第14話『東京マザー』(1/4)
船内のブリッジに移動した零士らは、巨大なスクリーンに写しだされる外界からを眺めると、町がシャチの魔獣で溢れかえっているのが見えた。
「なあ、これヤバくねーか?」零士がその景色に驚愕の声を上げる。その目は見たこともない光景に釘付けで、声は少し震えていた。
「そうね、きっと皆食べられちゃっているんじゃないかしら?」とナル姉が案外気楽に答える。彼女の尾は不安を感じさせることなく自由に空中を切り、その動きはナルの心がまだ平穏であることを示していた。
リーナが念話で会話に加わり、思いのほか楽しげな声で、「ねーねーどうしたの?」と問いかける。リーナの存在感はいつもよりも強く感じられ、彼女の言葉が心地よく部屋に響いた。
ナルは返答する。彼女の目はウルの端末操作で得られた映像に釘付けになっていた。スクリーンに映し出されたのは、文字通りの地獄絵図だった。それぞれのシャチの魔獣は、その巨体を使っては町を荒らし回っており、人々の悲鳴が遠くで響いているかのようだった。
「うわっ、これはひどい……。ギルドの奴らは知らんけど、町の連中はほっとけないな」と零士が続ける。彼の声は決意に満ち、その眼差しは遠くを見つめるように空虚だった。
ナルが前回のシャチ殲滅戦の記憶を引き出しながら、「でも零士、前回の全力の時よりも数が多いわ」と心配そうに言った。彼女の顔には、不安と決意が入り混じる複雑な表情が浮かんでいた。
「ああ、ナル姉と俺で捕食しながらやるしかねーな。ウルはどう思う?」零士が尋ねる。その声はやや強張り、未来に対する不確かさを隠せないでいた。
「そうですね、捕食しながら超人化を維持して、捕食ペースを上げ、最終的に30%まで上げた後、新しい武装を開放して『東京マザー』を討伐する方が早いかと存じます」とウルは答えた。彼女の声はいつもの冷静さを保ちつつも、何かを隠しているようにも聞こえた。
「それは?」と零士が詰め寄るように問う。
ウルは一瞬言葉を濁す。「はい、『東京マザー』が制御している以上、いくら倒してもキリがないかと存じます。シャチ魔獣を倒すのはあくまでも30%になるまでの間で、なり次第再び『東京マザー』を倒しに向かうことが最善ですが……」
「例の不可逆というやつで心配か?」零士が予測し、答えた。彼の声はやや心配そうに、しかし決意を新たにしていた。
「はい。零士さまが人ではなくなるので……」とウルが答える。彼女の声は震えており、それがどれほど彼女がこの事態を重く見ているかを示していた。
ナルが口を挟む。「あれ? 零士は人を止めるの?」
「ナル姉、人をやめるというよりはより強くなる感じだな。ウル、何が変わるんだっけ?」と零士が確認する。彼の声は軽やかでありながら、内心では大きな変化に対する緊張を隠せていなかった。
ウルが説明する。「はい、零士さまの変わるところは、血の成分と色、捕食欲求の増大、不老、寿命の大幅な増加それと肉体の強化です。これら以外は今と何ら変わりないです。もちろん子孫も残せます」
「血の色は銀になるというけど、赤に偽装はできるのか?」零士がウルに尋ねた。
「はい、その手がありましたね」とウルが答える。彼女の声にはほのかな感心の色が含まれていた。
零士は、ウルと共に侵食率の問題に頭を悩ませていた。脳内AIであるウルは、彼の心理的葛藤を感じ取りつつ、冷静に分析を続ける。「零士さま、侵食率が30%を超えると、人としての本質が失われます。この選択が、あなたの未来を決定づけることになるでしょう」と優しく語りかける。その声には機械的な冷たさはなく、むしろ深い慈愛が感じられた。
一方、ナルは零士の足元で丸くなりながらも、状況の重さを理解しているかのように、時折不安げに「零士、大丈夫?」と声をかける。彼女の瞳は、いつもよりも潤んで見え、その小さな体が緊張で震えていた。
一方町中では……。
外では、埼玉ノットデスと名乗る地属性最強の魔法使いがシャチ魔獣たちと戦っていた。彼の魔法「創生の地割れ」は、数百メートルにわたる巨大な地割れを発生させ、地面を割ってすべてを飲み込む巨大な地面に空いた口のようだった。しかも何かが這い出るかのような圧倒的な力を見せつける。
「これが埼玉の力だ!」と彼は叫び、周囲のハンターたちも勇気づけられる。しかし、シャチたちの数は減らない。彼らは埼玉にとって予想外の抵抗を見せていた。
戦いが激化する中、埼玉は地面から無数の槍を召喚し、シャチたちを貫く。「ゆけ、奴らを屠るのだ!」と彼は指揮をとるが、地面が見えないほどの数のため魔力消耗が激しく徐々に力を失い、ついに背後から迫るシャチの一撃で致命傷を負ってしまう。「グフアッ」という埼玉の声と共に吐血したのは、背後から黒い腕が現れ、彼の腹を突き刺したからだ。
最後の力を振り絞る埼玉。「よもや、あの時以来か……。魔を裁きし葉脈よ、我に力を魔に裁きを! 裁いた魔ぁあああ!」彼は最後の魔法を発動し、海原に変わる大地からシャチたちを襲うサメたちを召喚する。地面にはまるで葉脈のように盛り上がり、枝葉の如く増え続け複数の泳ぐ魔法生物であるサメたちがシャチたちを捉え始める。
そして埼玉は、戦死する。彼の最後の瞬間、シャチに頭を食われながらも、彼の顔には満足げな笑みが浮かんでいた。
――埼玉ノットデス。戦死。 ノットデスは死んでも埼玉は死なない……。
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