第二十五話 六諸侯の勇・ゴート(2)

 長い回廊を抜け、案内されたのは闘技場の中心部。メインアリーナだ。


 ぐるりはお椀状の観客席になっていて、頭上には青々とした空が広がっている。


 観客席に人影はないが、アリーナの中にはトレーニング中の人影がまばらに見受けられた。


 アリーナの中央には十メートル四方ほどの舞台が設けられていた。


 ゴートはその演舞台の上に、躊躇なく飛び乗る。

 そして、上から俺を見下ろして、声を張った。


「一年につき、一本勝負。其処許が負ければ、翌年まで挑戦資格を失う。其処許が勝てば、封印の鍵を貸そう。それが、この試練のルールだ」

「承知しました」


 頷いて、俺も舞台の上に登る。


 ゴートは舞台袖の従者から二振りの棒を受け取り、その一本を俺に向かって投げてよこす。

 攻撃力が5の木刀だ。

 一応、試合という形式なので、真剣は使わない。


 だが、木刀でも当たりどころが悪ければ普通に死ぬんだよな。


「手加減できるならする。だが、場合によっては命を落とす危険もある。その点、覚悟して試練に臨まれよ」

「もちろんです」


 俺が勝つ場合、ゴートが死ぬことはない。だが、俺が負けた場合、俺は死ぬ。


 不釣り合いな天秤だが、ゲームの都合でそういう挙動になっているのだから仕方ない。


 プレイヤーはゲームオーバーになってもすぐやりなおせるわけだしな。


 開発当時の自分を呪いつつ、俺はゴートの前に正眼で構える。

 当然、負けるつもりなどないのだ。


 相手の瞳を睨め据えつつ、俺はゴートのステータスを頭の中に反芻する。

 確か、こんな内容だったはずだ。



 HP  :250

 SP  :60

 腕力  :90

 知力  :20

 素早さ :70

 魔法耐性:5

 固有スキル:観察眼

 後天的スキル:

  ・ためる

  ・斬撃・驚天動地



 パラメータ的には、確実に、俺より強い。


 ただ、固有スキルはたいしたことがない。観察眼。彼我の戦力差を瞬時に見定めることができる能力だ。プレイヤーが持っているとなかなか便利だが、敵が持っている分には何の役にも立たないゴミスキルだ。


 問題は、二つの後天的スキル。時間をかけて力をため、ダメージを三倍にする『ためる』と、SPを30消費して繰り出す、腕力依存の必殺技『驚天動地』


 どちらも危険だが、特に『驚天動地』は要注意で、俺の能力だと、くらえば間違いなく一撃で死ぬ。豆腐を握れば潰れるってくらい確実だ。


 ちなみに、俺の戦闘パラメータはこんなところだ。



 HP  :193

 SP  :150

 腕力  :52

 知力  :50

 素早さ :89

 魔法耐性:50

 固有スキル:デバッグ

 後天的スキル:

  ・カウンター

  ・魔術『バインド』



 素早さ高めのオールラウンダー。それが、俺のパラメータだ。


 固有スキルのデバッグは、今回は使わない。

 使う必要がないのだ。

 相手のステータスは全部頭の中に叩き込んである。


 後天的スキルは『カウンター』と『バインド』

 これらのスキルは、ゴート戦を想定して身につけたものだ。これをどう使うかが、この戦いのポイントだ。


 ──ゴートの持つ木刀の切っ先が、俺の切っ先と触れ合う。


 その視線が、俺の目を正面から貫いてくる。


「準備は良いか? 良ければ、いつでもかかってこい」


 戦いの合図と同時に、俺は速攻でゴートに飛びかかる。


 正面から打ち込み、一度相手の木刀を弾いてから、むき出しの太ももをしたたかに打つ。


 巨木でも叩いたような手応えだ。


 だが、足のダメージは馬鹿にできないものだ。相手の素早さを減衰させる効果もある。


 打撃を受けた太ももを一瞥し、ゴートは不敵に笑う。


「……なるほど、できるな。拙者に一太刀打ち込める者が、未だ人間の中にあったとは驚きだ」


 その腕がおもむろに持ち上がり、上段の構えを見せる。


「……ならば、これを受けてみよ」


 木刀の先から立ち上るオーラ。

 初撃は、『驚天動地』だ……!


