第21話 実行委員

 俺が通う高校は、比較的生徒の裁量権に融通が利く。

 自由は責任の上に成り立っているという謳い文句を校風に採用しているからだ。各イベントを仕切っているのが主に生徒会といえば分かりやすい。


 他校は凡そ教師が主体で動かしているだろう。

 それを金銭等が絡む部分以外を生徒会を含めた生徒らに企画運営を一任しているのだから、この高校の緩さは群を抜いてるとはずだ。

 体育祭や文化祭の盛り上がり足るや、だ。


 生徒会の権限が大きいなんてアニメや漫画だけの話だと思っていたが、案外身近な話であったらしい。と俺は欠伸を噛み締めながら考えていた。

 滲む視界越し、クラス委員長が教壇の上に立っている。


 時刻はホームルーム。議題は体育祭実行委員の募集。

 しかし黒板はまっさら。誰の名前も記されていなかった。男子は空欄、女子も空欄。クラスは喧騒に包まれているが、立候補する者はいない。かくいう俺もまた、さっさと終わらんかなと益体のないことを思っていた。


「えー、議題を戻します。まずは男子の希望者」


 散らかり始めた空気。クラス委員長が舵を取り直す。

 静かになったクラスが、数拍おいてから再度熱を持ち始めた。

 よくもまぁ議論を交わせるなと感心した。このクラスはお祭りごとが好みらしい。というよりそこまで熱が入るなら誰か立候補すれば早いのに。

 しかしそこは日本人。嫌な譲り合いが発生していた。


 ただ、第一候補は歴然としていた。

 前の席である日向は、いつの間にかクラスの中央で誰が立候補になるべきか会話を回している。もはや委員長より発言力を持っていた。

 そんな日向を推薦する声が響く。


「やっぱり日向君がやるべきだよ、こういうのは」

「そうかぁ? ……まぁ、色々な人から頼まれてるしなぁ」

「え、なになに。やっぱり姫乃会長からとか?!」


 口ではやや渋っているが表情は推薦されて満更でもなさそうだった。自ら立候補するのではなく、他薦が募るのを待つあたりが日向らしい。

 後頭部をかきながら微笑している日向を一瞥するに留めた。


 俺は窓の外を眺めてホームルームが終了するのを待つ。実行委員は男女ひとりずつ。大方梨花が自薦をかまして相方の座を手に入れるだろう。


「おう、みんな俺が適任だって言うんだな──梨花はどう思う?」


 その皆は恐らくクラスメイトのみならず、他クラスや緒川、姫乃会長、枚挙に暇がないのだろう。日向は話の流れを梨花にさりげなく振った。

 視線が集まった梨花は意外にも反対の意見を口にした。


 困ったような眉を下げ、頬をかきながら、


「私はその……反対、かも」


 我がクラスの女子人気ナンバーワンの発言力は強く、日向一強であった流れがピタリと止まる。梨花は矢継ぎ早に言葉を繰り出した。


「……だって実行委員になったら放課後とか時間なくなっちゃうし」

「確かに言われてみれば。あ、なら梨花も実行委員になればいいじゃん!」

「んー、ひーくんと映画とか行きたいからなぁ」


 梨花はややずれた回答で持ってして、日向を横目で見やる、

 とどのつまり「実行委員に時間取られるくらいなら私を優先しろ」という話であった。なるほど確かに現在はハーレム戦争中。実行委員になってしまうと日向は必然的に姫乃会長との時間が多くなる。それは黙認できない。

 ぽわぽわしてる喋り方ながら、中々に狡猾であった。


 日向のモテモテ具合は周知の事実であり、皆誰が恋人の座を手に入れるのか興味津々なのだ。ましてや梨花は人気者、ざわざわと好きに噂していた。

 黄色い声を上げる女子。呪詛を吐き捨てる男子。


「……そうか、わかった。姫乃先輩たちには悪いけど」

「よかった! じゃ、さっそく今日の放課後デートしようねっ」

「デートってお前なぁ。周りにまた変な誤解されるぞ」

「むしろ誤解された方が私的にはプラスかも?」

 

 決着。梨花の全面勝利であった。日向は実行委員をやらない選択肢を取ったようだった。──クラス委員長の咳払いが小さく響いた。


「……日向君がやらないとなると、男子はどうしましょうか」

「それなんだけど真司とかどうよ、責任感強いし適任じゃねぇかな」

「碓井君ですか。……ってことらしいですけど」

 

 俺に刺さる委員長の視線。釣られてクラスメイト全員分。

 いきなりの展開に俺は唖然としてしまう。日向を睨み付けると、爽やかな笑みとサムズアップ。苛立ちを覚えながら断りを口にしようとした。 


 が、それよりも先。


「真司なら大丈夫だ。俺が保証する」


 根拠のない信頼を寄せてきた日向。こいつは何で判断して大丈夫などと無責任な言葉を吐いたのだろう。体育祭実行委員って、俺帰宅部だぞ。

 運動に興味のない奴が委員ってそれどこのお笑い?


「あのなぁ、俺は帰宅部だ。体育祭は運動部が立候補した方がいいんじゃないか。俺なんかが出しゃばって変な空気になるなんてお断りだ」

「別に帰宅部がやっちゃだめなんて理由はないだろ」


 確かに実行委員は誰がなっても構わないルール。

 ただし、餅は餅屋。体育祭なんて暑苦しい行事はそれこそ暑苦しい運動部に任せるのに限る。俺はどう断りを入れようが思考を巡らせる。


「でもまぁ、碓井なら日向の友達だし引っ張ってくれるだろ」

「実行委員って言っても荷物の運搬とかアナウンスでしょ。大丈夫だよ」

「困ったら俺が助けるし、真司。頼んだぞ」


 そう締めくくった日向。俺以外の意見が一致したようだった。腐れ縁故、日向は押し付け先を俺にしたのだろうが流石に無責任すぎしやないか。


 人間の同調圧力とは怖いもので、日向が梨花の提案で実行委員を辞退した以上、誰しもが押し付けようと必死であった。俺は小さく舌打ちをした。成績にはプラスに働くだろうから、それをメリットに奮起するしかないか。


(いや、待てよ。逆にありなんじゃないか?)


 実行委員になるメリットがもうひとつ見つかった。

 実行委員に選出されると、放課後の居残りが増える。備品の用意やカリキュラムの設定、生徒主体の運営であるが故にやることが多い。

 そうなると、必然的に帰宅時間が遅くなる。


 つまりどういうことか。残っている生徒が限られるのだ。

 女子生徒全員を警戒するよりよっぽど楽な状態に運び込める。

 もしもそのタイミングで俺を監視する、怪しい動向を取っている人物を発見することができれば、ソイツがストーカーである線がとても濃い。


 相手は狡猾な人物であるから、警戒して尻尾を出さない可能性もある。だが緒川とのふたりきりの時は嫉妬心の籠ったメールが送られてきた。

 実行委員になれば異性と関わる機会が増える。

 

(……関係のない女子を巻き込み兼ねないが)


 俺はやんややんやと好き勝手言うクラスメイトをよそに瞑目。

 やがて、ひとつ大きく息を漏らしてから頷いてみせた。


「わーった。実行委員、やるよ」

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