第12話『東京マザーの脅威』(3/4)
ウルと零士が類推して考察している中、魔法結社東京は破滅的な状況を抱えていた。時間とともに増えていくシャチ魔獣に対してなす術もなく、城壁外は食い散らかされていく。城壁内にいる周辺住民らは問題ないものの、いつ内部に侵入してくるかわからない。現状は、城壁外のスラムの住民が犠牲になった。
新宿中心区域である新宿王城は城壁に囲われており、城の近くから第一城壁、第二城壁と分かれている。第四城壁まで存在し、魔法結社は第4城壁内に存在していた。一般的な住民も同じ区域におり、スラムは城壁外に存在する。もちろんダンジョンもだ。
地上に出てきたシャチ魔獣たちは、喰らうだけでなく、生きたままさらっていく。スラムの人口はそれなりにおり、このままだと全滅するのは時間の問題だった。討伐の動きが遅いのは、壁の内側の者たちでスラムをよしとしない者たちが原因だった。未知の魔獣による惨殺なら仕方ないとしてむしろ、粛清になり良いとすら嘯く者たちも少なからず存在した。
そのためか遅々として、対策が進まない。魔法結社東京側では動きが悪く、他支部からの救援や支援もない孤立無縁の状態だった。しかも国である東京国からの支援も、期待ができなく八方塞がりの状態だ。
ご令嬢の救出時のような緊急クエストは発生させていても、正義感の強い一部の者たちだけしかおらず、戦況は芳しくない。何せ、魔獣の数が多すぎるのだ。
ウルの推察では、城壁外を喰らい尽くせば間違いなく城壁の内側にやってくるという。そうなればこの第四城壁内も地獄絵図だろう。
それをすぐに予感してか、住民たちは第三城壁の入り口に殺到し、避難を求めていた。ところが、それをよしとしない第三城壁の住民たちは自分達こそが守られないとならないとまで言い出す始末。そのため、第四城壁の住民たちは、入れずにいるばかりか、犠牲になれと言わんばかりの第三城壁の住民に対して憎悪が増していく。
自分たちがスラムの人に対して、やった仕打ちと同じ目に合っているのである意味、自業自得でもある。今にも将棋倒になり決壊しそうな人垣を、城壁が閉じるという方法で追い出そうとし始めた。当然ながらその状態は、誰から見ても拒絶が明らからで城壁前は第四城壁の住民たちで阿鼻叫喚だ。
その頃、零士たちは――。
町での状況が悪くなる一方、ダンジョン内にある船の中にいる零士たちは、意外と呑気にしていた。ウルと画面を見ながら『東京マザー』なる者を考察していると、不意にナルからちょいちょいと右脇腹を突かれる。
「ちょっと零士?」と何か見てほしい物でもある様子だった。
「ナル姉どうした?」と言葉だけは返すものの、心ここに在らずだ。そこで、ナルは当然のように指摘していた。
「この娘どうするの?」と言われ、ナルの指差す方に視線を向けると、海老反りのごとくのけぞるリーナがいた。
「あっ……」と言い、零士は完全に失念していたのだ。もちろん理由あってのことだ。AIがいるのなら、どうせ必要最低限生命の保障はある。それならこちらで何かをすることなど、かえって邪魔になるだけだ。なので放っておいたのが正解だ……。
「もしかして……」とナルは失念をしていたことを言おうとした時、零士は「おう……。放っておいたけど、正直忘れてた」と正直に伝えた。
「うん。まあ……よくあるね」とナルも同意し「AIがいるなら大丈夫かと……」と零士は答えた。
「うん。それもそうね」と、とくにナルは状況を述べただけで、深くは気にしていなかった。ナルも同じくAIがいるなら、キャリブレーションさえ終われば勝手に起きてくるだろうとそう思っていた。
リーナは時折、体を弓なりにしてビクンビクンと多少はねあがる。側から見たら異常な光景だが、当事者の仲間である零士とナルにとっては、何の問題もない状況であった。
どこからともなく光る船内の灯の下で、再び凶悪そうな敵についての考察をしていた。零士の眉間にはしわが寄り、不安げな表情を浮かべていた。
「ナル姉、この『東京マザー』を倒せないのって、そんなに強いってことか?」零士が猫のナルに尋ねると、その声にはわずかな震えが含まれていた。
「うん。出くわした時、逃げたのよ」とナルはあっさりと言ってのけた。その悠然とした態度とは裏腹に、彼女の尻尾はぎこちなく動いていた。零士はその反応から、相手の脅威を改めて感じ取り、目を見開いた。
「ゲッ、ナル姉がかよ」と驚きを隠せずに言った。彼の手は不意に震え、声にも緊張が滲む。
「ちょっときつかったわ。見た目以上に早いし、何か特別な力を使っているみたい」とナルは更に付け加えた。その言葉には少しの恐怖も感じられた。
零士は一瞬考え込み、やがて「どのような力?」と力について具体的に尋ねると、ナルは「わからない、逃げるのに精一杯だった」と返答。その様子からは、彼女がどれだけ追い詰められたかが窺えた。
「ナル姉の攻撃がまったく効かないとか?」と彼がさらに掘り下げると、「吸い込まれる感じ?」とナルは答えた。ナルの言葉には、攻撃が無力化される異常さが滲み出ていた。
ナルの攻撃は通常、後方からエネルギー弾を放つことを得意としている。それが吸い込まれるなら、逃げるしかないと零士は思った。
「なるほどな。これはヤバい奴だな」と彼はあっさりとした口調で言い、同時に頭を掻いた。その動作には、彼がどれだけ無力感を感じているかが表れていた。
「うん。零士と組めばいけるかも?」ナルが首を傾げながら言うと、その表情は可愛らしく、零士は思わず頭をもしゃもしゃと撫でたくなる衝動を抑えるのに苦労した。力を期待してくれているのは嬉しい反面、ただの力任せでは手練れには通用しないとも思っていた。
「それは買い被りすぎじゃねーか? 素人に毛が生えた程度だぜ?」と零士は率直な意見を述べた。
「大丈夫。ウルがいるから」とナルはウルの存在に期待を寄せての発言だった。
「あっ、そっちか……」と零士はウルに身体を操作される強制動作のことだと気がつく。特にそれに頼るのも悪くはないと彼は考えていた。
「傷ついた? ごめん」とナルは素直に謝り、体を擦り寄せてきた。
「いや。そんなんじゃなくてさ。ウルによる強制的な動きをナル姉は知っていたもんな」とウルと組んだ時の戦闘をナルが知っていることを気にした。
すると、「うん。私だと力が弱まるかも」とナルが意外な発言をした。
零士が「それまたどうして?」と疑問に思い尋ねると、「わからない」とナルは即答した。
そこでウルが介入し、「恐らくはキャリブレーションの問題かと思います」と助け舟を出した。その声は零士の脳内で響き、念話でナルとも共有していたので両者は妙に納得した。
「そう思う。私、あまりキャリブレーションがうまくいっていないかも」とナルは過去の何かをほのめかすような発言をした。ただし零士は、あえてその話を深追いしないことにした。それは彼女の繊細な部分を尊重するためだ。
「それであの力か……。うまくいったらすごいことになりそうだな」とついつい言ってしまった。それだけナルの動きと攻撃力には舌を巻くものがあった。
「だといいんだけどね」と当人のナルはあっけらかんとしていた。
するとウルは何か気がついたように、「零士さま。リーナが間も無く目覚めます。チルからの初期通信が届きました」と零士に声をかけてきた。その声にはいつもの冷静さが戻っていた。
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