第11話『古代の船』(1/2)
東京の地下深くに潜む『東京マザー』が再び暴走を始めた。これまで数え切れないほどの災厄をもたらしてきたが、過去の襲撃は比較的速やかに収束し、すぐに日常が戻っていた。だからこそ、ハンターたちは、今回も同じように収束すると楽観視していた。
しかし、今回の事態は根本から異なっていた。
ギルド内に駆け込んだハンターたちの顔からは、汗が滝のように流れ落ちていた。彼らが語ったのは、従来の事件とは比較にならないほどの緊迫した報告だった。「人型シャチが群れを成して現れ、その場で人を引き裂き食べ散らかす」という。
全員の視線が交錯する中、その場の空気は凍りつくようだった。恐怖と不安が渦巻くギルド内で、誰もがその惨状を目の当たりにしたわけではないが、語られた光景は誰の目にも明らかな地獄絵図として映った。
「『東京マザー』が引き連れる魔獣はいつもシャチの頭を持つ人型だった。数体だけだ。しかし今は、それが数百、いや、数千と増え、街を覆うほどだ」とハンターの一人が声を震わせながら言った。
これまでとは比べ物にならない異常事態に、ギルドは沈黙に包まれた。『東京マザー』自体の情報はほとんどなく、見た者も少ない。だが、その存在感は圧倒的で、未だ誰もその巨体を討伐した者はいない。
そのため、ハンターたちにとっての戦いは生死をかけたものとなっていた。
一方、零士たちはダンジョン内で別の調査を進めていた。ウルは零士の脳内に存在し、その高度なAIは周囲の状況を迅速に分析していた。
「やはり生み出しているだけでなく、統率もしていると見て良いかと」とウルは、その声には確信が篭もりつつも、不確かな要素を否めないという複雑な感情が透けて見えた。ウルの目には見えないデータの海を、その透き通った音声が泳いでいるかのようだった。
「それだと、何か目的があるのか?」零士は眉をひそめ、その問いには深い懸念が込められていた。彼の目は遠くを見つめるように虚空を掴むように動いており、内心では未知なる物への探究心が蠢いていた。
「それが何かは掴めていないのですが、おそらくAIが侵食した個体である可能性が高いです」ウルの分析は、『東京マザー』の異常行動の一因を示唆していた。
この時、ダンジョンの壁に映る光と影が、彼らの会話に緊張感を与えていた。壁は湿っており、その表面には苔が生え、不気味な緑の光を放っている。ナルはその様子をじっと見ていたが、不安げな表情で零士の足元に身を寄せている。
「それにしても……よくわかったな」と零士は、AIの関与について新たな発見に驚嘆し、ウルへの尊敬と信頼を新たにする。彼の顔には、戦う決意とともに、パートナーへの感謝が浮かんでいた。
「はい。AI持ちは独特の波長で交信をすため、ある意味その波長持ちはAIがいるという証でもあります」とウルは説明した。その声には科学的な興奮が込められており、彼女の言葉はまるで宝石のようにきらめいていた。
零士はうなずきながらも、「なるほどな。その波長をウルが検知したわけか」と納得の表情を浮かべる。彼の声は、解明された謎に対する満足感でいっぱいだった。
「はい。ただし私と同じではなく、別物です。50音別のシリーズとはまったく異なるタイプであり、恐らくは旧式と見ています」とウルは更に具体的な情報を提供し、その詳細な知識が零士の不安を和らげる。
しかし、零士の顔にはすぐにまた思案の色が浮かぶ。「それだと特性がわからなくて厄介そうだな」と彼は言い、その声には戦いへの覚悟が込められていた。彼の目は、迫り来る未知の敵に対する緊張で細くなり、その肩には重い責任がのしかかる。
ウルは何かを感じ取ったように、「そうですね。それもあります。それよりもう一つ、今回波長を拾う際に少し奇妙な物を見つけました」と、新たな発見について語り始める。彼女の声は、謎が更に深まることを暗示していた。
「また違うAIなのか?」と零士は身を乗り出し、興味津々の表情で問う。
「いえ、おそらく宇宙船です。近辺に埋もれた状態で存在します」とウルは静かに答える。その答えは、この古代のダンジョンとは全く異なる、新たな謎を彼らの前に広げた。
「おいおい……マジかよ。ならナル姉にも伝えて、さっそく行こうか」と零士は、ナルに事件の一部始終を伝えると、ナルはなぜかニャーニャーと大声で叫んだ。念話での会話にもかかわらず、その声が零士にはうるさく感じられた。
空中から身軽に飛び降りてきたナルは、興奮した声で「ちょっと、零士、ビックリよ!」と叫んだ。
「まあ、ビックリだよな」と零士も同意しながら、淡々と応じた。ナルが合流したので、三人はウルが指定した方角に向かい、足早にその場を後にした。
進むこと数分、目の前に広がるのはただの洞窟の延長に過ぎないように見えたが、ウルはすぐ近くだと教えてくれた。「ここだとして、どこにあるんだ?」と零士は周囲を見回しながら尋ねる。
「左手側の壁面です。操作パネルが見えます。少し触れてもよろしいでしょうか」とウルが頼むと、零士は「問題ない、頼んだ」と応じた。