 喰らえば一撃でやられる文字通りの必殺技。

 その一撃が、今まさに振り下ろされようとしている。


 ──だが。


 俺はその瞬間を待っていた。


 切っ先が僅かに動いたその瞬間、俺は即座に『バインド』の魔法をゴートの足元に向かって放つ。


 足元から蔦が伸びるエフェクト。

 地から生じた無数の蔦が、ゴートの身体を絡め取る。


 すると、ゴートの動きがにわかに緩慢になった。

 振り下ろされる切っ先は、速いがかわせないほどではない。

 俺は半身をずらして、難なく必殺の剣撃をかわす。


「ぬう……小癪な」


 ゆっくりとした口調で、ゴートがうめく。


 バインドは、その戦闘中の敵の素早さを下げる魔法だ。素早さが下がると、すべての行動がスローモーションになる。


 なので、攻撃の命中率にも関係してくるわけだ。


 一度間合いを取る。するとゴートは腰を低くして、『ためる』の体制に入った。


 このゴート、驚天動地を放った直後は必ず『ためる』を実行する。


 早いうちにできる限り多くのダメージを与えたいという心理を表現した、ゲームシステムによる演出だ。


 相手が力をためている合間に、もう一度バインドをかける。

 バインドは重ねがけが可能なのだ。


 これで、ゴートの素早さは俺の二分の一になった。


 素早さが相手の二倍になると、単純に相手が一回攻撃する間に二回攻撃できるようになる。


 強力な魔法だが、その分効果ある敵が少ない。


 大抵のボスキャラは魔法耐性が強く、何度バインドをかけてもたいして素早さが下がらないのだ。


 だが、このゴートは、数少ない『バインド』の効くボスキャラだった。


 敵の行動が間延びしている間に、ひたすら相手の身体を木刀でぶっ叩く。


 どこを殴ってもダメージは同じなので、より心理的に負担のない太ももを中心に打ち込んでいく。


 頭をガンガン叩くと翌日悪夢にうなされることになるからな。

 足なら狙いやすいし、相手の素早さを下げられる。メリットが大きいのだ。


「……グオオッ!」


 獣のような咆哮とともに、ゴートはためた力を解放し、渾身の一撃を俺の脳天に見舞う。


 だが、そこで俺のもう一つのスキル・カウンターが発動した。


 ──『カウンター』は物理攻撃を50%の確率で跳ね返す。


 相手の攻撃力をそのまま相手に返す反撃技だ。


 通常のプレイの場合、現時点では入手困難なレアスキルだ。

 だが、俺は四歳の頃から道場に通ってなんとか身につけた。


 木刀を握る手に、弾けるような心地よい手応えを感じる。

 それが、カウンター発動の合図だ。


 俺は掌でゴートの木刀をいなすと、相手のみぞおちに柄頭を打ち込んだ。


 それで、勝負はしまいだった。

 ゴートはがっくりと膝を折り、舞台の上でうずくまった。


 暫くの間ゴートはうずくまったままうめいていたが、やがて膝に手をついて立ち上がった。


 頭を振りつつ、苦しげにつまった声で彼は嘆く。


「……まいった……よもや、拙者の剣がかすりすらしないとは……」


 それからようやく俺の方に視線を投じる。その顔には、清々しい笑みが浮かんでいた。


「柔よく剛を制す。見事な戦いだった。叶うことならもう一戦だけ、其処許と剣を交えたいところではあるが……。試練の勝者に対しそれは非礼というものだろう」


 ゴートの掌に、一本の光り輝く鍵が浮かび上がる。


「受け取るが良い、強者よ。これが、封印の鍵だ」



 ◯◯◯◯◯◯◯



 闘技場からの帰り道、シルクがぽつりと呟いた。


「ジェイドってさ……」

「なんだよ」

「オーガと戦うときも、人間と戦うときも、戦い方が一緒だよね」

「そうか?」

「うん。全然躊躇しニャい」


 しばし逡巡した後、彼女はためらいがちにこう続けた。


「……さっきの戦いは、正直、ちょっとジェイドが怖かった。一方的に殴って……ゴートが死んじゃうかと思った」


 俺は心外な思いで眉を吊り上げる。


「あれでちゃんと手加減してたんだぜ。その証拠に、頭は狙ってないだろ。ゴート卿だってさほど堪えてなかったじゃねーか」

「うん。そうだね……」


 煮えきらないまま、シルクは口をつぐむ。


 なんだよ、こいつ、俺のことを人でなし扱いしやがって。

 負けたら俺が死ぬんだぞ。


 言いかけた言葉を飲み込む。

 ここで喧嘩したところで詮ないことだ。


 そりゃ、ゴートとの戦い方は、容赦ないように見えたかもしれない。


 だが、どう戦おうと結果は変わらないんだから、それでいいじゃねえか。


 ……どうせゲームなんだからさ……。


 とにかく、封印の鍵はあと一つで揃う。


 宝珠があれば、クレセントがそれを使ってイルゲイルを倒してくれる。


 俺は宝珠の封印を解いた時点で、お役御免だ。

 それまでの辛抱だ。


 そこまで我慢すれば、この退屈な一連のイベントも終わりだ。


 俺はとっくの昔に、こんな予定調和のイベントには飽きちまっているんだ。


 戦闘を250回もこなすのに、死んだ魚の目をしながらスライムを殺してきた日々。

 あんなクソ退屈なこと、本当に好きでやっていたと思うか?


 こんなゲーム、とっとと終わらせてやる。

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