第23話 楠木姉

 楠木の発言に合点がいった。あぁ、こりゃあすぐ判明するわ、と。

 姫乃会長のやや後ろでホワイトボード前に立っている女生徒。会長とため口で話していることから、三年生の役員であることが窺えた。見覚えがあった。


 まさか、こんな所で偶然とはいえ再会を果たすとは。

 長めの黒髪。どことなく楠木早紀に似ている容姿。


 現在は退屈な自己紹介の時間。まずは生徒会役員からという流れで、役員それぞれが自分の名前を口にしていた。やがて、楠木姉の順番が回ってきた。


楠木季沙くすのききさです。書記をしています、よろしくお願いします」


 案の定、楠木姉であった。――そりゃあ確かに知り合いだ。


 なんだかんだと初めて名前を知った俺。あ、目が合った。

 そこで俺が実行委員であることに気が付いたようで、楠木先輩は苦々しい表情を浮かべた。……が、すぐさま切り替え、一礼してから挨拶を締めくくった。

 しかしその瞳は俺に「え、なんでいるん?」と訴えていた。


 偽ラブレター事件の首謀者である楠木先輩。彼女が原因で俺は呼び出されたとはいえ、謝罪も受けており一件落着としていた。本当、唐突な邂逅だ。


「えー、みなさん初めまして――」


 順番が回り、男子役員の自己紹介。それを聞き流す。というのも受け狙いなのかどことなく言い回しがくどい。挨拶も長引きそうな雰囲気があった。

 俺は欠伸を我慢しながら、ぼけっと実行委員らに視線を送る。


 この中に俺のストーカーがいる可能性がある。だが、ぱっと見俺を見ている人間は探せない。ふむ、こんな閉鎖空間で疑念を持たれるようなへまは起こさないか。

 そうしてぐるりぐるりと視線を左右に送っていると、


「……ん?」


 月菜ちゃんの表情が、どことなく険しいことに気が付いた。

 一年生ということもあってか、月菜ちゃんは廊下側。最も入口に近い席に腰掛けている。月菜ちゃんの視線の先を追い掛けてみると、恐らく楠木先輩。

 敵対心。そのような感情が瞳の奥で揺らいでいるようだ。


 気のせいかもしれないと、再度月菜ちゃんの顔を窺えば、いつも通りの美少女。そこには苛立ちも敵愾心もない。やはり気のせいかと俺はぽりぽり頬を掻いた。

 

 俺の視線に気付いたらしい月菜ちゃんが胸の前で小さく手を振る。

 どうも月菜ちゃんも俺と同様に受け狙いの男子の挨拶を退屈だと思っているタイプらしい。ジェスチャーで心底眠たいことを伝えると、微笑みで返された。


「――それでは、次からは実行委員の自己紹介に移ります。各クラスふたりとはいえ人数は多い為、学年とクラス、名前を言ったら次の人に回してください」


 やがて実行委員の挨拶へと進行。たかが自己紹介されど自己紹介。姫乃会長の時はざわざわと盛り上がりを見せた。月菜ちゃんや緒川の時も似た感じになる筈だ。




「……碓井君がいるなんてビックリした。てっきり日向君かと……」

「アイツは辞退したんですよ。すんません、なんか俺で」

「あ、違うの! そういう意味のつもりで!」


 自己紹介タイムを経て資料配布に移る際、どうにも書類に不備があったようで少しの自由時間が設けられた。俺はといえば、眼前であたふたとする楠木先輩の相手をしていた。隣で呆れたように溜息を零す楠木妹も並行して対応している状態。


「いや、いまのは性格悪かったよ。お姉ちゃん」

「うっ。……ごめん、日向君が立候補するって噂だったからつい」

「つい、じゃないから。……皆いるから大きな声では言わないけど、例の一件で迷惑かけてるのに日向関係のアドバイス貰おうなんて虫が良すぎじゃない?」


 どうにも楠木姉と楠木妹の関係性は妹側に天秤が傾いているらしい。

 並んでいるところを眺めていると、確かに容姿や体格が似ている。

 性格は対照的に見えるが、やはり姉妹らしさがあった。


「わ、わかってるけど。……日向君、ライバルとか多いし」

「そりゃそうでしょ。日向だよ。――あの人だって、でしょ?」


 視線を追えば、そこには書類に視線を落としている姫乃会長。

 佇まいは優雅であり、指示を出す姿は凛としている。日向のハーレム要員であるが故に俺が抱く感情は余りないが、客観的に捉えれば現実離れした美人だ。


「……はい、そうです。え、やっぱり諦めるべき……?」

「は、知らないよ。お姉ちゃんの恋愛でしょ、お姉ちゃんが決めなよ」


 気付けば俺を抜きにした姉妹談義が開幕となっていた。

 とりあえず俺が日向と楠木姉を繋げるかどうかは未定である。直接楠木姉に頼み込まれれば相談には乗るつもりだが、現実は厳しいとは思う。

 そびえ立つは梨花や緒川、姫乃先輩の壁だ。


 置いてきぼりを喰らった俺は、どうしたものかと腕組み。

 周囲には隙間時間で関係を築こうと積極的にコミュニケーションを取っている生徒が散見される。だけれど俺は「そういう」のは元来得意ではない。


(仕方ない、このまま待つか)

