第12話『東京マザーの脅威』(2/4)

「割合によります。一度でも侵食を開始したプロセスは止められません。あまりにも低い場合は、ほとんどAIが休眠状態になることも稀にあります。他には個体差により、侵食で適合率が少しずつ上がっていく者もおります」とウルは諭すように説明した。その声には、どこか冷たく機械的な響きが混じっていたが、零士にとっては今となんら変わりない状態だった。


「なるほどな。貴重なAIで自我があっても、人命だけは優先してくれるわけだ」と零士は微かな関心を寄せつつも、その言葉に疑問を感じた。彼の目は疲れたように細まり、わずかに首を傾げた。


「はい。私たちはそのように作られていますから……。宿主の人命が最優先です」とウルは、零士の脳内に響く声で、ほんの少し感情が露わになるように強調した。


「今はこのまま目覚めるのを待つだけか?」零士が今後について尋ねると、「はい。仰るとおりです」とウルは答え、その音声には何か慰めるような柔らかさがあった。


 零士は待っている間、施設の機能を最大限に利用しようと考え、「そしたらさ、ここでも引き続き調査継続できるか?」と相談した。彼の声には、行動を促す緊迫感が込められていた。


「はい、試してみます。お借りしても?」ウルが礼儀正しく尋ねると、「もちろん」と零士は快く承諾し、その口調にはチームワークを感じさせる信頼感が含まれていた。


「ありがとうございます」とウルが感謝の言葉を述べると、彼女の行動が始まった。


 再び光るパネルを押すと、今度は感触が得られる光のキーボードが現れた。ウルの存在は零士の脳内にあるため、彼自身が動かしているのと同じだった。再び素早いキー操作が始まる。


 目の前には、人の背丈ほどもある大型の薄いモニターが降りてくると、再び流れるように文字が動き出す。


 ウルの解析と類推が進む中で、新たな事実が明らかになった。何らかの方法で遠方まで生体スキャンを行い、そこにいる有機生命体の存在が分類された。


 画面には、形状別に数も表示される。それを見ながら零士とナルは状況を把握していく。零士は腕を組み、ひとつひとつの魔獣の絵柄を確認しながら、独り言のように呟いた。


「これは、人だよな? そんでこっちは魔獣らしい。んで、シャチだろ。あとは……。なんだ? これ……」


 ナルは感情の変化も見せず、「意外。まだ生き残りがいる」と淡々と感想を述べた。


 零士にとっては、またしても未知な生き物が現れた程度の感覚でしかなかった。それがどれほどの脅威か、今の状況では知る由もなかった。ナルは何が意外なのか、零士にとってはまるでわからない。


 しかし、1つだけ他とは明らかに異なる物を零士は見つけた。見たことのない形状でぼんやりとした外観ゆえ不明な箇所は多く、人に近いのは首より下の部位だけだった。


「奇妙だな……」と零士が言葉を漏らすと、真横から顔が飛び出してくるかのようにしてナルが覗き込んできた。


「零士。それ多分東京マザー」とナルは確信を持って言った。


「え? これがか?」と零士はこの奇妙な生物を指差した。


「うん。そう。この頭なら間違いない」とナルが指摘した。その頭は本来あるべき場所にあり、形は真空管のようでありながら試験管を逆さにしたような姿だった。もし想像通りなら、非常に脆いように見えたが、零士の世界には防弾ガラスや割れにくい耐久性のあるガラス素材が存在していたため、そう易々とは壊れないはずだった。


「零士さま。この『東京マザー』と呼ばれる存在は、有機生命体です。この反応から、ナノマシンを多用した生物です」とウルから解説があった。


「何か特別な反応でもあるのか?」と零士が確認すると、「はい。AIの通信の波長は以前説明した通りです。ナノマシンを多用すると一種の共鳴現象が起きます。それがこの微弱な信号なのです」とウルが説明し、赤いマーカーで示された画面の魔獣の足元に描かれた波形を指摘した。


「この波形だとそうなのか?」と零士は半信半疑ながらも、画面の情報とウルの説明を前にして、彼は深い考えにふけるのだった。


 ウルが液体金属AIの開発者の設計思想について語り始めた。彼女の声には、いつもの冷静さが微かに揺らぎ、熱を帯びた響きが混じる。「人の不足した箇所を補い、共存しながら環境に応じて適時進化していくこと。そのためには、知的水準を高め、脳の補助と体の改変、他の遺伝子情報が重要です」と、彼女は深く語り下ろした。


 零士が驚きを隠せずに尋ねる。「それだとさ、人ではない者の遺伝子が優秀なら、際限なくないのか?」彼の瞳は疑問で濡れている。


 ウルは一瞬の沈黙を破り、「私はあくまでも、人を母体として人を主軸にしています。どれほど人にない優秀な遺伝子情報であったとしても、現行の人としての存在意義を捨てることはありません。そう断言いたします」と、彼女の声には珍しい感情が篭もっていた。


 零士が小さく首を傾げながら彼女を見つめ、「どうしたんだ? 感情を露わにするなんてウルにしちゃ珍しいよな」と柔らかく問う。


「大変申し訳ございません。そうでないと人である意味も存在も見出せないゆえ、思わずといったところです……」ウルの返答は少し羞恥を含んでいた。


 零士は微笑み、「へえ、なんだか人っぽいところもあるんだな」とウルに対して新たな親近感を抱く。彼女は更に付け加える。「人は、生物的に柔軟性と適応能力が高く、だからこそ人種が選ばれました」。


 しかし、零士の疑問は尽きず、「え? もしかして、人が作り出したとはいえその思想だと、人より優秀な種がその時いたら、そちらを選んでいた?」と彼は深く掘り下げた。


 ウルは頑固に「はい。恐らくは……。ただ、今は人が基準でいかに人を進化させるかが重要な課題ですから、仮にそのような種が現れても乗り換えることなど致しません」と答えた。


 そして、彼女が続ける。「環境適応と未知な場所への進出や遭遇した時の対策で開発された経緯があり、人が基準であることには変わりはありません。世代が進むにつれて、より便利にかつ軍事的な利用に傾倒していきました。ただし、どんなに軍事的に活用しても、機械との融合は忌み嫌われ避けてきました」。


 ウルの類推によると、軍事的利用が高まった際にその派生で生まれた者が『東京マザー』と呼ばれる存在の可能性が高いという。そこまで進んだ世界からどうしてここにきたのかは不明で、それはウルにしても零士にしても同じだ。


 零士は自身がこの地で意識が目覚めた時のことを思い起こしていた。「やっぱあのキーワードを口にする奴が怪しいよな……」と、彼はどうしても忘れられない。魔法陣を作り出したことはいざ知らず、ここで見つけたキーワードをそのローブの者が口ずさむなら、やはりその者を捕まえて聞き出すことの方が早い。とはいえ捕まった日には、情報隠蔽のため、口を割らずに自殺なんてのもあり得る。


 プロジェクト・レメデヴェル――。


 ますます謎が深まってきた……。

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