第14話『東京マザー』(3/4)

 零士は再び構えると、シャチたちが地面を埋め尽くすほどの数で彼一人を取り囲む。ウルは、零士の変わり果てた雰囲気と未知なる波動を感じ取り、驚愕する。


「この波動は……」ウルが感じた未知の力について問うと、零士は「慣れておくといい。――羅衣」とつぶやく。


 零士が一言つぶやくと、周囲にいたシャチたちが一瞬にして紙切れのように変わる。全く埒外の刀技にウルはその光景に息を呑む。


「零士さま、まだ来ます!」とウルは警戒を怠らず、サポートを続ける。


「多いな……。――羅刹」と零士は気怠そうにつぶやくが、その瞬間、刀身が魔獣の顎へと変わり、城門ほどの大きさになって獣を一掃する。


 これで第一陣は完全に撃退された状態だ。しかしながら、遠くから新たなシャチたちが、血に餓えた野獣のように迫り来ている。先の群れよりも明らかに数が多い。これが最後の攻勢だろう。彼らは全力でこちらを仕留めに来ているのだ。


「零士さま、第二陣です」とウルは静かに報告する。


 淡々とした口調で、しかし内に秘めた決意を感じさせる零士はウルに告げた。「これを使うと、恐らく……。もう一人の俺に入れ替わる。あとは頼んだ」。


 ウルは零士の意志を感じ取りながら、彼の未知の力の解析がほぼ完了したことを理解した。そこで、もう一人の零士にとっては確認のための質問のように聞こえたかもしれないが、確かめるように尋ねた。


 修羅と呼ばれた零士も、すでに力の秘密を完全に理解していることを認めた。「何をするのですか?」とウルが再び問う。


「ああ、説明は不要だ。――紫羅欄花(あらせいとう)」。零士の声はどこか遠く、儚げな表情を浮かべながら言葉を紡いだ。


 零士は刀身をわずかに鞘から抜き、拳一つ分の刃を露わにした後、すぐに刀をしまった。その瞬間、周囲の空気が一変し、シャチたちの上半身が風船のように膨張し、爆竹のように次々と爆散した。


 この一瞬の惨劇は、遠くから見ている者の視線をも釘付けにするほどのものだった。それでも零士はほんのわずかに目だけで応え、その場を優先してシャチを殲滅することに集中した。


 わずか数秒で、さらに多い数のシャチたちは、血肉の海に沈んでいった。これで残るのは、東京マザーと呼ばれる存在だけだ。


「零士さま?」とウルが零士の様子を伺う。


「また会おう」と、零士は立ちくらみのように頭を抑えながらふらついた後、再びしっかりとした足取りに戻った。「零士さまですか?」ウルが再度尋ねる。


「ん? ああ、俺は一体……」零士はまだ頭が痛むのか、それとも混乱しているのかわからない。


 その時、ナルが駆けつけた。「零士? 大丈夫?」ナルの声には心配がにじんでいた。


「よくわからないが、正直なところだよ。それより『東京マザー』はどうなった?」と零士が確認すると、ウルがすぐに答えた。


「シャチたちだけを焚きつけて、当人はすでに移動しています」とウルが報告する。


「ウルの言う通りね。私も警戒したけど、すでにいない」とナルも補足した。


「今、やっとく方が安全だな」と零士は言うと、ナルは強く同意した。「うん、私も零士に賛成だ」と言って、零士の脛に肉球を押し当てた。


 その後ろで、リーナも事態が飲み込めたようで、会話に加わった。「ねえ、本当に大丈夫なの?」とリーナが心配そうに尋ねた。


「すまない、心配をかけた」と零士は答えた。「あまり大丈夫に見えないけれど……。まあいいわ。チルが向こうの方角が怪しいって」


 リーナは範囲索敵に長けている。すでに『東京マザー』の居場所について目星がついているようだ。ナルもリーナの活躍にどこか嬉しそうに見えた。


「リーナ、早速大成果だね」とナルが言った。


「ナル姉さん、ありがとうございます。レイジが動けるなら、今から向かった方がいいわ。このままだと追えなくなる」とリーナが言った。


 ところが、いたと思われた場所からはすでに移動しており、姿形も見えない。気配も絶っており、完全に見失ってしまった。


 

 ナルは、ふわりとした声で「やはりあのダンジョンね」と述べ、猫ならではの勘が告げるように言った。


「あの白い場所にまた行くの?」リーナの声は期待に満ち、目は冒険の夢に輝いていた。


「そうね。まずは零士が起きてからにしましょう」とナルは静かに言ったが、その表情は冷静さの中にも、わずかな緊張を隠し持っていた。


 零士は急激な謎の力を酷使したことで疲労困憊に陥り、倒れてしまっていた。AIウルからの伝達で、彼が緊急回復中であることをナルとチルは知らされていた。ウルは零士の脳内にしか存在しないため、彼女の声は他の者には聞こえず、零士にのみ直接話しかける形をとっている。


「ウル、零士はどう?」ナルが内心の心配を込めて尋ねると、ウルは温かみを帯びた声で応じた。


「現在は安定しています。しかし、このままでは状態が悪化する可能性もありますから、速やかに行動を開始しましょう」


 彼女の計画は次のようだ。まず、敵の軍事用AIの波動を再検知し、その位置を特定する。次に、宇宙船の残りのエネルギーでコアをオーバーブーストし、爆破させることで、可能な限りシャチ魔獣を殲滅し、『東京マザー』と思われる場所への道筋を確保する。


「ウル、30%ってもしかしてあれ?」ナルの声にはわずかな震えがあった。


「はい、『東京マザー』が想定した通りの者なら、雷電で大きく損傷を与えられます。加えてナルのグランドクロスでさらに援護があれば確実です」とウルは説明した。


「それは但しがつくんでしょ?」ナルは少し不安そうに付け加える。


「はい、その通りです。零士さまが雷電を数十以上放てるほどのエネルギーが必要です」とウルは残りの条件を静かに述べた。

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