第4話『追放の足音』(1/2)

 差し出された球体に手を触れた瞬間、電撃のようなチクリとした痛みが指先を突き抜けた。ウルの提案通りに登録申請を進めてみたが、これは一体どんな検査なのだろうかと、零士は疑問に思った。


 手のひらサイズの球体が不気味に明滅する。不吉な予感が頭をよぎるが、どこかで期待もしてしまう。ウルがいれば、何かしらの反応があるはずだと零士は考えていた。


「結果は出たのか?」と、受付の女性に尋ねる零士。彼女は驚愕の表情を浮かべ、動きを一瞬止める。


「これは……」と言いかけた後、背後にいた職員たちと何かを小声で話し始める。そして、職員たちが零士の顔を見上げると、彼らは一目散に奥へと走り去った。


 その一連の行動を見て、零士の胸は期待で熱くなる。もしかして、自分の能力に驚いたのだろうかと。


 奥から中肉中背で浅黒い肌の中年男性が数人を引き連れて現れ、零士は受付の人々に囲まれる形となる。零士は心の中で冗談めかして思う。「何だ? レッドカーペットでも敷かれるのか?」


 先の中年男が正面に立ち、申し訳なさそうに眉を八の字にして、「この度は、誠に遺憾ではございますが、高貴なる御身をこちらからお見送りさせていただく事態に至りました。何卒、この苦渋の決断をご理解賜りますよう、切にお願い申し上げます」と大袈裟に言い放った。


 零士は戸惑いを隠せず、「え?」と問い返す。


「追放いたしますので、どうかご理解ください」と男は更に直接的に言葉を続ける。


「え?」と零士は再び声を失う。


 男は続ける。「異能と魔法適正は0でございます。無能でございます。無能すぎてぐうの音も出ません。申し訳ありませんが、追放いたしますので、どうかご理解ください」と。


 零士はため息とも取れる声を漏らす。彼が持つ何もかもが、ここでは「無能」と見なされてしまうのだ。しかし、零士がいた世界にはそのような力は存在しないのだから、仕方がないことなのかもしれない。


 魔法結社はすぐにでも零士を追放しようとしている。野蛮に叩き出されるかと思いきや、意外と丁寧に追放を受けた。


 追放される際、全員が出入り口まで見送る。その徹底ぶりに、零士は皮肉にも感心さえした。

 この全員というのがポイントで恐らくは、全員で追放者の姿を確認し、余計なトラブルを防止しようということだと窺い知れる。なんとも徹底したものだと零士は感心すらしていた。人々の価値は、この場所では魔力や異能の能力でしか評価されないと、改めて痛感する。


 結社を出ると、目の前には円形の花壇が広がっている。周囲にはベンチがあり、途方に暮れる零士はそこに腰掛ける。無一文である彼にとって、先の受付が言及したダンジョンでの素材集めしか手段がないようだ。


 そんな中、機嫌良さそうに尻尾を立てて、左右にゆっくりと尻尾を仰ぐアメリカンショートヘアの猫が、すぐそばを優雅に歩いていた。その美しい姿に、零士は一瞬の安堵を見つけるのだった。一見して美猫だとわかる。



 ぼんやりと路地を眺めていた零士の目前で、異変が起こっていた。二人の筋骨隆々な男が、猫に向かって威嚇している。猫の毛は逆立ち、小さな体で必死に抵抗しているが、その努力は虚しく感じられた。


「おい、これか?」と一人の禿頭の男が不機嫌そうに言った。その声は鋭く、怒りに満ちていた。


「ああ、そうだ」ともう一人の毛むくじゃらの男も同様に声を荒げた。


「俺たちの獲物を横取りしたやつか?」禿頭の男が問いただすと、「ああ、間違いない」と毛むくじゃらが確信を持って答えた。


「ならばお仕置きをしないとな」と二人は同時に言い、その言葉に不気味な響きがあった。彼らの目は獲物を見るかのように猫に焦点を合わせ、その狂気じみた視線からは逃れられないように感じた。


 その瞬間、禿頭の男が持っていた背丈ほどもある巨大な斧を振り上げた。零士はなぜか、この猫を抱えて素早く退避した。自分でも驚くほどの俊敏さである。


「何だ? オメーは?」と禿頭が怒りに任せて叫んだ。


 毛むくじゃらは落ち着いた声で「邪魔しないでくれるか?」と迫った。


 しかし零士は「猫をよってたかっては良くないな」と、なぜか冷静に言葉を返した。その声にはどこか落ち着きがあり、場の緊張をほんの少し和らげたようにも感じられた。


 この時、ウルが零士の意識の隅で囁いた。「先ほど、超脳と超筋を一時的に使いました。現在の状況は非常に不利です。撤退をお薦めします。それでも戦闘をする場合、一時的に先の能力を使いますが、エネルギー不足と能力解放前の一時的な貸与なので、長くは持ちません」


「わかった。戦闘継続。何秒持つ?」零士が迅速に答えを求めた。


「10秒です」とウルが答えた。


 それでも零士は決意を固め、「よし、行くぞ」と力強く言い、その声は意外とも思えるほどの勇気を彼に与えた。


 ウルも「はい!」と元気よく応じ、二人は初めての戦闘に臨んだ。


 零士は禿頭の男を直視し、彼の短気さを感じながら、「なんだあ? 小僧。潰すぞ?」という挑発に対して、内心で冷静さを保とうと努めた。毛むくじゃらも「ゴラア、邪魔すんでねえ!」と言い放ち、彼らの言葉がこの場の緊張を高めた。


 しかし、次の瞬間、零士は全力で禿頭の男の腹部に掌底を叩きつけ、続けて毛むくじゃらの胸部にも同様の一撃を加えた。この動きには自身でも驚き、彼は素早く後退した。


 零士は、周囲が止まり色彩が抜け落ちた灰色の世界の中でこの間、たったの5秒が過ぎただけだった。


 時間が元に戻ると、色彩が戻った視界を通じて、生肉をまな板に叩きつけるような音が響いた。二人組は粉微塵になり消滅し、その場にソニックブームが起こり、周囲の物が吹き飛ばされた。


「何が起きたかこれだとわからないよな」と零士は呆気に取られながら言った。


 ウルは「零士様。僥倖です。まだここでの殺害がどのように扱われるかわからないので、証拠となる遺体そのものがないのは、言い逃れができます」と言い、その声には少しの安堵が含まれていた。


 零士は素直に「確かにな、軽率だった。助かったよ」と感謝の意を表した。

 粉微塵になるなど、過去の経験になくあまりにも非現実的なため、二人を消滅させたことへの罪悪感自体が零士には生まれなかった。

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