第12話『東京マザーの脅威』(4/4)

 どうやらAI間の通信は、何かのメッセージが交換される様子だ。零士はその無防備さに疑問を抱きつつ、ウルに尋ねることにした。


「それってさ、誰にでもメッセージが送れるのか?」と零士が質問すると、ウルは彼の脳内に響く声で答えた。


「はい、誰にでも可能です。ただし、今回は零士さまとリーナさんだけが知り得る情報を基に照合が行われます。認証されれば相手から通知が来ます」とウルは説明し、そのセキュリティの高さを強調した。


「へえ、それじゃあ本人確認みたいなものか」と零士は感心しながら言った。


「ええ、信用調査を兼ねた本人確認のようなものです」とウルは肯定し、「確かに、記憶を基に相手を判断するため、照合は可能です」と続けた。


 これまでの会話にリーナは何の異変も見せず、たまに顔をしかめる程度であった。零士は以前の世界での経験から、AIや拡張現実にも精通している。しかしリーナはそのような文明とは無縁の人物である。彼女がどのように反応するか、零士はその様子をじっと観察していた。


「ウル、AIの世代によって何か得意不得意があるのか?」と零士が尋ねた。


「そうですね。世代が重なるごとに合理化と最適化が進みます。基本的な設計思想は変わりませんが、学習する内容によって特性は変わります」とウルは説明した。


 AIの能力は固定化されたものではなく、学習によって変化することが多い。これは困難な状況に柔軟に対応できるようにするためだと零士は理解した。


「なるほどな。それは宿主の興味によって変わるわけか」と零士は納得した。


「その通りです。例えばリーナさんが索敵を強く望んでいる場合、AIはそれに応じて現状の最適化と強化を図ります」とウルは未来の予測を話した。


 零士は自分自身の経験を思い出しながら、「ウル、俺の場合はどうだったんだ?」と尋ねた。


「零士さまは、周囲の状況把握を何よりも優先され、最大戦力の必要性から標準装備の早期開放を模索されていました。今でもそのスタンスは変わりありません」とウルは応えた。


 零士は当時も今も、状況を把握することを最優先している。文明社会で生きていく上で、意思疎通が何よりも重要だからだ。


 そのとき、リーナを横目に見ながら、零士は彼女の最初の反応がどうなるか心配していた。彼自身が最初は混乱したので、彼女も同じだろうと思っていた。ウルは何の心配もないかのように言った。


「零士さま、リーナは才媛ですから、心配無用です。零士さまこそがもっと心配です」とウルは彼を気遣った。


「俺が?」と零士は驚いて尋ねる。現在、困難な状況はあるが、何とか乗り越えている。それでも、客観的な意見として何を心配しているのか知りたかった。


「今は私の支援もありますし、慣れてきたとは思いますが、まだ不安な点があるのは理解しています」とウルは言い、「努力はしていますが、それでも悩みはあります」と続けた。


「ありがとな」と零士は感謝の言葉を返し、しかし内心では何が心配なのかと思っていた。


「こちらこそ、いつも許容していただき光栄です。心配事は他にありますが、それについては後ほど詳しく説明します」とウルは静かに答えた。




 気になる点があり、ウルに尋ねた。「何かあったのか?」と問うと、ウルは重々しく答える。「はい、恐れ入りますが、零士さまの記憶を遡っていたところ、奇妙な箇所があります」とのことだった。記憶のことか、と零士は少し拍子抜けをしていたが、その心の動きを隠すことはできなかった。


「何だろう? 俺には不思議なことといえば、ここに来てから常に遭遇しているような……」零士の声には戸惑いが滲み出ていた。ウルは静かに言葉を続ける。「そうですね、私も同感です。ところが、その奇妙な不一致は、ここにくる以前のことです。直前といえばいいのでしょうか」


 零士は首を傾げ、「ここに来る以前……。あれ? おかしいな……。うまく思い出せない。何だこれ?」と、目覚めたときの曖昧な状態を何度も思い起こそうとした。彼の顔には焦りが浮かんでいた。


 ウルは優しく説明した。「はい、仰るとおりです。記憶としては断片化しております。私ですら読み取れない状況です。さらに遡ると、以前仰っていた大学でのAIの講義を受講中のこともはっきりしない状態です」ウルの声には憂いが含まれていた。


「ああ、確かにウルの言う通りだ。思い出せない……。目先の変化が激しすぎて完全に失念してしまったのだろうか……」零士の声は震えていた。


 ウルはさらに深刻な状況を示唆した。「それもあるかと思います。さらにその先の記憶も不確かなものになっております」零士の焦りは増すばかりだった。


 自身でも思い起こそうとし、「あれ? どういうことだ? 思い出せない……」と、零士は空白の状態に唖然とし、記憶障害を疑った。ウルはさらに驚くべき見解を示した。「まるで何かにより、雑に上書きされたようになっています」


「確かに……。ここにきた直前では覚えていたような気がするけど、気がするだけだったのだろうか……」零士は少し落ち着いて状況を把握しようと努力した。


 ウルは励ますように言った。「恐らくは、ここに来る直前の出来事が鍵かと存じます。何があったか覚えはございますか? 零士さまの思い出そうとする力が手助けになります」


 零士は腕を組んで頭を悩ませ、「とはいってもな……。ん〜。困ったな」とつぶやいた。彼はある意味で恐ろしさを感じてもいた。ここに来る直前の記憶がだんだんと薄れていってしまっている自身についてだ。こうなった理由も原因も大きなカルチャーショックが原因ではないかと推察はするものの、ここまで明確に思い出せないのは、作為的なものを感じる。


 ウルが嘘をついても何にも得はない。むしろ心配して確認してくれているだけだ。零士自身は何かが起きたのか、それとも今起きているのか、どちらかなのだろうと再び思考の渦に飲み込まれてしまった。


 言うならば、零士自身の存在意義自体を忘れてしまったようなものだった。生まれはどこで、どこで何をしてきたのか、そうした記憶があったことはわかっても、ベールに包まれて見えない状態に陥っていた。


 まるで自身のことを全て失ってしまったような気がしてならなかった。

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