第12話『東京マザーの脅威』(1/4)
船内はそれほど大きくない。ブリッジを出てすぐ左手にある扉を開けると、中央に人の胴体ほどの大きさの支柱が、静かに聳え立っている。光の粒が空気中を舞い、その輝きが支柱に反射している。
「零士さま。ここに触れてみてください」とウルが優しく示唆する。彼女の声は、零士の脳内に響き、いつもながら心地よく感じられた。視界に浮かぶマーカーが、触れるべき場所を示して明滅する。
「これか?」零士が確認すると、ウルは「はい、そうです」と優しく返答する。彼が指を伸ばし、支柱に触れた瞬間、部屋は光のシャワーに包まれる。光線が周囲に溢れ出し、数秒後には再び穏やかな光に落ち着く。
零士は自分の体を見下ろし、辺りを見回す。「何だ? 今のは」と問うと、ウルが「システムの再起動をしました。これで全てが再確認できます」と説明する。その声には安堵と微かな期待が混じっていた。
「わかった」と零士は頷き、再びウルの指示に従う。彼女の操作はタッチパネルを通じて行われ、光のボードにリズミカルに触れる彼女に操作される手の動きは、まるで音楽ゲームをしているかのように見えた。
しばらくすると、ウルにより手が突然止まる。「ありました。世代的には第4世代のチルです」とウルが良いニュースを告げる。
支柱にはいつの間にか蓋があり、それが開くと中から銀色の卵形の物体が現れる。その輝きは周囲の光と戯れるように反射していた。
「これを取り出してもいいのか?」零士が触れようとすると、ウルが「いえ、リーナさんに触れさせてください。基本的にAIによる侵食は、最初に触れた者が優先されます」と説明する。
「ウルがいるのに触れた場合はどうなるんだ?」零士が疑問を投げかけると、「無効化され、触れたAIエッグは砂状に分解されます」とウルは残念そうに答える。
「マジで? それもったいなさすぎじゃん」と零士は思わず口にする。興味深げにそのエッグを眺めながら、彼はAI卵のセキュリティ機能の必要性について疑問を抱く。
ウルは淡々と「それだけ繊細な物です」と説明し、零士を諭すように続ける。「セキュリティ機能は、こういった繊細な技術を守るために必要なのですよ、零士さま」
零士はウルの言葉を理解しつつも、その必要性に頭を悩ませる。しかし、そこにこだわっても仕方がないと判断し、早速リーナに話を振る。
リーナに向かって「リーナ、その奥にある銀の卵がAIの源だ。受け取る人しか触れられないから、取り出してくれ」と伝えると、リーナは何もかも初めて見るものに驚愕し、おっかなびっくりという感じで、恐る恐る手を差し伸べる。
「大丈夫だって。ゆっくりでいいから、心配せず取り出すといいさ」と零士はリーナを安心させようと励ます。リーナは少し覚悟を決めた様子で、再び恐る恐る手に取ると、手のひらに乗せたまま胸元まで持っていく。何も反応を示さない卵をリーナは覗き込むようにして顔を近づけると、突如、枝のようなものが左右の鼻の穴に突っ込んでくる。
リーナは驚きのあまり顔に手をやるも時すでに遅し。両穴から自発的に液体金属は潜り込んでいく。「キャー!」とリーナは叫び、その叫び声は鼻をつまんだように聞こえた。思いっきりのけ反ったため、バランスを崩して仰向けに倒れそうになるが、零士がすぐに後ろから支える。
「おい、大丈夫か?」と零士がリーナの顔を覗き込む。彼女は鼻に何かが入られたショックから、パニックに陥っている様子だった。しかし、数秒も経たずに彼女は背筋をピンと伸ばし、そのまま意識を失ってしまう。壁から突き出すように現れた簡易ベッドに横にさ、しばらく待つことにした。
ウルは零士の目を通して把握し、「零士さま、キャリブレーションが始まりました」と伝えた。彼女の声は、静かで冷静だ。
