第10話『地属性最強種! 埼玉!』(4/8)

 その後、今日もナルと共に新宿ダンジョンへ足を運んだ零士。不意に、その後ろには美少女リーナも姿を現した。ダンジョンの奥深くには、今まで見たことのない種類の魔獣が存在するという。零士にとっては全てが珍しいため、その希少性の評価はつかず、ただひたすらに狩りを続けるのだった。


 ナルはいつものように軽やかに避けつつ、敵に痛烈な攻撃を加えていた。その身のこなしには誰もが感嘆する。さりげなく、零士の動向を確認しながら「零士、後ろ!」と警告するナルの声が響いた。


「おう!」と応じる零士。彼はすかさず振り返り、襲い来る魔獣の攻撃を受けてよろめいた。その時、リーナが左手を高く掲げ、何本もの光の槍を浮かび上がらせていた。


「レイジ! 援護するわ!」と彼女は力強く宣言し、零士に向けて魔法を放った。


「わかった、任せる!」と零士が呼応し、リーナは「任された!」と意気揚々としていた。


 次の瞬間、巨大な光の槍が氷のように冷たく魔獣たちに降り注ぎ、数匹がその場で命を落とした。リーナとの連携は見事で、その効果は明らかだった。


 零士の獣化した左腕が、まるで意思を持ったかのように動き、破壊された魔獣の残骸を貪り始めた。その首から上の形状をした奇妙な姿が、飛びつくようにして飲み込んでいく様は、見る者に畏怖を感じさせた。一口で飲み込むほどの巨大な顎が、零士に奇妙な満足感をもたらした。


「食ってもいないのに、なぜか食ったような満腹感があるんだ」と零士は言った。


「零士さま、それは捕食獣の意識が少しずつ偏り始めているのかもしれません」とウルは静かに警告した。以前にも似たような医学的な話を聞いたが、今回の感覚は何かが違うようだ。


「何かまずいことでもあるのか?」零士が尋ねると、ウルは「今のところは大丈夫かと存じますが、警戒は必要です」と答えた。


「それで、今後はどうなる?」零士が再確認すると、ウルは「魔獣化した左腕が自らの欲望に従い、狩りを始める可能性があります。それが町へ戻った時に影響が出る恐れがあります」と説明した。


「それはまずいな」と零士は同意し、ウルは「ですので、味わうのはほどほどにしてください」と助言した。


「油断すると、一気に持ってかれそうだ」と零士が心配を表すと、「それでしたら、私の方で制御いたします。どういたしましょうか?」とウルが提案した。


「頼むよ。万が一のこともあるからな」と零士は即決した。


「承知しました」とウルは応じた。このやり取りがナルにも聞こえるようにしていた零士は、自身の甘さを意識していた。一方で、リーナにはこのAIの機能を知らせる必要があるかもしれないと考えていた。



 零士は改めて、自分自身の左腕を掲げ、リーナにさし示した。その腕には狼のような顔つきをした巨大な野獣顎があり、人など一飲みで食らってしまいそうなほど大きい。零士が捕食する際に欠かせない形態だ。


「リーナ。これ大丈夫か?」と、零士は少し心配そうに尋ねた。その声は、割とぶっきらぼうな感じにも受け取れた。


 リーナは、少し顎を引きながら「多分? これだけ一緒に狩りしていれば慣れるわ」と答え、意外と何事もないような態度を示した。彼女の目は、零士の腕から少しも逸らさなかった。


 零士は「そっか、わかった」と素っ気なく答えたが、その答えには何かを期待していたかのように、リーナは「え? 何それ?」と再び問いかけた。


「ん、ん?」と戸惑う零士に対し、リーナは口を膨らませながら「そこは、もう少し、言葉を重ねてもいいんじゃない?」と提案した。彼女の声は、少し拗ねたようでもあり、真剣そのものでもあった。


「何をだ?」と零士は返し、リーナは「俺の意思で動かしているから大丈夫だよとか、他に心配事はないか? とかもっと気遣いの言葉があっても良くってよ?」と彼に更なる配慮を促した。


 それに対して零士は「そっか、わかった」とだけ返答し、再び狩りに集中を始めた。しかし、その背後でリーナは「えー?」と不満そうに声を漏らし、彼女の表情は少し曇った。


 このやり取りを、脳内に存在するウルが静かに観察していた。彼女は零士の感情を察知しつつも、介入することなく見守るのが彼女の役割だった。


 実際、零士は面倒くさくなっていた。魔獣を狩るのにそれは必要ないと思っていたのだが、このリーナという少女の魔法攻撃の多彩な動きや殲滅力は、確かに頼りになるとも考えていた。だからこそ同行を許しており、AI未保持者であっても可能な限り意思疎通を図り、うまく連携しているつもりだった。


 彼らの狩りは順調で、この討伐数から日銭も順調だと予測される。リーナが売ってきてくれるため、適正価格での買取が可能であり、皆で均等分配しても、利益は出る。さらに捕食も順調に進んでおり、次なる侵食率アップが待ち遠しい状態だった。


 リーナは遭遇したあの時、助けたつもりはないものの、結果として助けたことになると彼女は言う。そんなことは気にするなと言っても、誰も来なく見捨てられたのをたった一人で来たことに心底感動したそうだ。なぜかリーナからも好意を寄せられており、悪意よりはいいだろう。ゆえに、順風満帆といえよう。


 一方でダンジョンの地下深くでは、闇に紛れるかのように、何か蠢く者たちが人知れず増殖していた。


 頭はシャチの形をしており、体つきは人を模したような姿だ。シャチの色を踏襲するかのような色をしており、表面には油のような物が滴り黒光りをしている。

 人と同じく直立二足歩行の姿で腕と脚は人と同じくあり、体はかなりの筋骨隆々な体つきをしている。個体の増える勢いは早く、水面に浮かぶ泡のように次々と増え続ける。ダンジョン内部で人知れずうごめく黒い個体たちは、互いの体がぶつかり合うほどひしめきあっていた。


 徐々に行動範囲を広げるこの者たちは、ダンジョン内部に入り込んでいる人種を手当たり次第襲いかかり食っている有様だ。空腹の胃袋へ詰め込むようにして食らう食欲旺盛な姿は、まさに獰猛な魔獣その者だった。

 何が起きているのか、これから何が起きようとしているのか、死の匂いがする足音は徐々に零士たちへ迫る。一人また一人とシャチたちはゆっくりと確実に、ハンターたちを仕留めて食らっていた。

 彼らは狡猾で残忍なだけでなく、執拗に獲物を追う。圧倒的に有利であっても決して油断はしない。ライオンがウサギを全力で狩るのと同じだ。


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