予兆




 うるさく泣き叫ぶような、アラームの音色で目が覚めた。


「…………ん」


 寝ぼけ眼を擦り、スマホのロック画面を見ると時刻は午後3時。

 昨日は10時くらいに家に帰ってきて、そのまま寝たから、びっくりするほど寝ていたことになる。

 合計睡眠時間16時間。気分はさながらナマケモノかコアラだ。


 ユーカリの葉とかいうカッスい餌を食べてる訳じゃないのに、これはちょっとマズイ。今日が土曜日で授業が無かったのだけが救いだ。

 授業があったら、自己嫌悪と後悔でメンタルが滅茶苦茶になっていたに違いない。


 でも、この時間に起きれてよかった。

 今日はバイト。開店前の5時までにはゴールデンスランバーに行かないといけないのだが、これくらい時間の余裕があれば、ゆとりを持って身支度が出来るだろう。


「…………」


 おぼろげな意識で天井を眺めていると、昨晩の記憶が鮮明に蘇ってきた。


 コヨミの号泣。

 コヨミと田淵の邂逅。

 田淵の豹変。


 ……昨日の出来事は、全て夢だったのではないか、という気持ちがある。

 いや、これは願望だ。そうあってほしい、という、俺のわがままで自分勝手な妄想だ。


「…………考えても仕方ない、かもしれないけど」


 何度も何度も思考を巡らせながら、シーツの上でくねくねと身体をよじらせる。


 もし今晩、俺の前にコヨミが姿を表してきたら。その時は、彼女に真っ直ぐその正体を問いただそう。

 どんな返答が返ってきても、受け入れよう。

 どんな反応をされても、笑顔で迎え入れてあげよう。

 どんなに衝撃を受けても、表面だけでも普段通りのそれを取り繕おうじゃないか。


 決意は既に固めてある。

 今ならコヨミがどんなことを言ってきても、優しく受け止めてあげられる自信がある。


 だが。


「……その前にナニガシさんだよなぁ」


 はぁ、と思わずため息を吐いてしまった。


 客商売に従事している者としては禁句だが……俺はあの人が苦手だ。

 見てるだけで背筋にぞわぞわと寒気が走るような錯覚がする。


 まるで本能が彼女を直視するのを避けているかのようで、気分が落ち着かない。

 正直、顔を合わせて会話する時にさえ苦痛を感じることもある。

 綺麗な顔立ちやふわふわした雰囲気が苦手という訳ではない、むしろ好みだ。

 だが、やはり駄目だ。理由は分からないが、何故かナニガシさんを好きになれない。


 俺と会うことを目的に高頻度で通ってくれていることは嬉しい。が……それとこれとは違う。この悪感情は到底拭い切れそうにない。

 とはいえ、個人の裁量や好き嫌いで常連客を突っぱねることなど出来ない。ましてやアルバイトという雇われの身分で。


「……はぁ」


 憂鬱だ。色んな意味で。


 その後、冷蔵庫にあった冷凍チャーハンを適当にかき込むと、最低限の身だしなみを整えて家を出た。


 



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