第14話『東京マザー』(4/4)


 この念話を通じた会話の最中に、彼らはダンジョンの別の入り口に到達した。驚くべきことに、その道中は戦闘になることなく、静かで平和なものだった。町には混乱が広がっているように見えたが、彼らには影響を与えなかった。


 ウルは再び零士の肉体操作を担い、彼が回復用のカプセルの中で休息を取る間、他の者たちは宇宙船の船内で待機した。


「どのくらいかかりそう?」ナルが静かに尋ねると、ウルは即座に返答した。


「診断結果では十五分程度で出られます」とウルは伝え、その声にはほっとしたような安堵の色があった。


「OK。私じゃパネル操作できないからそれまで皆休憩ね」とナルは言い、リーナは手を挙げて提案した。


「あっ、あたしじゃだめかな?」


「まだ、チルとの接続が完全ではないので、しばらくは触らない方がいいですよ」とウルはリーナに優しくアドバイスした。


「そうなの?」リーナは少し残念そうにしたが、ウルの説明を聞いて納得した。


「はい、今の状態をわかりやすくいうと、私と零士はしっかりと手を握っている状態です。しかし、チルとリーナはまだ手のひらを合わせているだけなので、ちょっとしたことで離れてしまいます。それはお互いに危険です」とウルはわかりやすく説明し、リーナはうなずいて了承した。


「協力の申し出は非常に感謝いたします。安定したらぜひお力をお貸しください」とウルはリーナの気持ちを尊重して伝えた。リーナは満面の笑みで「うん! 任せて!」と元気よく返答した。


 十五分は瞬く間に過ぎ、カプセルが自動的に開き、零士が起き上がってきた。彼の見た目は寝起きのようだったが、疲れた様子は見受けられなかった。むしろ肌艶が良くなったようにも見えた。


「零士さま、回復しておりますがお変わりございませんか?」ウルは心配そうに尋ねた。


「すまない。今回もまた迷惑をかけた。体調は大丈夫だ。かなり寝た感じがしたけど、どれくらいだった?」零士はウルに感謝の意を示しながら尋ねた。


「よかったです。十五分程度です」とウルは返答し、零士は驚いた様子で「そんなに短いのか、すごいなこのカプセルは」と言った。


 その後、ウルは零士の体を借りてブリッジにて『東京マザー』の位置特定とコアの設定を行い、全員退避後、真下へ向けて爆破させた。


 そして今、零士たちは目的地を目指して駆けていた。


「ナル姉、リーナ、大丈夫か?」零士は二人を振り返りながら尋ねた。


「大丈夫よ?」ナルは落ち着いた声で返答し、リーナも「うん! あたしも大丈夫だよ!」と元気いっぱいに答えた。


 ウルによって最後の司令塔たる『東京マザー』の場所が突き止められたことで、零士は猫のナルとリーナも連れて、ともに討伐へ向かうのだった。




 ちょうど、船の真下の層にシャチたちが蠢いており、その先の奥に『東京マザー』がいることをウルによる調査で見つけていた。

 生きている施設からは必要なデータはすべてウルにより獲得し、使えそうな持ち運び可能な物資は、全て亜空間倉庫に押し込めたため、残りのわずかなエネルギーを使い真下の層に向けて、爆破した。

 

 ことはうまく運び、大半のシャチは壊滅し今は『東京マザー』へ向けた一本道をただひたすらに走っていた。船体を犠牲にしたのは痛いが、この惨事を止めるにはやむを得ない。


 途中、零士は奇妙なものを見つける。普段なら気にもとめないほんの些細なものだった。


「花びら? なぜここに」と零士は落ちていた花びらを掴むと捕食しウルに解析を依頼した。零士は白い花びら一枚を拾い上げると何か妙に気になり、捕食してもらう。ただの花びらであるのはウルが確認ずみだ。ところが、似つかわしくない場所にある違和感は拭いきれないでいた。


 ダンジョンの通路は幅広く一本道だった。シャチの魔獣は先の爆破と爆風であらかた片付いており、戦闘らしい戦闘もせず、最奥の広間につく。


 かなり広く野球場程度はありそうだった。体が巨体のせいか、最奥の壁際にいてもはっきりとその姿が見えた。仁王立ちで何かを待つわけでもなく、ただ突っ立っているという様子に見えた。


「ウルあれか?」と零士は問う。


「はい。あの巨体で間違いないかと存じます」と資料でみた姿とほぼ一致していた。


「雷電はいつ開放できる?」と零士は最重要の武装について確認をした。


「30%には達しておりますし、不可逆の同意はされているのであとは武装側の準備まであと数分です」とウルは言う。船内に唯一残っていた侵食率を上げる『オーバードライブ』の錠剤が残りの2%を補うほどの物でこうして効果が出たのだった。


「わかった。これまでの捕食で何発ぐらい打てるんだ?」と零士は確認すると「全力で八十七発まで可能です」とウルは言った。


「こりゃ、初っ端からぶちかますしかねぇな!」と零士は、気合い十分だった。


「ぶちかましに同意いたします。全弾撃っても身体には支障ございません」とウルも零士と気持ちを高め合った。


「ナル姉、準備できたら俺は速攻でぶちかますぜ。あとはナル姉のタイミングでキャットクロス頼む」と零士はナルへ援護要請だ。


「任せて。キャットクロスは久々よ。かなり強力だから零士に当てないように気をつけるわ」とイタズラっぽい笑みを浮かべる。


「ああ、頼むぜ。味方の攻撃で倒れるのはちょっとな……」と零士は少し慄く。


「リーナは温存頼む。万が一しくじったら、リーナの温存した力が頼りだからな」とリーナの力は予備として重要だ。


「うん! 任せて! いざというときのためにとっておくわ!」とリーナも最終決戦に向けて意気揚々としていた。


 見つけたマザーは首より上は「奇妙な透明の器に脳が浮いている」姿で、腕は4本足は2本あり、太い尻尾を持つ5メートルはある筋骨隆々な巨漢だった。


 シャチのような口は体の中央にあり、凶悪そうな見た目をしている。ただし目はどこか知性のある目をしているのが特徴だ。ウルは独自の波長で会話を試みる。まるで反応を示さないところを見ると50音とは系列が異なる可能性が高い。


