第3話 もはやこれは脅迫状
「は?」
翌朝、傷心中の俺は自分の目を疑った。
間違えて呼びだされたという現実が俺に幻覚を見せているのかとさえ思えた。けれど、そいつは確かにそこにある。意味不明であった。
昨日、帰宅してから何度枕に向けて叫び散らかしたことか。ひとり嬉々として舞い上がっていた自分への羞恥。やり場のない嘆きと怒りの中、深夜になったあたりで無理やり眠ったのだ。俺は額に手を当てた後、頭を左右に大きく振った。
「まてまて。まてまてまて」
なぜこれが俺の靴箱に入っている。
二日連続だぞ、二日連続。
混乱しすぎて頭痛がしてきた。昨日俺を呼びだした女子生徒がまた間違えて突っ込んだとでもいうのか。……いやしかし、それは些かありえないだろう。
あの数分間であれだけ気まずい空気になったのだから。
考えてみれば彼女は同じクラスではないし、二年生ではないと思う。とすれば、一年生か三年生。俺に敬語でなかったあたり三年生という線が濃いか。
何より俺は日向の親友という肩書きが災いしてそれなりに顔が割れている。だが彼女は俺の顔を知らなかった。ここからも同級生の可能性は低い。
俺が通う高校は靴箱には使用者のネームシールが貼ってある。とはいえ他学年の生徒が騒がしい朝の時間にバレずに入れるとなれば、急いでいたであろうことは想像が容易。とどのつまり一度間違えることは可能性としてはそこそこ高いといえた。
「ある、よなぁ」
頭を上げて、再度自分の靴箱をじっと見つめた。
ある。存在している。数ミリの厚さがそこにはある。
また、純粋に二日連続で入れ間違えるとは思えないという理由の他に、昨日の生徒ではないと判断できる根拠が、ぱっと見てもうひとつあった。
「……どす黒い色だな、おい」
真っ黒なのだ。漆黒。靴箱内にできている影と同化しそうな黒。
昨日の桜色とは異なり、どこか不気味な雰囲気が醸し出されている。
普通、ラブレターはピンクや赤といった便箋が主流だろうが、今回は黒。おおよそ恋心を伝えるには威圧的だ。少なくとも俺だったら選ばないであろう色彩だ。
さりげなく陽光にかざしてみても、透けることのない便箋。
持った感じ便箋の材質に高級感を覚える。加工により艶やかな光沢があった。
ありとあらゆる角度から考えてみても昨日の人物と断じるには違和感が強い。
俺は数秒思案し、
「とにかく、まぁ」
ラブレターを傷つけないよう鞄に突っ込んだ。
昨日は初めてのラブレターに興奮してしまい、仕舞うのが遅くなってしまった。今日は日向や他友人らに掴まってもいいように、まずは隠すことを優先。
今日も今日とてドキドキしていないわけではないが、連日の出来事ということもあって割と受け止められている自分がいる。慣れたなんて口が裂けても言えないが。
ま、そのラブレターは日向宛てだったわけだが! 死ね!
やるせない感情が再燃しそうになるが消火。昨日の一件は誰も悪くない。
むしろ告白される空気感を味わえただけお得って思うようにした。
「――真司はよーっす」
我ながら悲しくなってきたところで日向の声が響いた。
視線をやれば、きらきら男の日向と梨花が登校している姿が見える。
俺は二人と集合し、たわいない雑談に花を咲かせた。
「……ふぅむ」
日向らに断りを入れた俺は、中庭のベンチに腰掛けていた。
さぁと涼しい風が心地よい。しかし、手にはどこまでも黒い便箋。
これで花やら星やらイラストが入ってみれば受ける心象も別なのだろうが、この便箋は無地。表も裏も無地だ。受け取っておいてなんだが、ラブレターとは思えない。
いや、それは失礼か。相手は何かしらの意図があってこの便箋を選んでいるに違いない。モテ男とは程遠い俺では、異性の気持ちを汲み取るのは非常に難しい。
顎に手をやり、たっぷり十秒。何はともあれ開けてみることにした。
今日こそ、俺宛のラブレターかもしれない。
現金だがその思考に至った時、心臓の鼓動が早くなった。
じわりと手汗が滲んだ。改めて妄想が膨らむ。
「よし」
覚悟を決め、便箋を開封。一枚の紙。
ここまでは昨日と同じ。肝心なのは内容と差出人だ。
今度こそ、今度こそ俺宛てのラブレターであれ!
水族館に行きたい。動物園に行きたい。プラネタリウムが見てぇ。頼む頼む、本当に頼む。高望みはしないから俺に春をください。青い春を恵んで欲しい。
『貴方の全てを知っています。貴方が好きな食べ物、貴方が好きな動物。貴方のすべてを私は知っています。ずっと見ています。どこに行っても、何をしていても、私は貴方のことを見ています。ずっと、ずっと、ずっと。貴方を離しませんよ。誰にも渡しません、貴方は私だけの人、死ぬまで、いいえ、死んでも私だけの人です。好きです。愛しています。監禁したいくらい、世界で誰よりも愛しています。私以外の女と付き合ったら、殺しちゃいますから。絶対、他の人と付き合っちゃだめですよ』
――碓井真司様。
達筆。どこか引き込まれるような綺麗な、字体。
俺の名前で締めくくられた文面。つまり宛先は俺で確定。
なるほどなるほど、俺宛だな。これは確かに俺宛だ。
ふむふむなるほどなるほど。これはあれだな。
「脅しじゃねぇかぁあ――ッ!?」
やはり俺は壊滅的に運が悪いらしい。
昨日は間違えて呼びだされ、今日は意味のわからない、もはや脅迫状と評しても差し支えないブツを送り付けられる。散々だ、散々すぎる。
ウザいくらいの晴天。そんな朝の一幕であった。
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