第13話『新たな始まり』(1/2)

 ウルとナルと会話を続ける零士たちは……。


 状況が悪化する一方でも、ダンジョン内の古びた船の中では、リーナの目覚めをぼんやりと零士とナルが見守り、三人は時間の感覚を失いながら過ごしていた。外の世界から隔絶され、深夜になっているだろうと予想される静寂の中で、重苦しい空気が流れていた。


「ウル、この状態はいつまで続くんだ?」と零士は、薄暗い船内で時の流れを感じられずに尋ねた。


「恐れ入ります。今チルからの返答を待っています。キャリブレーションが完了すれば、リーナはすぐに目覚めるはずです」とウルが答えたが、その声にはいつもと違う不確かさが感じられた。


「それなら、こっちで揺り起こすのはまずそうだな」と零士が言うと、「はい、そっとしておく方が良いでしょう。リーナにとって良い影響はありませんから」とウルから助言が返された。


「OK。わかった」と零士は軽く頷き、視線を落とした。そこには、ナルが丸まって眠っていた。彼女の毛並みは柔らかく、この木製風の床には猫にとって心地よい温もりがあった。疲れた体を癒すために、零士も少し横になることにした。空調が効いているおかげで、船内は快適であり、自然と眠気が誘われた。


 零士もいつの間にか、深い眠りについてしまった。零士とナルの一人と一匹が完全に無防備なまま、寝静まったころ。


 突然、リーナが目を開けた。彼女の目の前には、零士とナルが映し出される拡張現実の世界が広がっていた。名前が個々に表示されることによって、驚愕しながら何度も目を擦る彼女の姿があった。


「なるほどね。レイジが見えていた世界は凄いのね」とリーナは興奮気味につぶやいた。その言葉に反応するかのように、脳内に深く低い声が響いた。


「はい、その視界の様子でございますと、何も問題はないかと存じます、お嬢様」と懐かしい声が脳裏を満たす。


「え? セイバス? ちょっと! どういうこと?」とリーナは視界にいるはずもない執事を探し、しきりに見回した。


「お驚きになるのも無理はございません。どうぞお気を落とされませんように、私がご案内申し上げます」とかつての執事、セイバスの声が落ち着いて言った。


「だって、あなたは……」リーナが故人であることを口にしようとした瞬間、「はい、お嬢様のご存じの通り、故人でございます」と声の主が静かに応じた。


 その時、チルからの新たな声が聞こえてきた。「心拍数増大、脈拍異常。通常モードに移行します」。その声は老齢の紳士のもので、口調は変わっていた。


「え? あなたは誰?」とリーナは驚いて声に出してしまった。


「恐れ入ります。私はAIチルです。先ほどは大変失礼しました。深層に残された故人の記憶から再現した次第です」とチルは事態収拾を図り、自らを名乗った。



 リーナは新しい発見に心躍らせ、「レイジの言っていたAIって、これのことね」と言った。その声には驚きと興味が交じり合っている。


「聡明な方で、本当に助かります」と、チルが心の中から優しく返答する。彼女の声は柔らかく、より人間らしく感じられた。


 リーナは少し気恥ずかしそうに笑いながら、「セイバスの声だと思ったわ。ビックリしたけど、悪くない。新しい環境だから、無理に変える必要はないわよ。ごめんね、気を使わせちゃって」と語りかける。


「滅相もございません。それでは、チルと呼んでいただけると幸いです」とチルは礼儀正しく答える。彼女の言葉には微かな安堵の感情が滲み出ている。


 リーナはこれに対し、もっと気軽に接して欲しいと願う。「いいのよ? そんなに堅苦しくなくても。もっとフランクにお願い」と続けた。


「わかりました」とチルは、少し戸惑いながらも承諾する。その声には新たな試みへの期待が感じられる。


 リーナはニッコリ笑いながら、「それでいいのよ。ありがとう」とチルに感謝を示す。


 そして、リーナは興味深く次の問いを投げかける。「それで? この未知の何かについて説明してもらえるかしら?」


「もちろんです。まずは、視界に映るこの画像の領域から説明しましょう」とチルは説明を開始した。彼女の声は、情報を伝えるために一層明瞭になる。


 このやりとりを通じて、リーナは徐々に新しい環境に適応し、心拍数が安定するまでに落ち着きを取り戻していった。


 しばらくして零士が目を覚ますと、リーナは何かを操作しているのを目にする。彼はその姿を見て微笑み、「よお、無事に最初のステップはクリアしたみたいだな」と声をかけた。


 リーナは軽く拗ねたように口を尖らせ、「ちょっと、ずるいでしょ? これ」と言って、軽く胸を叩く。


 零士は、持っている者だけの特権を楽しむように、「え? そう言ってもな、持っている奴だけの特権だぜ?」と返す。


 リーナは半ば納得しつつも、「まあそうなんだけど……。これずるい」と変わらずその言葉を繰り返す。それは彼女が新しい能力を理解し、すでにそれを使いこなせそうだと感じている証拠でもある。


 零士は彼女を宥めるように、「まあまあ。今はあるんだし、いいじゃんか。それよりさ、AI持ち同士だから念話ができるんだぜ? 試してみるか?」と念話の利点を提示する。


 リーナは、お祈りでもするかのように両手を正面に合わせ、「うん! それ、本当に楽しみにしてたの!」と興奮を隠せない様子で答える。


 零士がリーナへ念話の方法をレクチャーしていると、ナルも起きてきて飛び入り参加する。「リーナ、飲み込みが早いね」と、リーナの脛を肉球で軽く叩きながら言った。


「ありがとう、ナル姉さん」とリーナは満面の笑顔で返す。零士はそれを見て、猫とはいえどうしてもナルの容姿が幼く見えるので、この光景が少しコミカルに映ると感じていた。


「うん。距離関係なく話せるから便利だよ。零士といつもしてるからね」とナルは説明を加える。零士は日常的にナルとの念話を使い、特にダンジョンでの連携に役立てていると思い至る。


 リーナが興味深く「レイジたちはいつもこの念話で会話してたの?」と尋ねると、零士は「ああ、すぐに意思疎通できるから便利だろ?」と利便性を強調する。


「ええそうね。でも、寝ている時に起こされちゃうのはちょっと……」とリーナは少し心配そうに付け加える。


「大丈夫だって。そこまでデリカシーない奴じゃないよ、俺は」と零士は安心させようとするが、そこにナルが顔を挟むように割り込んでくる。

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