第15話『中野ダンジョンへ』

 成功した討伐の報告がギルドに完了すると、皆の緊張がほぐれた。東京マザーの討伐が終わった瞬間、シャチたちは突然倒れ、動かなくなった。その異変が新宿事変の終結を告げるかのようだった。


「やはり日本人は優秀だと思ったよ」というギルドマスター補佐代行の発言に対し、零士は拳を振るい、相手を吹っ飛ばした。その身勝手な言葉には、もはや耐えられない。一同はその光景をせいせいした面持ちで眺めていた。


 新宿ダンジョンは調査のため一時閉鎖され、零士とナルは隣接する中野ダンジョンへと向かうことにした。新宿は国の管理下に置かれることになり、それは表向き調査とされていたが、零士はそんな国の表面的な対応に疑念を抱いていた。「どうせ国のことだ、裏金で動く要職ばかりだろう」と彼は内心で冷ややかに思った。地獄の沙汰も金次第というわけだ。


「零士さま、次のステップへ進むべきですね」とウルは彼の心を読むように言った。彼女の声は、いつも彼の心の支えとなっていた。


 あの時声をかけてきた黒装束の美少女が近寄り、彼女は第7柱の黒曜の妖精「コク」といい、零士をハイランカーとしての『魔法結社東京』への加入を勧める。その組織、『黒蝶』は十人ほどの異能者集団で、実権を握っていた。ところが、零士が拒否を示し、その追放された理由と事実を知った瞬間、彼女は笑顔のままギルドマスター補佐代行の職員の首を刎ねた。その凄絶な行動に、零士は内心で激しく動揺したが、面持ちは冷静を装っていた。


 それから数瞬の間、第3柱の黒華アソシエイトが現れ、その妖艶な美貌と深い眼差しで零士を捉えた。ウルは「洗脳しようとする波長に似ていますが、気にするほどのものではありません」と彼を安心させた。しかし、黒華の意図は読み取れず、彼女の突然の去り際には意味深な笑みを残した。


 その後、結社のメンバーたちは、零士たちが新しいダンジョンに向かうことを知り、コクが同行を志願する。さらに「あなたの子を産む」と言い出すという衝撃的な展開があった。この突然の発言に、ナルは愉快そうに笑い、尻尾を振っていた。その様子を見た結社の者たちは、零士とコクを珍妙な生き物を見るような目で見つめていた。


 

 ――数刻後。


 魔法結社東京には思うことがあり、加入については保留にしたまま、零士たち一向は新宿を後にした。

 中野ダンジョンへ向かう道中、零士は心を引き締め、冷たい空気を肺に吸い込んだ。「力をつけた途端に戻ってくれと言ってももう遅い」と彼は考えていた。但し、すでにその命令を出した相手はこの世を去っていたので言葉は飲み込んだ。真の結社がその件を適切に扱うと知り、彼は一息ついてから次の冒険に心を向けた。


 しかし、ウルは一つだけ懸念を示していた。東京マザーと呼ばれる存在について、それが本当の本体なのかどうかが区別できないと彼女は指摘した。その存在は強力な力を持っているにもかかわらず、その防護手段は稚拙であることが問題だった。


「私たちが知る限り、あの『東京マザー』と呼ばれるAIは旧式です。そのため、より強固な保護が施された環境に依存するべきですが、今回それが全く見られませんでした。このことから、それが本体の端末でしかないと推測されます」ウルはそう零士に伝え、同じような存在が他にもいる可能性が高いと警告した。


 ウルの分析によれば、あのシャチは狩猟種族であり、通常はここにいるはずのない者たちである。召喚するにしても無尽蔵にはできないため、おそらくは誰かが意図的にコピーを増産している可能性があるという。それに対する答えはまだ見つかっていない。


 零士自身も、侵食率を高めるために目先の捕食や「レメデヴェル」と残された言葉の調査に集中していた。さらに、自分の中に別の存在がいることにも頭がいっぱいだった。しかし、新宿が利用できない現状では、零士、ナル、そしてリーナにとって捕食対象を確保することが急務だった。


 いずれ人の捕食も必要だと知りつつ「やはり人間を捕食しなければならないのか?」とウルに問う。


 その問いはうっかりナルとリーナにも聞こえてしまい、ナルは「零士なら割り切れるでしょ?」と軽く返した。リーナは「また何かズルしようとしているの?」と疑念を投げかけた。


 零士は「いや、ズルなどしていない。リーナ、家へは連絡しなくても大丈夫なのか?」と話を振った。リーナの家族は、過去にもリーナがソロで突撃していた際、緊急クエストで救助要請をするぐらいだ。今回のように遠出したらまた救助要請がでやしないかと零士は危惧していた。


「おいおい、俺が誘拐犯として疑われるのは困るぞ?」と彼は心配を表した。その場の雰囲気が一変し、ナルが「あなたたち、子供じゃないんだから……」と諭した。


 ウルが再び静かに警告を発した。「零士さま、まだ微弱ですが『東京マザー』に近い反応が中野の方角から感じられます」。彼らの足取りはゆっくりと重くなり、周囲の景色は都市から雑木林へと変わり、朝焼けの光が木々の間を縫い、地面に長い影を落としていた。


「この反応、どれくらい強いんだ?」と零士はウルに尋ねた。


「現時点で弱いですが、増幅する可能性があります」とウルは答えた。


 彼らが進むにつれて、零士は未知の脅威に直面する可能性を理解しつつも、それが真の脅威かは未知数だった。遠くから聞こえる機械的な音声に心を引き締め、一行はその方向へと向かった。声は次第に明瞭になり、「来るな」というメッセージを繰り返していた。


「それってさ、普通は救難信号とかならわかるけど、『来るな』ってなんだろうな?」と零士は皆に引っ掛かりを感じたことを伝えた。


「確かに変ね。何か危険だからという警告かも?」とナルが推測した。


「来るなと言われたら行きたくなるよね?」とリーナが悪戯っぽく笑いながら言った。


「そりゃあな、気になるよな。ナル姉は?」と零士がナルに問うた。


「あたしもリーナと零士と一緒だよ。確認してみましょ」とナルは言い、彼らは声がする方向へと歩みを進めた。

 その時の彼らにはまだ『中野』の状態を知る由もなく、彼らを待ち受けている中野ダンジョンの全く異なる挑戦に気づいていなかった。

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零士その者は、魔法結社東京の追放者 〜液体金属AIウルと異世界東京でのハンター道中〜 雨井 雪ノ介 @amei_yukinosuke

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