ウルは零士の体を借りて、壁面の任意の位置に手を当てると、光る手のひらサイズのパネルが現れた。ナルとリーナは、その光景から目が離せないようだった。「これから操作します」とウルが改めて宣言すると、零士は「こんなもの見せられたら、どう見ても高度な技術の証明だよな」と感心しながら呟いた。
操作が意外と早く終わり、「解錠しました。開きます」とウルが告げると、何の音もせずに扉が消え、船体内と思しき光が洞窟に溢れ出した。零士たち一行はウルの導きに従い、内部に入っていった。
内部の空間には、人が歩けるほどの広さが保たれており、金属質の壁と、足元には通路が敷かれていた。等間隔に配置された光る明かりがちょうど良いほどに周囲を照らしていた。「マジか……。すごいな、まるでSF映画のようだ」と、零士は周囲をじっくりと見回しながら、恐る恐る足を踏み出した。
ウルは感慨深げに「こちらの船は恐らく、私が作られた頃の技術に近いと見ています」と伝えた。「つまり、ウルのいた世界のものか?」と零士が尋ねると、「はい、恐らくはそうです。詳細はまだブリッジで調べていないので、不明ですが」とウルが答えた。
内部施設はかろうじて機能しており、人間ほどの大きさの者がいたと推測される構造であった。ウルの案内に従って進むと、やがて目的のブリッジに到着した。「ここか?」と零士が尋ねると、目の前にある曇りガラスの扉が現れた。
「はい、右手の光るパネルに手を添えていただければ開きます」とウルが指示すると、音もなく扉が左右に開かれ、ブリッジが見渡せる位置に立った。
目の前の空間は、階段を降りるかのように下側に広がっており、そこには5人分の座席が配置されていた。大きな損傷も汚れもなく、つい先程まで誰かが利用していたかのように見えた。零士は慣れた動作で入力端末に近づき、ウルが操作を始める。「これより確認をします」とウルが宣言し、タイピングを開始した。
超高速でキーを打鍵する零士の姿は、彼自身が行っているとはいえ驚異的だった。彼の前に広がるブリッジの正面、180度に展開される大型の窓は、モニターとして機能し、コマンドが滝のように上から下へと流れていく。文字たちは一瞬で止まり、画面が暗転して再起動をかけると、見慣れぬ記号や文字、図が浮かび上がった。
「状況が判明しました。一部システムは生きています」とウルは静かに言った。その声は零士の心の中にだけ響き、彼女の存在が彼にとってどれほどの安心材料であるかを再認識させた。
「これって何千年も埋もれていたのかな?すごいね」と零士は感心しながら言った。彼の目は好奇心に輝いていた。
「はい、正確には3312年です」とウルが答える。彼女の声にはいつもと変わらない冷静さがあったが、その情報の重さは彼女の言葉の間にしっかりと感じられた。
零士はさらに掘り下げ、「ここにいた人たちはどうなったの? 何でここに不時着したの?」と尋ねた。彼の声は好奇心と少しの懸念を含んでいた。
ウルは短く「不時着時の生存者は4名です。何かを運んでいたようですが……」と答えた。彼女の言葉は未解決の謎を示唆していた。
「その何かとは?」と零士が追求すると、ウルは「詳細は記録がなく、何か生命体だと考えられますが……」と続けた。彼女の声には、知識の限界を感じさせるような無力感が漂っていた。
「それは人間なのか?」と零士が詳しく聞くと、「判断しがたいです。人間とも言えますし、そうでない可能性もあります」とウルが答えた。彼女の言葉は、この星の謎をさらに深めるものだった。
その後、ウルは「ワープ航行中に重力波に巻き込まれ、この星に不時着したと見られます」と説明した。それはまるでSF映画の一幕のような話で、零士の想像力を掻き立てた。
「俺のいた銀河系とはまるで違うのかな?」と零士が距離感を確かめるように問いかけると、「はい。レイの記憶に一致する星系の存在は確認できませんでした」とウルが応じた。その答えは、彼が思っていた以上に遠く離れた場所にいることを意味していた。
「やっぱり平行世界の説が有効なのかな」と零士が考えを巡らせると、ウルは「ただ一つ、同一存在がいる場合は互いに影響し合い、どちらかが消滅する可能性があります」という驚くべき事実を伝えた。
「マジで?」と零士が驚愕を隠せずに言った。
「はい。しかしレイと同一の者の存在が確認できないのです」とウルが続けると、零士は「単に出くわしていないだけかもしれないけどね」と少し楽観的に考えた。
「それだといいですね。通常は一つに戻ろうと惹かれあってしまいますから」とウルが静かに応じた。
零士は少し不安を覚えながら、「それがいないとどうなるの?」と疑問を投げかけた。
「同一人物は生まれていないか、死滅したかのどちらかです」とウルが結論づけた。この星で彼が唯一の存在であることが、ほぼ確定した。
「俺が唯一というわけか」と零士は安堵の表情を浮かべながら言った。
「はい、仰る通りです」とウルは彼を安心させるようにゆっくりと答えた。
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