零士は眉をひそめながら「何だそれ?」と思わず尋ねる。彼の声には不安と好奇心が交錯していた。
ウルはすぐに「脳と神経組織との結合を調整し始めています」と具体的な答えを返した。彼女の言葉は、常に明確であり、その冷静さが零士を安心させると同時に疑問を引き起こす。
「俺の時もこんな感じだったんだろうか……」と零士は考える。彼の表情には思い出を辿る影が浮かぶが、同時に周囲への警戒心も色濃く出ていた。彼は苦笑いを浮かべながら、ふと過去を思い返す。
「零士さまの場合は、恐らく驚きはしても淡々としていたのでは無いでしょうか?」とウルは推測を伝える。彼女の声には微かな好奇心が混ざりつつも、全てを計算に入れたような落ち着きがある。
零士は微笑みを浮かべ、「そういえば、そうなんだよな。どこか落ち着いていた。なんでだろうな?」と自問する。彼の瞳には謎を解き明かそうとする光が宿っていた。
「人によっては適合率の高い者がおり、AIが脳に触れた瞬間、理解をしてしまいます。恐らくそれである可能性が高いかと存じます」とウルはさらに説明を加えた。彼女の声は、新たな事実を提示するときの静かな確信に満ちている。
零士は首を傾げ、「なるほどな。なあ……これ大丈夫なのか?」とリーナの様子を見ながらウルに問う。彼の声には心配の色が濃く、時折リーナの体がビクンと跳ね上がるのを見て、更に不安が増す。
「初期侵食時にはよくあることです。脳圧が上がり眼球が飛び出す者も過去にはいましたが、今回は、眼球が飛び出していない限り問題ないです」とウルは平然として答える。彼女の声からは、何が起きても対処できる自信が感じられる。
零士は驚き、冷や汗を流しながら「おいおい、そりゃあまた怖いな」と呟く。彼の顔には恐怖が見て取れ、目の前で恐ろしい事態が起こった場合のシナリオを想像している。
「個体によっては失禁する者もおりますゆえ、お気を付けていただけたらと存じます」とウルなりの気遣いだろうか、零士に言った。
「おいおいまじかよ。俺に何を気をつけろと……」と言うと、ナルが近づいてきて、言う。
「零士デリカシーない」と少し不満げに見えた。
「そんなの俺、知らねえよ……」と零士は相手にしない。
もし起きたとしても、いいとばっちりである。仮に目の前で粗相が起きたとしても、どうにもできないし、何かをしようにもすべがない。
そんな中、ナルが「ウル、この娘どう?」と尋ねる。ナルの声はいつも通り明るく、しかし今回ばかりは少し心配が混じっている。彼女の毛並みは逆立ち、目は警戒心を隠せずにいる。
ウルは「適合率は、あまり高くないのかもしれません。第4世代ぐらいになると最低適合率は20%必要です」と説明する。その声にはいつもの冷静さがありつつも、何かを憂う色が微かに見える。
零士はそれを聞いて、「ナル姉の場合、第5世代だから10%で済むんか?」と尋ねる。
「はい。AI自体はそれで済みます。ナル姉さんですと恐らくは、零士さまに近いぐらいの適合率があるかと存じます」とウルは回答する。彼女の声からは、なんらかの安堵の感情が伝わってくる。
「やるな。やっぱすごいよな」と何がやっぱりなのか、零士としてはナルは凄い、という認識で落ち着いているようだ。
ナルはその答えに自信満々な表情を見せ、「零士、よくわかっている」と言いながら零士の脛を肉球で数回叩く。その動きには愛情と同時に、彼女なりの励ましが込められていた。
「それで、適合率が足りなかったらどうなるんだ?」零士は再びウルに問いかけた。
「その場合は、AIの機能が限定されます。完全には動作しない部分が出てきますが、それでも基本機能は保たれるでしょう」
「中途半端な状態か……。それは困るだろうな」零士は考え込む。
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