第5話『日本人』(1/3)
零士は、追放されたという事実に怒りすら覚えなかった。追放のおかげでナルに出会えたし、そのタイミングの悪さに、不幸中の幸いとさえ思っていた。何よりも、ウルの存在が彼にとっては不思議な運命の導きだと感じていた。
獲得できる報酬が半額に減ったことは納得がいくものの、その分狩りをすれば良いと割り切っていた。そう決意した零士たちは、再び城門を潜り、ダンジョンへと向かった。ここは第4城門であり、城に近づくほど、一番近い第1があり、次に第2その次に第3と呼ばれている。高位の貴族たちが住む区域になるが、それは零士にとって無関係の事だった。
ダンジョンは第4城門の外側に位置しており、ナルが先導する。歩けばわずか10分程の距離だ。
ふと、ナルが問いかけた。「零士? あなた、能力判定はゼロかもしれないけど、種族は見えたのよね?」
零士は、興味を失っていたその話題について、ぼんやりとした記憶を辿りながら答えた。「ああ、確かにぼんやりと文字が浮かんでいたな」
その瞬間、ウルが彼の脳内に優しく声をかけた。「零士さま、種族は日本人です」
零士は淡々とした声で「そうか、ありがとう」と応じた。
しかし、ナルは意味深に言葉を続ける。「ここでは、種族の違いが能力に大きな影響を与えるのよ」
零士は、選べないことに対する無関心を隠そうともせず、「へえ、そうなのか。ナル姉も調べたら、俺と同じで無能と判定されるかな?」と素朴な疑問を投げかけた。
ナルは、何かしら同情を感じさせるように答えた。「多分ね……。零士と同じよ」
零士はその事実に特に興味を示さず、「日本人だったけど、元々日本人だから、当たり前の情報が出てピント来ないんだよな」と感じた。
ナルは驚いた様子で、「え? 零士って種族が日本人なの?」と反応した。
零士は当然のこととして、「ん? そうだよ。日本国に住んでる人はみんな日本人だろう?」と答えた。
ナルは、彼の言葉に新たな視点を加え、「そういう国の名前があって、そこに住む人たちなら確かにそうね」と答えた。
しかし、彼女は続けて、「でも、種族として認定されているのよ。ここの世界では日本人と判定されていることが、あの水晶からの答えだから」と、零士の理解とは少し異なる視点を提示した。
零士は石の重要性に疑問を抱き、「その石っころがそんなに重要か?」と尋ねた。
ナルは、知っていることを慎重に伝えた。「あら? それは他の人の前では言わない方が賢明よ。襲撃されるかもしれないからね」と警告した。
零士は、自分が扱ったことのある神聖な物がそこまで大事なものとは思わず、驚いた。「そういう神聖な物なのか? ベタベタ触ったけどな」と反応した。
ナルは、その話題から少し逸れ、「ええ、普段は触れないもの。それより、日本人なら例外なく人として優秀なはずだから」と説明を加えた。
その言葉に、零士は「マジか……。ここは日本国ではないのか?」と確認を求めた。
ナルは平然と、「東京国よ? 日本国は聞いたことがないわ。日本人は、この世界で単独で存在する種族だから」と答えた。
この新たな発見に、零士は深く考え込んだ。無能とは言われても、彼の種族だけは判明していた。それは『日本人』という名の種族であり、この世界ではそれが優秀であるとさえ言われていたのだ。
どういうわけか種族としての日本人が存在することに、零士は不思議な感じだった。しかもここは日本国ではなく、東京国だと説明された。日本国など聞いたことがないとまで言い出す。ナルは、「日本人は日本国でなく、単独で存在する」という奇妙な説明をした。
この辺りの住民は自らを東京人と称し、なぜか皆が平伏する金色の粒子を纏う戦士は、群馬国の光の民と呼ばれる最強種だそうだ。また、地属性最強種の埼玉の存在もある。東京は優秀な種族が集まり、ダンジョンで稼ぐ者が多いという。東京国出身者は、異能者が多いとされている。
状況を把握し始めた零士は、無職・無一文の危機的な状況に直面していることを痛感した。しかしウルのサポートがあるため、完全に手詰まりというわけではない。
話ながら到着した場所は、五メートルはくだらない石柱が、入口の両端に門番のように聳え立つ建物だった。入り口のレンガのような石材でできた床や壁、自然な状態の天井が、広い横幅の空間を形成していた。ここは人の往来が多く、市場のような活気を放っている。
猫のナルと共に、零士はダンジョンの浅瀬へ挑む。石畳が並ぶ内部は人の手が加えられた痕跡が随所に見られ、空中の光源がダンジョン内を夕暮れ時の明るさで照らしていた。
「なあ、ここで狩るのか?」零士が周囲を見渡しながら尋ねた。
「ええ、この右手奥なら滅多に人が来ないから、そこで狩りましょ」とナルが答えた。
零士はナルに続いて歩みを進め、ダンジョン内の独特な雰囲気に包まれる。初心者でも感じ取れるほどの強い視線を感じたが、それが何かはまだ理解できなかった。
「ウル、さっきみたいな力は使えるか?」と零士が尋ねると、「5秒程度ですが使えます。ただし、その後はエネルギー切れで言葉すら理解できなくなるデメリットがあります」とウルが答えた。
零士は、危機的な状況に苦笑いを浮かべながら、「マジか……」とつぶやいた。
「おすすめとしては、零士さまが打撃を当てる瞬間に、私が超筋を発動させて仕留めるやり方です」とウルが提案した。
「捕食はどうするんだ?」と零士が尋ねた。
「捕食可能なほど相手が弱って見えたら、顎で食らいつく方法とります。左腕を獣化し、確実に仕留めに入り捕食します」とウルが答えた。
「わかった。俺なりに動いてみる」と零士は決意を新たにして、ウルは、「侵食率が10%にできるぐらい得られれば、常時発動が可能です」と付け加えた。
普通のゲームなら、ここで背の低いゴブリンが一匹ずつ現れるはずだ。しかし、リアルのダンジョンは異なる。零士はその瞬間、視線の主を見つけ、心底慄いた。
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