 なぜならこの波長はAIの存在の有無に関わらず拒否ができない物で何らかしらの反応をしてしまうからだ。それがないとなると、波長を防御しているため全くことなる思想のもと開発されたAIの可能性と他の可能性がある。つまりは、軍事用だ。


 悪い方に予想はあたるもので古いタイプの軍事用だとわかった。それは、半透明の情報パネルが目の表面に見える。それが分かれば対応も早く最大戦力で攻めてくるのは明らかだ。


「零士さま準備ができました。いつでも雷電は行けます」とウルはい言う。


「よっし! ナル姉、リーナ一足先にぶちかますぜ!」と零士は飛び上がりそうなほどの勢いだ。


「後から行くね。零士、気をつけて!」とナルは言う。


「あたしは近寄り過ぎずにいるわ」リーナも同様に言った。


「さ〜て、どんな物か見せてもらおうか!」と零士は、『東京マザー』を見据えて言った。 


 零士は右腕をまっすぐに伸ばし、手のひらを正面に向け、緊張の糸がピンと張った空気の中で『東京マザー』に狙いを定めた。左腕は安定を保つため右腕に添えられ、足は肩幅程度に開かれ、いつでも地に足を固めて立てるようにしていた。目の前の暗闇に紛れながら、微かに光る目標に集中する姿は、まるで猛禽類が獲物を見つめるかのようだった。


 零士は大きく息を吸い込むと、闘志を込めて「いくぜ! 雷電!」と声を上げた。その声は鋭く、周囲の空気を震わせるほどに力強い。一瞬の静寂の後、肩から腕、そして手のひらまで稲妻が踊るように駆け抜け、轟音と共に『東京マザー』に向かってジグザグに方向を変えながら一秒も経たずに着弾した。


 その瞬間、『東京マザー』の近くから突如としてシャチの魔獣が現れる。その出現はまるで海から噴き出る水しぶきのように突然で、圧倒的な存在感を放っていた。


 「よっし! このまま激射するぜ! オラ!」と零士は叫びながら、連続して雷電を放った。オラ! オラ! オラ! オラ! オラ! オラ! オラ! オラ! という掛け声が次々と響き渡る中、発射後の衝撃波がないため、零士は移動しながら連射を続けた。


 雷電の一撃一撃により、シャチ魔獣たちは電撃に硬直したかと思うと、体の内側から破裂するように爆散していった。その光景は、まるで内側から破裂したかのようで、その壮絶さを隠すかのように周囲を一瞬のうちに白く染め上げた。


 この膨大な光の洪水の中で、零士はウルの支援を受けながら、『東京マザー』を見据え続けた。「いくぜー!」と零士は高揚感に浸りながらも集中を切らさない。


 「ウル! あと何発ある?」零士が声に力を込めて問いかける。


 「はい、後二十発です、零士さま」ウルの冷静な返答が、零士の脳内に響く。


 「わかった! あとは接近戦で行くか!」と言いながらも、零士の表情には興奮の色が強まる。


 「はい、その時は超人化で行きます」ウルが確認を求めるように応じる。


 最後の数発でシャチの魔獣は消え去り、残るは『東京マザー』だけだった。「零士さま、残り三発! 二発! 最後です!」ウルがカウントダウンを始める。


 全弾が『東京マザー』に命中すると、その巨体は血まみれになり、力尽きたように片膝をついた。「零士さま、行きます! 超人化! 発動!」ウルの声が、零士を更なる戦いへと駆り立てた。


 この超人化の瞬間、世界の動きがスローモーションのように遅くなり、零士の体感速度が著しく増す。その中で、背後からナルが「にゃッ! にゃー!」と叫ぶ声が聞こえた。


 零士が振り返ると、ナルは高くジャンプし、前足と後ろ足を交互にクロスさせて十字の閃光を放った。その圧倒的な力は、『東京マザー』の右半身を一瞬にして吹き飛ばすほどだった。


 「うっ。これはすげぇ」と零士は目の当たりにしたキャットクロスの威力に興奮を隠せずにいた。そして、それが最後と思われた瞬間、『東京マザー』はなおも戦う姿勢を見せ、上段からの握り拳を零士に振り下ろしてきた。しかし、超人化中の零士はその攻撃を軽々と避け、接近戦での最後の一撃を放つ。


 腹部に繰り出された掌底が『東京マザー』の体を完全に粉砕し、臓物が周囲に散乱する中で、その頭部のみが地面に転がった。零士は超人化を解除し、勝利の余韻に浸りながらウルによる解析を待つことにした。


 「仕留めた!」零士が声高に叫ぶ。


 「零士頑張ったね」とナル姉が認め、三者が交互にハイタッチを交わし、勝利の余韻にひたり戦いは締めくくられる。ナルの決死のキャットクロスと零士の雷電の連射が見事にシンクロし、圧倒的な結果をもたらしたのだった。


 シャチの魔獣の残骸を全て捕食し、消費されたエネルギーを補うためにウルが分析を行いながら、彼らは次の挑戦に向けての準備を進めていく。残るは町にいるシャチの魔獣の確認作業だけだ。




 

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