第4話 犯人がさっぱりわからない
その日の昼休み、俺は差出人を探す旅に出ていた。
ただし手掛かりは達筆の字というだけ。皆目見当もつかない。
そもそも、俺は元より交友関係が日向のように広くない。
わざわざ冗談であっても、あのような手紙を送り付けられるとは思わない。ぶっちゃけ悪戯を企てたところで一ミリも面白味がないからである。
とすれば、手紙は全てガチということになる。
(全てを知ってるって……ストーカーか?)
自分で考えておきながら馬鹿げていると一蹴した。
あいにく善良に生きてきたつもりで、痴情の縺れなどとは無関係。日向関係ならまだしも、だ。自己評価の結果、ストーカーされるほど魅力的とは考えられない。
まず、ストーカーするってことは相手のことを好意にしろ悪意にしろ付き纏うようになった経緯があるはずだ。俺の人生と記憶を遡れど、さっぱり思いつかない。
ここまでの情報をまとめると、幾つかの選択肢が浮上する。
例えば、面白味がないけど何らかの理由で誰かが遂行した悪戯。
例えば、俺をストーカーしているが俺は知らない人物からの脅迫状。
例えば、俺が忘れているだけで彼女と知り合いという線。
ひとつめは、こんなくっだらない悪戯を実行する時点で男友達であることが濃厚。俺は異性の友人と呼べる存在がほぼおらず、ちょっとした業務連絡やらをする程度の仲が精々。
ふつためは俺を何らかの感情からストーカーしているという可能性。
しかも俺が知らない相手というオプションつき。選択肢としてはありえる話だろう。
常識的に考えて危ない人物であることは確定であり警戒する必要がある。
みっつめはふたつめとストーカーという点では共通する部分もあるが、俺と彼女が知り合いという線。
つまり俺が忘れている、あるいは気付いていないだけでストーカーされる理由が確立しているということだ。彼女と知り合い、とまではいかなくとも顔見知り程度の可能性もある。……だが前述した通り、俺は異性の知り合いが限りなくゼロに近い。
……まさか一人称が私の男? それこそ地獄だ。勘弁して欲しい。
「わっかんねぇなぁ」
あの手紙を受け取って以降、俺は全員を疑ってしまっていた。
誰がこんな脅迫状を渡してきたのか、否応なく気になってしまうのだ。
が、当然の如く犯人の目ぼしなどつきようもない。手詰まり状態。
昼休み、俺は呻き交じりに背筋を伸ばした。小気味よい骨の音が響く。
そうして総菜パンをモソモソ食べていると、対面に座る日向が首を傾げた。
「どした、なんか悩みごとかー?」
「ああ、いやなんでもねぇよ。定期考査のことでな」
俺は茶髪イケメン野郎の言葉にそれっぽく返答する。
この男は自分のハーレムがありながらも、わざわざ昼休みを俺と共にすることが多い。見れば、日向が食べているのは弁当。しかも彩り豊かで栄養バランスばっちりだ。料理をしない俺でも手間暇かかっていることが容易に見て取れる。
いつだったか、梨花が日向のために作り始めたのだ。
その梨花といえば先ほど女子友達と教室を出て行った。男女ともに大人気の彼女からの好き好きアピールをこれだけ無碍に出来るのは日向しかいないだろう。
その弁当だって、男子からすれば垂涎の的といっても過言じゃない。
幼馴染としてはさっさとくっつくか、なんか答えを出して欲しい。わざとか、わざとじゃないかは聞くつもりもないが素でここまで鈍感だと彼女「ら」が可哀想だ。
「うげ、定期考査とか言うなよな。しんどー」
「お前はいいだろ、テストの順位、いつも上位なんだから」
「……ま、そうだけどよ。んでも嫌なのは嫌なんだ」
この男は成績も優秀なのだ。神は与えすぎである。
それに、梨花は無論、あの先輩だって成績優秀者だ。日向がお願いすれば嫌な顔せず教えてくれるだろう。対し俺はせこせこひとりで努力するのみである。
渋い顔をしている日向を見ながら、ふと聞いてみた。
「そういやお前、ちょっと前に告白されたんだって?」
「おーそうそう、普通に振ったよ。付き合う理由もないしな」
「……よくもまぁ、そんな軽く言えるな」
日向はモテる。そりゃあモテる。この容姿でこのコミュ力だ。
昨日俺と日向の靴箱を入れ間違えた女子の他、日向はちょっと前に一年生の子に告白されている。どういう展開を経たのか、気になっていたのだ。
とはいえ、振るまではいつものこと。想像の範囲だ。
ここまでけろっと軽く言えるのは慣れから来るものだろうが。
振る側もエネルギーを要するとは聞くものの、この男は無縁のようだ。
ただ、今日俺が聞きたいのはここじゃない。
「でも、いつか恨み買うぞお前。そろそろ誰かと付き合えよ」
ナイス俺。気遣いながらも、日向なりの処世術を聞き出そうとする。
俺の目的は恨みの回避方法である。現在俺にはストーカー(?)からの脅迫状が届いてる。それは誰かからの憎悪とも取れる状態だ。日向なりの解決方法が聞ければ穏便に終わらせる糸口になるかもしれない。俺は日向からの返事をじっと待った。
「恨みって、こっちは付き合う気がないんだから仕方ないだろ。もしなんかあったらそんときはそんときよ。あと恋愛……つーか、好きとかわかんねぇし」
「んな……テキトー。刺されちまえお前。葬式はいかねぇ」
「ひっど!? 保険金やろうと思ったのに」
「葬式は俺に任せろ」
軽口を叩きながら、俺は中途半端な解答だったことに気落ちした。
これだけモテながら日向は自分の恋愛となると曖昧な雰囲気を出す。恋のキューピットをしながら本人は恋愛するつもりがないようなのだ。憐れなりハーレム軍団。
モテ男、爆ぜるべし。心中で祈った。
「あ、真司」
「なんだよ」
会話の応酬を終えたかと思いきや、はたと気付いたように日向が俺を呼ぶ。
総菜パンをお茶で流した後、聞き返すと日向ががさごそと鞄を漁り出した。やがて何かを取り出し、言った。
「これ、
「月菜ちゃん? 自分で渡しに行けばいいじゃんか」
「やだよ。アイツウザいし。キレてくるし」
渡されたのは一台のスマホ。持ち主は月菜ちゃんだという。
彼らの仲は正直最悪の二文字で、日向には常に反発している。俺と話している時は素直なのだが、そこは血が繋がっている同士、相容れない部分があるのだろう。
そう、一ノ瀬月菜は一ノ瀬日向の――妹である。
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