 

 ポケットからスマホを取り出し、何気なしにネットサーフィン。

 けれど、それは一瞬で中断することとなった。月菜ちゃんの顔が横からにゅっと現れたからだ。あまりにも突然のことで俺はスマホを投げそうになる。


「――っ、心臓に悪すぎるだろ。その登場の仕方」

「周囲が友達作りに専念してる、けれど俺は苦手だからな、よしこのままスマホを見て時間を潰そう。そんな顔してたから構いにきてあげたわ」

「待て。当たりすぎて恐怖なんだが、え、こわ」

 

 超能力かと思うほどにドンピシャな推測に若干引いた。ながーい付き合いの幼馴染とはいえ、そこまで俺は分かりやすいのであろうか。


「……え、ほんとに? 冗談で言ったつもりなんだけど」

「やめよう。これ以上は不毛な争いにしか発展しない」


 月菜ちゃんはわざとらしく口許を手で押さえて、驚いたフリをした。

 一方は人気者の女子生徒。一方は主人公の親友ポジのモブ。わざわざコミュニケーションを取ろうという気概を俺は掲げていない。


 月菜ちゃんは「ごめんて」と軽く舌をだしながら隣に座った。


「いいのか、さっきまで話してたろ?」

「いーのいーの。顔と名前だけ覚えとけば、とりあえず業務には支障をきたさないから。カラオケとかボーリングの気分でもないしね」


 月菜ちゃんは明るめの茶髪で指で弄びながらこともなげに呟いた。どうやら既に遊びの約束を持ちかけられているらしい。言われて納得である。

 そりゃあ、一軍女子の頂点の彼女との接点は築きたいだろう。


「それに、だったら真にいからかった方が楽しいし」

「……全然喜べないんだが。見ろよ、俺に怨嗟の視線が刺さる刺さる」

「もう諦めて。目立たないで過ごすとか無理な話だったの」


 月菜ちゃんは小さく笑いながら俺を見つめた。

 俺はそれを受けて額を押さえた。元は月菜ちゃん狙いの異性や同性からの僻みや嫉妬、仲介のお願いを減らすために接触を絶っていた。だが当の本人からこうもグイグイ来られては俺としては逃げ場所なぞ存在せず。


 目立つことは苦手だが時既に遅し。俺は一ノ瀬兄妹と親友にあたる学生であると噂されていた。他男子生徒からの圧力が怖いこと怖いこと。

 しかし不思議なことに、彼女といる時間はどこか落ち着く。

 気心を互いに知っており、話題は意識せずとも広がる。

 

「真にい、考えもなしに異性と絡むのはやめなさいよ」

「──ちょ、ちけぇよ。あと吐息がくすぐったい」


 前触れなく耳たぶを握られ、吐息混じりの言葉が鼓膜を震わせた。さらさらとした髪が俺の頬をさわり、それもこそばゆさに拍車をかける。

 彼女が取ったいきなりの行動に、俺は抵抗できなかった。


「ストーカーが嫉妬に狂いやすいのは明らかよ。私は事情を知っているから良いけど、部外者を巻き込んで怪我でもさせたらどうするの?」

「……部外者を巻き込むのに反対なのは俺もそうだ」


 互いに声量を抑え、内緒の会話を繰り広げる。しかし端から見れば、耳たぶを握られながら似合わない真面目な顔を作って何かを話す俺。

 語るまでもなく滑稽な姿であろう。死にたい。


「ただ嫉妬って言うならまずはこの距離感があぶねぇし、怪我は月菜ちゃんにもさせないつもりだ。──って、いてぇいてぇ! 耳が取れるッ!」

「わ、私はいいのよ。言ったでしょ煽って尻尾を掴むって」


 俺の反論を強引に捩じ伏せた月菜ちゃんは大きめの咳払い。

 ついで耳たぶを離してくれた。俺は鋭く残る痛みと指の感触を気にしながらゆっくり首を向けた。そこにはうっすらと頬を赤くさせた月菜ちゃん。

 

「とにかく! 気を付けてよ。どこに潜んでるか分からないんだから」

「……りょーかい。何か進展があればすぐ報告する」


 だが危険だと判断すれば月菜ちゃんを犯人捜しから外すつもりだ。そこで俺が嫌われても構わない。彼女に被害が及ぶくらいなら安いものだ。

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