第10話『地属性最強種! 埼玉!』(5/8)

 ところが彼らの狩りの仕方は独特で、一見何もなく誰もいない通路の天井に張り付き、獲物がくるのをじっと待つ。音も立てずに降りてきて、鋭い尻尾を使い仕留める。状況によってはそのまま上半身を瞬時に食いちぎってしまう。幾度となく繰り返し、数百というハンターたちを軽く平らげてしまうほどの食欲旺盛でさらに獰猛さもあった。


 一人ずつ丁寧に狩るその方法は強かな印象を与える。ただしその分、時間はかかる。

 ハンターたちにしてみれば、一気に襲われるわけではないが、得体のしれない何かに一人ずつ襲われる恐怖は天井知らずに増していく。次第にハンターたちの間に恐怖が伝染し、広がりを見せるも、生還する者は誰一人としていない。その中には埼玉や神奈川、群馬出身のハンターもいた。これが何を意味するか、ハンターなら誰でも理解している。


 つまり、誰も敵わないことの証左であると。


 命あっての物種であるハンターたちは、勝ち目のない戦に挑むほど愚かではない。それゆえ、多くが即座に撤退を選ぶ。おそらくは何も知らずダンジョンへ来たハンターたちの半数以上が食い尽くされてしまっただろう。


 入る人数より出てくる人数が少ないことで、ようやく異常に気がつき、「何かヤバイことが起きている」と感じ取る。勘の鋭い者たちは誰よりも早く、このダンジョンを離脱し、魔法結社に戻り情報交換を行う。「あそこは今、何かやばいことが起きている」というのが共通の認識だった。


 斥候役の者たちはほとんどが生き延びたが、それ以外の者たちはごくわずかしか帰ってこない。やはり何かが起きていると、皆理解した。


 魔法結社東京は異常自体にすぐに対応し、監視用使い魔を数体ダンジョンへ送り込む。これらの使い魔は大人の拳大の目玉で、コウモリの羽が生えている。彼らの目から見たものは魔法念写を通じて魔法の鏡に映し出される。そして、ギルド職員が見た物は、想像を絶するおぞましいものであった。緊急討伐クエストの発動すら意味をなさないとし、即時第4城門の閉鎖を命じるほどだった。


 この時、零士はダンジョンの入り口近くにあるギルドの買取出張所へ立ち寄っていた。赤茶色のレンガを積み上げた素朴な作りの2階建てで、ここもギルドと同様に仕事の斡旋や買取をしており、12畳程度の小さな出張所内では所狭しと回復薬が並んでいる。


 零士は周りを見渡すと、やたらと人の密度が高く、どこかで皆が情報交換をしているようだった。零士は思わず呟く。


「なんだか慌ただしいな……」と零士は言葉を漏らす。


 リーナは我関せずという感じで買取カウンターへ向かう。


「レイジ、さっさと売ってしまいましょ」と零士へ催促する。


 零士は当然ながら、リーナも零士に感化されたのかもしれない。ギルドとは買取以外に、あまり関わりたくなさそうにしている。

 リーナにとっては、零士との時間が大事で、そもそもギルドのことやランクなどあまり関心がなかった。


 リーナは、単に融通が効くだけの証としか、ギルドの発行するハンターの証を認識していないのである。ギルド内はさほど広くない場所に次々と人が詰めかけ、混雑具合が時間と共に増していく。それでも買取窓口には零士とリーナしかおらず皆、何かの噂話で持ちきりだった。



 ずんぐりむっくりのヒゲ親父たちが、重苦しい空気の中で何やら話し合っているのが、零士とリーナの耳に届いた。外ではナルが、猫の目を細めながらギルドの入口を見守っている。


「なあ、やっぱりアレが現れたのか?」とヒゲ親父が声を潜める。


「ああ、多分な」禿頭のヒゲ親父が低く唸り、不安を隠せずに言った。「アレが現れたとなると……本当にヤバイな。今、アレに立ち向かえるハイランカーがいると思うか?」


「いや、俺にはわからないな」と禿頭のヒゲ親父は肩をすくめ、さらに続けた。「中野に逃げ込むのも手だな、こっちは城門が閉ざされたからな」


「それは、かなり危険な状況だろう」と禿頭のヒゲ親父が声を落とし、周囲を警戒する。


「俺たちもここにいるわけにはいかないな。食われたくなければな」と言い、ヒゲ親父は「逃げるか?」と問うた。


「ああ、逃げた者勝ちだ。命あっての物種だからな」ヒゲ親父たちはそそくさと移動を始め、他の者たちも密やかに情報交換しているようだった。


 零士とリーナは、聞こえてくる会話につい、耳を傾けずにはいられなかった。しかし、彼らにとっては行動を変えることはなかった。リーナは金貨が詰まった袋を受け取り、零士のもとへ駆け寄り、満面の笑顔で袋を広げて見せた。


「ねえ零士! 今回も結構稼げたよ! ほら、見て!」


 その場に花が咲いたかのようなリーナの笑顔に、零士も自然と笑みを浮かべた。彼女の美しさに目を奪われたのも、紛れもない事実だった。


 一方、リーナはその美しさで周囲の注目を集めていた。その優しい光景に心がほっこりする一方で、零士は次なる侵食率のことを考えていた。思った以上に、侵食に必要なエネルギーが得られていなかったのだ。それは体に負担をかけるよりも、侵食するための膨大なエネルギーが必要であるためだった。


「零士さま、侵食で何か心配事がありますか?」ウルが零士の脳内から優しく尋ねた。


「ん? ああ。かなりの数の魔獣を捕食したけど、まだ次の段階には至らないんだよな」零士が率直な感想を漏らすと、ウルはそれに応じて話を進めた。


「そうですね。膨大なエネルギーが必要なのは、体の作り替えと置き換えがスムーズに出来るようにするためでもあります」ウルが言葉に力を込めると、零士は初耳の言葉に興味を持った。


「作り替え? 置き換え?」と零士が疑問を呈すと、「はい。今の細胞構成では液体金属化に無理があります」とウルが説明した。それは、現在の細胞を完全に置き換える作業が必要であることを意味していた。


「それはそうだな。そんな形にできているわけではないからな」と零士が答え、ウルはさらに詳しく説明した。


「はい。そのためには、生きた状態で既存の細胞を液体金属化に馴染めるように作り替えるか、新たに作り置き換える移植作業が必要になります」


「それを少しずつ進めて、完了したら次の段階に行けるというわけか?」零士が確認すると、「はい、仰る通りです」とウルが応じた。


「今はどの程度まで進んでいるんだ? というより、次に進むことについて先に合意を求めたのは、それが理由か?」零士が以前、ウルが述べた30%超えた場合の不可逆性について思い返すと、「はい。一度でも行うと、それは不可逆ですので、元には戻れません」とウルが再確認した。


 急ぐ必要はないとはいえ、次の大きな一手を手に入れることを考えると、どうしても武装を入手したいという強い願望が湧き上がる。この思いがウルによる誘導なのか、それとも零士自身の心底からのものなのか、今はそれが重要ではなかった。ずんぐりむっくりのヒゲ親父の言葉通り、命あっての物種だ。

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