第8話『最強種!光の民!群馬』(4/4)
零士は冷静に群馬を見つめ、まず足を止めずに別の戦術を選んだ。それは常に可能な選択を示すためだ。
彼は静かに間合いを詰め、左肩に掌底を叩き込むと、群馬の肩を力強く打撃した。続いて右肩にも同様の強打を加え、すぐさま距離を取った。
このやり取りは数秒で終わったが、その短時間にも緊迫した空気が流れていた。
背後から突然の蹴りが炸裂する。
「――バカな!」群馬は数秒後に驚愕した。自分が完璧に捉えたと信じていた相手に、想定外の方法で連続して攻撃を受けていたのだ。
群馬は手加減していない。初撃で相手を倒すつもりで全力を出していたが、ただの強打でなく、「背後から」も攻撃されたのは、予期せぬ事態だった。
群馬は自身の動きを把握できるかどうか確かめるため、さらに攻勢を強めた。しかし、それもまた零士には避けられ、零士はさらに含み笑いを浮かべながら見つめ返していた。
群馬とすれ違うだけだったはずが、再び左肩を強打され、続いて右肩も同様に攻撃を受けた。これは群馬の速度を超えた動きだった。何が起こっているのか、目を凝らすと、再び背中が蹴られる始末だった。
「これは、いつでも殺せるという宣言か……」と群馬は感じた。
そこから死闘が始まった。群馬はさらに速度を上げ、全力で剣を振り下ろすが、それもかわされてしまう。上段から中断し、下段に移り、時にはタックルを仕掛けるも、それもすべてかわされた。もはや、完全に読まれているとしか思えない。
群馬は恐怖に襲われた。以前、完全には敵わなかったとされる『東京マザー』の存在が脳裏をよぎる。
恐怖心を払拭するかのように、群馬はがむしゃらに剣を振るうが、当たる気配はなく、相手が反撃してこないのが不気味でさえあった。群馬の内心は疲労し始めていた。
「なぜ、避けられるのか。なぜ、反撃しないのか。なぜ、ハンターとして認定されないのか。なぜ、なぜ、何故なんだ……」
群馬の光の速度に匹敵する攻撃を、零士は避け続けていた。避けるだけで何ら進展しない状況に零士は気になりウルに尋ねた。
「ウル、いつまで避けていればいいんだ?」零士はウルに相談を持ちかけた。
「避ければ避けるほど、今回の効果は高まります。もう少し続けましょう」とウルからの提案があった。
「もしかして、やられるのは初めてなのか?」零士は考え込む。
「いえ、恐らくは慣れない戦法に戸惑っているだけでしょう」とウルは静かに応じる。
「これが武装の差であり、技術の差か……」零士は自らの変化に内心驚いていたが、ウルとの融合がもたらす強さにも自信を深めていった。
「液体金属の擬似生命体AIである私と融合した零士さまは、最強です」とウルは自信満々に零士へ告げた。戦闘とはあまり関係のない状態で、ウルとの会話を楽しみながら群馬の攻撃をかわし続けていた。
本来なら、砂埃が舞い上がり、視界が悪くなる中での戦闘が通常だ。しかし、今回に限っては、この二人の速度感覚が他を超越しており、第三者から見れば何が起きたのか一瞬の出来事に見えるだろう。
今言えることは、繰り返し行われる攻撃を容易く避けるのは、まさに超人化による超脳のおかげだった。どんなに早くとも思考加速した零士からすれば、それは止まっているのと同等だ。ただし、これを使いすぎるとエネルギーが枯渇する。そのリスクを背負いつつ、零士は戦いの続行を決意した。
「一気に決めるか」とエネルギーの枯渇に懸念を抱いた零士は言った。
「ええ、そうしましょう」とウルもそろそろ良いかと考え、彼の決断を支持した。
零士とウルは、目の前でがむしゃらに剣を振り下ろす敵の血走る目など気にもせず、ギリギリ死なないぐらいの加減で掌底を腹に打ち込む。さらに膝の裏を攻め蹴り上げて、両足を砕いた。零士の動きには、計算された残酷さと、不可避な状況への哀れみが混在していた。
「時間だな」と零士は静かに言った。
「ええ。背後に回りましょう」とウルも彼の作戦に同意する。
灰色だった零士の視界がいろとりどりの景色に移り変わり、そこが今の時間軸に戻ったことを知る。群馬は少しずつ膝が折れ、両膝が地面につくと、驚き膝立ちのまま背後にいる零士たちへ振り向いた。驚愕の眼差しで見つめたまま、全てが抜け落ちた表情で吐血した。
「グハッ!」群馬は盛大に吐血をすると、そのままうつ伏せに倒れ込んだ。まるで彼だけしかいない空間のように地面にひれ伏す音は周囲に響き渡った。
観衆は一瞬に始まり、何が起きたのか理解できず、いつもの群馬の勝利ではないことに気がついた。あまりの想像を覆す光景に、群馬の心音が聞こえるかと思うほど、鎮まり帰った。すると打って変わり観衆の雄叫びは会場全体に伝播し、興奮のるつぼと化した。
「やりやがったと。あの電光石火の群馬に名のしれぬやつが勝った」と。聴衆は一瞬の出来事で、圧勝と言っていいぐらいだった。
群衆の合間を掻き分け受付嬢たちは急ぎ群馬を担架に乗せて、どこかに運んでいく。この世界にも担架なるものがあるのに零士は感心していた。
「零士さまやりましたね」とウルは非常に嬉しそうだった。
「ああ。これでしばらくは絡まれないといいんだけどな」と零士はその後のことを気にしていた。そう何度も金にならないことで絡まれたくはないのだ。
「そうですね。今回の戦いでほとんどストック分がなくなりました」とウルから衝撃的な事実を告げられる。
「え? マジで?」と零士は驚愕した。
「はい。それだけエネルギーを使うものです」とウルは冷静に言った。
「はぁ……。これはかなりの浪費と見ていいよな……」とまたしても零士は項垂れた。あの苦労が群馬一人のために水の泡かと思うとやりきれない。
「そうですね。今言えるのは、命あっての物種です」とウルはどこまでも前向きだった。
「そりゃあそうだな……。また、狩るか」と零士は気を取り直して言う。
零士は群馬が会場から出たことを目で追うと宿に戻るため、帰路に向かおうと出入り口へ足を向けた。するとまた思いもかけず声をかけてくるものがいた。聞き覚えのある声でもある。
「零士?」と声をかけたのはリーナだった。
零士は面倒ごとが湧いてくると思いそのまま気が付かないふりをして、振り向かず真っ直ぐで入り口へ向けて歩を進める。
ところが「はあ……」と零士は大きくため息をつく。
思わずため息をついたのは、いつの間にか目の前で通らせないように、零士の正面で仁王立ちして待ち構えているリーナがいた。
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