第7話 無くなる私物
あまたもの視線に晒されながらも、俺たちは無事に帰宅することができた。
中々にどうして、噂されるのは好まないが、下校を共にしたという事実が俺に懐かしさを覚えさせていた。考えてみれば通学路を一緒に歩くなど中学生以来だ。
「もう一回一緒に帰宅したら、二回も三回も変わんないよ」
一ノ瀬家に入っていく寸前、月菜ちゃんの口から放たれた言葉だ。
昔から悪戯好きな彼女の言葉はどこまで本当なのか分からない。
さっきだってそうだ。俺が守ってくれるでしょ、という発言。あれを本気で言っているのだとしたら彼女は明日から学校でも付き纏ってくるのだろう。月菜ちゃんに懐かれるのは喜びと同時に、男衆から恨まれて刺されかねないと肝が冷えた。
俺が高校二年生になってから。あるいは月菜ちゃんが新一年生になってから凡そ一か月。何かが変わりそうな、そんな漠然とした予感が胸中を埋め尽くした。
「……っかしいなぁ」
独りごちる。自室にて、俺はベッドやらタンスやらを動かしていた。
ご近所迷惑なのは承知しているが、それなりに重要なブツを失くしたのだ。
スクールバッグやら制服のポケットをひっくり返せど、ない。
「ラブレターが、ない」
思わず、声が口から漏れた。漆黒の脅迫状はある。
あの恐らく先輩であろう女子のラブレターが無い。俺ではなく日向宛てのソレをどう処理したものか悩み、一時バッグに突っ込んだままだったのだ。問答無用に捨てるのもどうかと思い、先輩(仮)に返す算段を取ろうか考えていた頃合いだった。
どこかで落としたかと振り返り、その思考を一蹴。
ずっとバッグの奥底に仕舞っていたのだ。落とすことは考え辛い。
教科書を取り出した時に引っ掛かって――という線もありえるが、さすがに気付くだろう。しかし現実として桜色の便箋はどこかにいってしまったらしい。
俺宛てではないとはいえ、想いの丈を綴った手紙を失くすなど倫理的にどうなんだという話。どうしたものかと考え、あの先輩には悪いが諦めることにした。
不幸中の幸いなのは、あの手紙に宛先や差出人の名前がないことだ。
俺以外の誰かが発見したところで、あの先輩とは結びつかないだろう。
同時に「物を失くす」という現象にひとつ違和感が浮上した。
結論から述べると――今回が初ではないのである。
「ボケてんのかな、俺」
碓井真司こと俺は、よく物を失くす。気付けば私物が消えることがある。
今回であればラブレター。前回は下着。その前は使用した食器と、やたら周辺の私物をどっかにやるのだ。探せど探せど見つからず。誰かに盗まれているのではないかとも疑ったが金銭類を失くしたことはないし、よりにもよって俺の私物を盗む変人が存在するとは到底考えれられない。結果として、俺は自分自身を疑っていた。
この若さでボケ始めるなど、冗談でも笑えない。
「……んー、にしても」
自嘲気味に笑っていると、視界の隅に黒い脅迫状が映り込む。
拾い上げ、俺はベッドにどかっと腰掛けた。そして流れで中身を空ける。
手紙の内容に視線を落とすと、そこには変わらず脅迫じみた文字の羅列。
結局はこの手紙を差し出した犯人も分からずじまいだ。現状実害はないとはいえ、心持ちとしては決して愉快とは呼べない状況だった。
ネタならまだいいが、ガチだとすれば俺をストーキングミッションしている輩がいることになる。この瞬間すら覗かれているのかもしれないのだ。
俺は本日何度目かになる溜息を零した。
誰かに相談しようにも、日向は却下。月菜ちゃんにも心配はかけられない。家族にはこっぱずかしい。元より交友関係が広くない俺には候補が余りにも心もとない。
日向を介せば幾らでも広がる関係性。直接俺と絡みたい奴がそう多くない。
「うぉ、びっくりしたぁ。……月菜ちゃんか」
不意にスマホがバイブして液晶を見やれば月菜ちゃんからのトーク。
『今日夕ご飯食べに来て。真ママいないでしょ?』
俺の母親のことを月菜ちゃんは真ママと呼ぶ。
確かに今日は母親が夜勤で帰宅しない日。うちの両親はかなり一ノ瀬家とずぶずぶで、こうして夕飯なり家族旅行なりを一緒にすることが時折あった。
断る理由もない為、了承の文面を送ると、
『はーい、私の料理に絶賛するといいわ』
というメッセージと、羊のスタンプ。
月菜ちゃんの手料理はお世辞抜きにハイレベル。精々がカップラーメン、踏ん張ってカレー程度しか作れない俺とは雲泥の差だろう。一ノ瀬家の両親は我が家と異なり長期間家を空けることが多い。月菜ちゃんの家事スキルは必然と爆上がりだった。
『待ってるね』
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