第6話『ナルとウル』(1/3)
『リーナ』を救出に向かわなければならない事態とは何か。
何やら「魔法結社東京」が騒がしく、相当なお偉いさんのご令嬢の緊急性が高まっているという。それでも零士にとっては、自らが関わるべきことではなかった。そんなことより、今はこの見知らぬ町での一夜をどう過ごすかが重要だった。
零士は、ウルに話しかけた。「ウル、この町でおすすめの宿はないか?」
「零士さま、残念ながらこの地域の情報はまだありません。しかし、ナル姉に聞くのはいかがでしょうか?」ウルの提案はいつも的確であった。
「ナル姉、この町で安くていい宿はどこか知らん?」零士はそう尋ねたが、ナルは少し驚いた顔をし、「それ、あたしに聞く?」と応じた。零士は気がつき、「そっか、猫だもんな……。すまん」と軽く笑った。
ナルは彼の言わんとしていることを理解し、「普通に扱ってくれるのはいいけど、人に合う宿は……」と言いながら、何かを思い出したように突然民家の屋根に駆け上がり、遠くを見回した。
目的のものを見つけたのか、ナルは零士のもとへと戻ってきた。「零士、いつも餌くれる所があるの。そこの主ならきっといいわ」とナルは言い、零士は「なるほど、面倒見がいいわけだな」と納得した。
二人が到着した宿屋は、大きめの三階建ての建物だった。宿屋の女将がナルを見つけると、にこやかに「あらあら、今度はお客さんを連れてきてくれたのかい?」と声をかけた。ナルは女将に喉を鳴らしながらすり寄った。
「すいません、空きありますか? しばらく泊まりたいんですけど、1泊いくらで泊まれますか?」零士が尋ねると、女将は驚いたように「あら、本当にお客さんだったのね? 賢い猫だね、お前さんはほんとに」と嬉しそうに応じた。
「飯とかもあるとありがたいです」と零士が要望を伝えると、女将は「そうさね。あんた若いんだからたくさん食べるでしょ? うちの食堂は朝昼晩とやってるから、いいところだよ。一泊銀貨10枚で2食つきだけどどうする?」と提案した。
「金貨一枚だと何泊できますか?」零士が金額を確認すると、「それなら1泊2食付きで10泊だよ。あんたハンターかい? それなら戻らない時は、ウッパラちまうからちゃんと戻っておいで」と女将は応じた。
「わかりました。そしたらこれで10泊お願いします。早速何か食べられますか?」と零士は空腹を訴えた。女将は「そうさね。まだ鍋に火入れてるから、何か出すよ。部屋と食事、両方の準備するからそこの椅子に座って待ってな。宿代は準備できたらもらうよ」と言い、奥に引っ込んだ。
「わかりました」と零士は答え、近くの椅子に腰掛けた。テーブルの上に座るナルはじっと零士を見つめていた。零士は先ほどのやり取りを思い出し、金貨一枚が銀貨100枚に等しいと計算していた。もし金貨が1万円だと仮定すると、銀貨一枚は百円ということになる。
しばらくして、暖かいスープとパンが運ばれてきた。スープは豊富な肉と野菜が入ったシチューのようで、パンは黒いライ麦パンで、硬めの食感が心地よい。零士は思わず「これはうまい」とつぶやいた。
ウルが慎重に制御してくれたおかげで、疲れた体を支えながらも、零士は勢い良く食事にありつく。彼がどれほど空腹だったかを理解してか、女将は食事の量を通常よりも多く調整していた。その食べ応えのあるずっしりとした感触と、焼きたてのパンの香ばしさが、零士の舌を喜ばせる。彼は思わず「うまいな」と感嘆の声を漏らす。
食事を終えると、女将が零士の前に現れる。彼女の顔には満面の笑みが広がり、「おお口にあったみたいでよかったよ。満足したかい? これが部屋の鍵。部屋は2階の奥で鍵についたマークが扉にも書かれているかそれを頼りにいきな。あと部屋代を貰うよ?」と、温かみのある声で尋ねる。
零士はニコリと微笑みながら、「はい、とても美味しかったです。こちら、金貨1枚です。確認してください」と言い、丁寧に金貨を差し出す。
「あいよ。確かに金貨一枚受け取ったさね。くれぐれも無理して死ぬんじゃないよ? 命あっての物種だからね」と女将は優しく忠告する。
「ありがとうございます。それでは、部屋に伺います」と零士は礼儀正しく答える。
「あいよ。朝と夜の鐘が鳴なって少しすると晩飯だから、食べたい時は降りてきな。その時は、鍵見せれば作ってもらえるよ」と女将が付け加える。
「わかりました」と零士は返事をし、ナル姉を連れて階段を上がりながら奥の部屋へと向かう。廊下の木目調の壁はひんやりとしており、静かな足音が響く。部屋のドアには鍵に刻まれたマークと同じ模様が描かれており、それが青紫色に光り始めると、カチリと音がしてドアが開く。明らかに魔法の仕掛けだが、物理的な鍵も使えるようになっている。
部屋の中はシンプルで機能的な家具が配され、10畳程度の広さがあり、快適そうなベッドと机、椅子、そして二人掛けのソファが置かれている。トイレはあるが、残念ながら風呂はない。
零士は疲れを感じながらもベッドに滑り込み、背中をベッドに沈めながら天井を見上げて、「今日は色々ありすぎたな……」と独り言をつぶやく。
隣でナルが丸くなりながら、「そうね、ゆっくり休んだほうがいいわ」と言い、その声には心配と愛情がこもっている。
脳裏にはウルの声が響く。「零士さま、お休みなさい」と。それは彼の心の中でだけ聞こえる声だ。
零士は一匹の猫とAIウルに見守られながら、その日の濃密な出来事を思い返し、眠りにつく。彼の心は未知の場所での新たな冒険と戦い、そして得た経験によって高揚していた。それは彼にとって、成長と進化の兆しだった。
翌朝、ナルの肉球が零士の頬を優しく叩く。「ん? おはよう、なんだよナル姉」と零士が寝ぼけながら言う。
「ついつい、寝顔が可愛くてね」とナル姉はどこか楽しそうに答える。
零士は今日もそのままダンジョンに直行し、前日の続きで狩りを継続することを考えていた。今日はとにかく、自分を鍛え捕食をして、また金を稼ぐ日だと考えていた。
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