたのか。
『慌ててる真司様も素敵です。待っててくださいね、準備が出来たら正体を教えてあげますから。逃がしません、ずーっと私と一緒に生きて、一緒のお墓に入ってください。これは確定事項です。あ、ちなみにクラスメイトではありませんよ??』
見られている。俺の動きが見られている。
落ち着け、落ち着け俺。考えを整理するんだ。クラスメイトの誰かではないとご丁寧に相手が語っている。この発言を鵜呑みには出来ないが、とりあえずは信用。
外に視線を向けてみれば、グラウンドで体育に励む生徒や、向かいの塔で授業に臨む生徒の姿。……駄目だな、あまりにも候補が多すぎる。俺は数秒瞑目し、逆に反撃することにした。返事は期待していないが、やれることはやるべきだ。
『お前は誰だ。なぜこんなことをする』
返答を待ち、およそ一分。予想以上に速い解答だった。
『真司様の未来の奥さんです。好きだからする、それ以上の理由はいらないですよね?』
『お前がやってることは異常だ。俺が好きならさっさと姿を見せればいいだろ』
彼女の行動理由は俺への恋慕……なのだろうが、異常そのものだ。
ストーカーし、全てを管理しようとする。普通とは異なる、歪な感性であろうことが推測できた。平穏な学生生活を目指す俺にとって、彼女は脅威だ。時折ストーカーに刺されて重傷なんてニュースが流れることを思い出し、背筋がぞわっとした。
『今は可能性が低いのです。外堀を埋めて、埋めて、埋めて、完璧に事を運び、真司様の心を私に向けさせた時――明かしますよ。だから、待っててください♡』
以降、俺が何度メールを送り付けても返答が得られなかった。
俺は言いようのない感情を吐き出すようにして後頭部をぐしゃっと掻いた。
「昨日の配信、やばくなかった?」
「わかるーめっちゃおもろかったよな、あ、購買行こうぜ」
「彼氏ずっと既読つけないんだけど、うざ」
「忙しいとかじゃない? 大丈夫だって!」
と、そこでいつの間にか授業が終わっていることに気が付いた。
……どうやら集中しすぎて時間間隔が狂っていたらしい。昼休みを迎えたことで喧騒に満ちたクラス。購買に向かう者、友人との歓談に花を咲かせる者。様々だ。
「あ、いたー! 真にい!」
得た情報を整理しようとした時、聞き慣れた可愛らしい声が響いた。
一瞬にしてざわめくクラス。爆睡していた日向ですらガバっと起きる程だ。
ある意味、良かったかもしれない。詳細不明の異常者を探るより、彼女と話した方が気持ちも上向きになるってものだろう。俺は一度だけ、大袈裟に息を吸った。
かつかつと小走りで俺の席に向かってくる女子生徒。
そうして――機嫌良さそうに、月菜ちゃんは俺の席の前に立った。
手には大小の包み。両方とも黒色の布だった。
「……ほんといつも急だな」
「お弁当作ってきた」
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