第5話『日本人』(3/3)

 零士が何事にも拍子抜けするほどだったので、ナルに向かって軽い感謝を述べた。「ありがとナル姉。ああ初めてなのに、こんなものかと思ったよ」


「うん、案外あっさり終わるものよね? 何パーセントまで進んだの?」ナル姉が微笑みながら確認を求める。


「10パーセントまでかな」零士は答えたが、その声には少しの驚きが含まれていた。


 ナルの目は輝いて、「そしたら体の制御と超筋力ね。これで戦闘は、ボスを除けばかなり楽なはずよ?」と力強く言った。


「ボス?」と零士が疑問を呈すると、ナルは楽しげに説明した。「そう。各層の10層ごとに大部屋があって、そこには強敵が待っているの。結構強敵よ?」


 その言葉に、零士の胸中では恐怖よりも期待が高まっていく。「なんだか楽しみだな」彼の口元にはわずかな笑みが浮かんだ。


「あら、零士って戦闘狂なの?」ナルは満面の笑顔で茶化すように言った。


 零士は少し戸惑いながら、「いや、多分違うかもな?」と自信なさげに答えた。


 話は現実的なものへと戻り、ナルは商売の話を持ち出した。「少し狩った分を売るから、今日はこれで終わりにしましょ。馬面なら10体ほどで結構なお金になるわ」彼女の言葉に、零士のやる気がさらに増した。


 零士は意気込んで、力こぶを作りながら「おし! 頑張るでー」と声を上げた。


 ナルは彼の姿を見て、楽しげに「うふふふ。零士って面白い」と言った。


 その頃、ウルは零士の脳内で静かに語り始めた。「いずれ、30%を超えるかどうかを選ぶ日がやってきます。それは、現在の姿を保ちながらも、別の存在に変わることを意味します。後戻りできない侵食率です」


 零士はそれについてさほど、恐れることはなかった。なぜなら、今の人としての機能や見た目はそのままであるからというからだ。


 そして彼女はさらに詳しく説明を加えた。「変わるのは身体の構成要素です。たとえば、血が銀色に変化いたします。それでも、人と同じ方法で零士さまの子孫を残すことは可能であり、生まれてくる子供たちは、零士さまの強力な遺伝子を受け継ぎ、私の劣化版のコピーAIを持って生まれることになります」という。


 零士の髪の色も変わり、銀色の粒子を帯びた銀髪になることも彼女は付け加えた。ただし、簡単には至れず、相応な捕食を続けなければならないとそこまで至れないと言った。


 零士はこの遠い未来の話に少し圧倒されつつも、次の狩りに集中した。10体目を狩り終え、結社への帰路につく。訪れた時と変わらぬ人々や風景を見ながら、彼は買取カウンターへと向かった。


 開口一番、「あの〜、買取をお願いします」と零士は言った。


 先と異なる受付の女性は、プロフェッショナルな態度で「ハンターの証をご提示ください」と要求した。


「すいません、ないんです。登録できずに追放されちゃって……」と零士は申し訳なさそうに説明すると、女性は礼儀正しく答えた。「そうでしたか、失礼しました。それでは通常の半額での買取になりますが、よろしいですか?」


 零士は頷いた。「はい、お願いします。どこに置けばいいですか?」と言いながら、彼はその場の状況を把握しようとしていた。


 受付の女性は彼を不思議そうに見つめた。どうやら彼が亜空間倉庫の持ち主だとは知らないようだった。それもそのはずだ。




「ここのテーブルの上に置いてください」と受付の女性が指示したのは、零士が予想した位置とは全く異なるカウンターであった。彼女の指差す机は人通りの多い場所にあった。


 零士は首を傾げながら、「わかりました。ちょっとこのテーブルだと狭いけど大丈夫かな?」と念を押すと、次々と馬面の魔獣の亡骸を慎重に載せていった。


「え?」と受付の女性はその光景に呆気に取られたが、零士は止まらず、冷静に亡骸を積み上げていく。


 その様子を呆然と眺めていた受付の女性は、やがて現実に引き戻され、慌てて別の場所への移動を依頼した。「あの、そこではなくて、こちらにお願いできますか?」と彼女は焦燥を隠せない様子で語った。


 零士は無言で収めると、彼女に案内された裏口へと向かった。倉庫のようなその場所では、筋骨隆々の背の低い髭親父が忙しなく動き回っていた。


 広々とした空間で、零士は「ここに下ろせばいいのですか?」と確認し、受付の女性は「はい、お願いします」と返答した。そして、零士が亡骸を整然と並べたのを見て、髭親父が興味深そうに近づいてきた。


 顎髭を撫でながら、「おお〜こりゃ大量だな。お前さんが仕留めたのか?」と尊敬の念を込めて質問した。


「はい」と零士は淡々と答え、「ふむふむ。状態はいいな。こいつは破裂がひどいがまあ問題ないだろう」と髭親父は評価した。


 買取担当の受付の女性と髭おやじは何か相談し、数分後には決着がついたようだった。受付の女性は零士に向き直り、「お待たせしました。全部で金貨五枚になります。買取カウンターでお渡ししますので、この札をお持ちになってください」と木製の木札を渡した。


 零士はカウンターまで戻っていくと、先ほどの人が待機していた。黄色の木札五枚を手渡すと、金貨と交換された。


 初めての成果に「おお〜」と感嘆の声をあげる零士。金貨五枚を嬉しそうに手のひらで転がし、「よかったですね。またのお越しをお待ちしております」と受付の人は以前よりも温かい笑みを浮かべて言った。彼女の表情には、先ほどの事務的な態度から一転して、人間味が滲み出ていた。


 丁寧にお辞儀を交わしながら、零士は買取金額が半減しても、狩り自体が思った以上に楽しかったと感じていた。自分の能力を開花させ、シンプルに成果が得られることが彼には魅力的に映った。さらに、金だけでなく能力開発もできて一石二鳥だったのだ。


 そうしている間にも、亜空間倉庫に金貨を放り込むと、零士は結社の外に出ようとしたが、人々が集まり始めているのに気づいた。何かあるのかと警戒しつつ、新宿の「魔法結社東京」で突如舞い込んできた事件に、緊急クエストが発令されたのだった。

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