第9話『狩人』(1/3)
誰もが予想もしなかった事態が発生した。
群馬という最強種を、名もなき無能と見なされていた者が倒したのだ。その破壊的なまでの完勝は、即座に彼を世間の注目の的に変え、その名を轟かせることとなった。
「おい、あの人は日本人なのか?」周囲の声が騒がしくなる。
「まさか、日本人がこんなところに?」別の声が続く。
「すごいな、日本人は……」羨望と驚嘆が混ざり合った声がこだまする。
この場に集まる者たちは零士の存在よりも、「日本人」という存在に焦点を合わせていた。彼らの話からは、その「日本人」がいかに卓越しているかが伝わってくる。
零士は興味津々だった。もし可能ならば、その「日本人」に会って、どうやってこの場に来たのか聞いてみたい。しかし、噂話には常に誇張が含まれるものだ。彼らの話では「日本人」は最強種をも軽く凌ぐ存在であるとされている。
その稀有な「日本人」が、彼と同じくこの地に足を踏み入れたことが示されている。稀ではあるが、現れるのだという。
そんな話題が人々を引き寄せる中、最初は日本人であっても無視されていた零士に、今や彼の実績を目の当たりにした者たちが群がる。
しかし零士にとって、目の前の人間関係はどうでも良い。彼にとって大切なのは狩りであり、さらなる力を手に入れることだ。
そして、リーナが現れる。零士は彼女から逃げるのが最善だと判断する。
「なあ、ウル。この面倒な奴らをどうやってかわすか……」零士が脳内のウルに相談する。
「大丈夫ですよ、零士さま。超脳化を発動しましょう。それなら短時間で彼らを煙に巻けますよ」とウルが提案する。
超脳化が発動されると、零士の周囲の世界は一変する。色とりどりの景色が次第に暗いグラデーションへと変わり、時間が止まったかのように感じられる。
この特別な能力を使い、零士はリーナを含む周囲の者たちを巧みにかわし、宿へと足を運んだ。
翌朝、早くに目覚めた零士は、疲れをすっかり取り除いていた。彼はベッドから飛び起き、身支度を整える。
「さて、今日も行くか!」と言うと、ウルも「ええ、行きましょう!」と応じる。
昨日使ったエネルギーを補給するために、彼らは早々にダンジョンへと向かった。
道中、零士は考え事をしていた。周囲の変化に興味はない。AIを持たない者たちにはほとんど関わらず、ナルのような特別な存在以外、魔法が得意な者や奇妙な商売をしている者たちしか近寄ってこない。今回の一件で、AIの持つ信頼性の重要さがより一層彼にとって明確になったのだ。
発達しすぎた科学技術は、魔法と見分けがつかないとかの有名な作家が述べた言葉を思い出す。零士とそのAIウルが用いる技術も、この地の人々にはまさに魔法のように映っただろう。
零士は、周囲から注目され続けても、その生活は何一つ変わらなかった。追放された身ながら、魔獣討伐の無期限リクエストをこなし、新宿ダンジョンへと足を運ぶ日々。金があれば手に入る安全や自由、美味い食事について、彼は誰よりも理解していると自負している。
しかし、最近になって零士の心には、僅かながら焦りが生まれていた。倒した魔獣を捕食し、自身の体を維持するためのエネルギーを得ながらも、余剰がほとんどなくなっていたからだ。
ナルは零士がダンジョンに再び向かうのを待っていたかのように、すぐに彼の後を追った。石畳の道を進む二人の周りは、薄明かりで照らされ、壁面は自ら光を放つ光苔に覆われていた。それぞれの光苔が弱い光を放つが、全体としては十分な明るさを提供していた。
零士が手慣れた動きで今日の十体目の魔獣を撃破すると、ナルは楽しそうに彼を見つめた。まるで成長したばかりの弟を誇らしげに眺めるような目だ。
「零士、このあたりは大分手慣れてきた?」ナルの声に零士は笑顔で応じる。
「ナル姉のおかげさ」零士の声には感謝が込められていた。
「それもそうね……。少し、難易度を上げてみる?」ナルの提案に、零士は好奇心をそそられる。
「より強敵だと、エネルギー源としては優秀なんか?」と零士が問うと、ナルは気軽に応じる。
「そうね……。個体によるけど、効率の良いやつがいるわ」
「なら、答えは一つ! 効率の良いやつでお願いします! ナル姉!」零士は元気よく返答した。
「しょうがない子ね……。もう少し先にちょうどいいのがいるから、そこへ行きましょ」ナルは彼のやる気を後押しする。
二人は問題なく、静かな石畳を歩き続けた。ダンジョンの奥に進むにつれて気温は下がるが、寒さについてはAIが調整してくれるので何も問題はなかった。その中、零士とナルが吐き出す白い息だけが、この寒さの中でも目立っていた。
時間が経過し、零士とナルの狩りは順調に進んでいた。ナルの誘導のおかげか、偶然かは定かではないが、狩りはすべてうまくいっている。そんな中で、体が一回り大きく、素早さが比べ物にならない狐型の魔獣が現れた。
「チッ! 早い!」零士は舌打ちをしてしまう。
「零士! 気をつけて! 左から来るわ!」ナルの念話が届くと、零士は素早く反応した。
安全を最優先するならば、超脳化が最適だ。しかし、その依存は、使えない時に動きが鈍る大きなリスクを伴う。そのリスクを考慮し、零士はウルと相談した結果、今は超脳化を使わずに対処を試みていた。
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