第10話『地属性最強種! 埼玉!』(1/8)

 ある日のギルド内での出来事だ。


 夕暮れ時、紅く染まる空のもとで、思いがけず零士に声をかけてきたのは、地属性で最も強力とされる埼玉だった。彼は、勝負ではなく単なる手合わせを翌々日の早朝に行いたいと申し込んできた。零士にとって、どこまでが「簡単」なのか理解しがたい部分であった。


 全てが真剣勝負であるかのような空気。それは、死も伴う可能性があるためだ。この世界では命の価値が異様に軽んじられる。零士はその事実を理解しているものの、その現実が未だに違和感として残っていた。


 深いため息をつきつつ、「またか……」と彼は肯定も否定もできない曖昧な言葉を漏らした。


「他者を知るのも、良い経験になるかと思います」とウルは言った。彼女の声は冷静で、まるで命を賭けることが当然であるかのようだった。


「対人戦は、今後役に立つんだろうか……」零士はそう問いかけると、ウルには何か考えがあるように感じ、彼女に尋ねた。


 この世界で感じたことは、魔獣が実在し、それらを討伐することが生業とされていることだ。対人戦の意味が見出せずにいる中で、ウルは何か予感に似たことを口にした。


「近い将来、起こり得るでしょう」とウルは言い、零士の言葉に対して返答した。


「何がだ?」と零士は思わず問い返した。


「対人戦争です」とウルは静かに答えた。零士にとって予想外の返答だった。


「戦争?」零士は驚いて再び問い返した。


 ウルは根拠を持って、突然対人戦争の可能性について言及した。「闘争が近いかもしれません。今言えることは、敵対AIによる強襲があり得ます」と彼女は続けた。


「あのシャチを操る奴か……」零士は以前のシャチの討伐戦を思い出しながら言った。


「ええ、それも一つの可能性です」とウルは静かに答え、その確信に満ちた様子を零士は感じ取った。


 敵対AIの存在が零士には相当な脅威として映っていた。ウルがそこまで言及するということは、本当にその時が近づいているのかもしれないと彼は思った。


「今のうちに慣れておくか」と零士はつぶやき、それが賢明だと感じていた。それは、最初の魔獣との戦いから得た感覚に基づくものだった。


「それが賢明かと存じます」とウルは賛同する声を上げた。


 零士は、超人化ができれば大抵のことは対処できると何処かで思っていたが、その思いがあるためか、どこか緊張感が緩んでいた。頻繁にため息をつくのも、その心境を表しているのかもしれない。


「ああ、早くこの事が終わらないかな。その後はナルと一緒にダンジョンで捕食活動でも……」と、そんな別の思考が頭の片隅を駆け巡った。そう考えながらも、零士は翌々日の勝負を引き受け、その日はあっという間に訪れた。光陰矢の如しである。


 ――ギルド裏の訓練場にて。


 再び、ギルド裏の訓練場での対人戦が始まる。今回が二度目のことであり、どこからともなく集まった群衆が前回以上に多かった。お祭りのような雰囲気で、明らかに娯楽に飢えているようだった。零士にとっては、まるで見世物小屋の珍獣扱いされているようで、彼の心境は複雑だった。


 視界に広がる赤茶色い地面は、以前と変わらず、毎回のように整備されているかのように平で窪みもなく、細かな石も砂もきれいに掃かれた状態だった。その上に、二人の影が投げかけられている。一方の影は細く、もう一方はやや広がって見える。零士と埼玉だ。二人の間隔は十メートルほどあり、対峙する彼らの間には、言葉以上の緊張が流れていた。


 埼玉が不適な笑みを浮かべながら、零士に向かって礼を述べ始めた。その声には、挑戦者としての尊敬と、戦いへの渇望が含まれていた。


「礼を言うぞ。群馬を倒した零士の力を疑うわけではない。ただ、強者としての戦いを望んでいるだけだ。感謝する」


 対して零士は、彼の表情や目の動きに一切の感情を見せず、淡々と返答した。その声は冷静で、しかし内に秘めた決意を感じさせるものだった。


「約束通り、俺が勝てば金貨百枚を受け取る」


 埼玉はその言葉に再び笑みを浮かべ、何かを企むかのように、冷たく、しかし確信に満ちた声で言った。


「当然だ。ギルドが証人となり、既に預けてある」


 しかし、埼玉の真意は謎のままだ。魔獣との戦いではなく、人との対人戦で何を求めているのか、それが零士には理解できなかった。もしかすると、純粋な戦闘狂なのかもしれない。


 零士は戦いの開始タイミングを尋ねた。その声には、わずかながら戦いへの不安が感じられた。


「群馬の時と同じく、コインが着地したら合図か?」


 埼玉は肩をすくめ、何事もなかったかのように返答した。


「そのつもりだ。他に希望はあるか?」


 零士は短く首を振り、「いや、ない」と答えた。


「では、そうさせてもらおう。手加減は無用だ」


 零士は苦笑いを浮かべた。埼玉の言葉に対する彼の心中は複雑である。この異世界での物事の捉え方が、ますます彼には異質に感じられていた。


「ああ、わかったよ……」と零士が答えると、埼玉の眼差しが鋭く零士を捉え、その野獣のような瞳は彼から目を離さなかった。


「我は埼玉。埼玉・ノットデス」と埼玉が自己紹介すると、零士もそれに合わせて名乗った。「俺は零士」


「零士、いざ尋常に勝負!」埼玉が力強く袖を振り払うと、彼の和服姿は妙に似合っているように見えた。


 零士は内心、1体1の戦いよりも群を相手にした戦いに慣れていると感じていた。皮肉なことに、1対1の戦いは稀であり、それに適応するのが難しいとさえ考えていた。しかし、この世界に来てから、強者との直接対決は贅沢な悩みであり、それが彼にとっては新たな挑戦だった。


 コインが光を乱反射しながら空中を舞い、その瞬間、零士と埼玉は集中を深めた。


「零士さま! 超人化! 発動!」ウルの声が響き、「頼むぜウル!」と零士が返す。


 この時、コインはまるで空中に留まるかのようにほとんど動かなかった。しかし、埼玉の魔法は、異常な速さで動いていた。


「零士さま、恐らくは魔法生命です」とウルが言うと、零士は「つまり、勝手に動く奴か?」と尋ね「はい。この魔法の使い手に遭遇するとは思いもしませんでした。きます!」とウルが答える。


 零士は驚くべき速さで地面を泳ぐ土色のサメに対して、直感的に左側へ大きく横に飛び出し、砂埃を巻き上げながら地面を転がった。片膝立ちで様子を伺う零士の目は、緊張と警戒できらめいていた。そして、その魔法生命が思考加速も可能であるという事実に、彼はさらなる驚愕を隠せなかった。

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