第三十二話 旅立ち

 魔王軍撃退から一夜明け──。


 俺は朝一番に、円卓の間に呼び出されていた。


 イルゲイルを倒したことへの功労──だと思うだろ?

 違うんだな、これが。


 円卓には六諸侯が雁首揃えて座っており、皆一様に険しい表情で押し黙っている。


 その沈黙を破ったのは、六諸侯の統率・ダルクだった。


「──魔王軍を撃退した貴殿の功績は認めよう。だが、宝珠を紛失したことは、その功績を覆すに余りある大罪。さて、どのように落とし前をつけるべきか……」


 そう。俺は国宝を紛失した大罪人という扱いになっていた。

 まあ、当たり前っちゃ当たり前なのだが。


 必ず返すから貸してくれと言っておいて、失くしちゃいましたテヘ、では済まないわけで。


 ダルクの発言を皮切りに、他の六諸侯たちが堰を切ったように語り始める。


「猫人なんぞに試練を受けさせたことが、そもそもの間違いじゃった」

「ヒヒヒ、まったくです」

「弱き者には、宝珠を扱えぬ。ただそれだけのことだった」

「最初から、全てジェイド様にお任せしていれば、こんなことには……」


 おおむね、宝珠を持って失踪したシルクと、彼女を選んだルタを遠回しに非難する論調だった。


 対するルタは、諸侯等の論難など聞こえていないかのように、ただ呆然とうなだれていた。


「シルク……どうして……」


 彼女だけは、未だにシルクの暴挙を信じかねている様子だった。

 ひどく消沈した様子で肩を落としている。


 その姿が哀れでたまらず、俺は思わず声を張り上げていた。


「この度の失態は、ひとえに私の不徳の致すところ! 責めるのは、シルクやルタ様ではなく、私一人にしていただきたい!」


 俺の発言に慌てたのは、意外にもダルクだった。

 彼はあからさまに声をうわずらせ、他の諸侯を見回した。


「どうかな……。ジェイド殿一人を責めるというのは。彼の責任に帰すならば、彼を選んだ諸侯の責も問わねばならぬが。無論、私も含めて」


 人一倍名声というものに敏感なダルクならではの発言だった。


 国を守った英雄の俺を、トカゲの尻尾切りのごとく切り捨てれば、国民からの反発は必至だ。


 公正な審判を行わなければ、自分達の地盤が危ういと踏んだのだろう。


 重苦しい沈黙が、円卓の間に立ち込める。

 やがて、その沈黙を破って、老獪なジェバが声を発した。


「このまま青の宝珠を野放しにしてはいられんじゃろう。そなたが責任を取るというのなら、まずは宝珠を持ち帰ってもらわねば」

「ヒヒヒ。話はそれからですな」

「大丈夫。其処許ならば、必ず成し遂げられる」

「期待しております。ジェイド様」


 こいつらときたら、自分らの任命責任を回避するために、俺に汚名返上の機会を与えようという気だな。


 いいね。上等だ。


 ただ、この腹芸達者な連中の中にあって、やはりルタだけは違った。

 彼女だけは、ただ真摯に、己の認めた英雄のことを慮っていた。


「ジェイド……。シルクは、きっと宝珠に操られているだけなの……。シルクを……シルクを、助けてあげて……」


 それまでこらえていたであろう涙が、一筋、ルタの小さな頬を伝う。


 幼い娘の涙ながらの懇願を無下にできるなら、そんなやつは男じゃねえ。


 俺は彼女に対して最敬礼し、誠意をもって答えた。


「もちろんです。ルタ様。シルクは必ず連れ戻します。そして必ず、貴女との約束を守らせます」

「ありがとう、ジェイド……。どうか、よろしくお願いします」


 気丈なルタが、俺に向かって頭を下げる。

 彼女が頭を下げる姿を見るのは、これが初めてだった。


 ──シルクのやつ、ルタをこんなに心配させやがって。

 絶対に探し出して、彼女に謝らせてやるからな……!



 ◯◯◯◯◯◯◯



「……どうして、ジェイドが責任を取らなきゃならないの? 貴方は、この国を救った英雄なんでしょう?」

「そりゃあそうなんだが……」


 ベリルが俺の部屋のベッドの上に腰掛けて、不満げに頬を膨らませている。


 彼女の不満はわかる。痛いほどわかる。

 なにせ、これからいざハネムーンだって時に、旦那の方に急な出張が入るようなもんだからな。


 だが、俺に責任が皆無かといえば、そんなことは全くないわけで。


 シルクと俺は一心同体だと豪語して、二人で試練をクリアするなんていう例外を認めてもらったんだ。その上で、宝珠は必ず返すという約束もした。


 にも関わらず、シルクに裏切られ、宝珠を持ち去られてしまいました、じゃあ、約束と違うもんな。


 断首されても文句は言えなかった。


「色々と事情があってな。契約通りの仕事ができなかったんだから、責任は取らなけりゃあ」

「いつ頃帰ってこれるの?」

「……わからねえ」


 ベリルは眉間に皺を寄せ、黙りこくる。

 やべえな、怒らせちまったか。


 彼女はしばしの間黙ってうつむいていた。やがてその唇から、ポツリと呟きが漏れる。


「……赤ちゃん……」

「ん?」

「……赤ちゃん、10人は産むって約束したのに……」

「……あー……」


 俺はぽりぽりと頭を掻く。


「それについては、司祭様から特別に許可を取ってる」

「えっ……」

「成人の日はまだ先だが、国家任務に出る人間には特別に許されるんだ」


 こんなことだけ準備万端と思われてしまうのは、正直恥ずかしいものがあるな……。


 顔が熱くなるのを感じる。

 この先なんと言って誘えば良いのか……。


 前世の記憶も、こういうときはどうにも役に立たない。

 小粋なセリフの一つでも覚えていればな。


 などと頭の中でぐるぐる考える。しかし、口に出る言葉はしどろもどろ。


「だから……その……」

「……もういいよ。来て」


 みなまで言わなくて良いとでも言いたげに微笑むと、ベリルは俺に向かって両腕を広げてみせた。


 瞬間、全身が熱くなるのを感じる。


 胸のときめきを抑えられないまま、浮き立つ足で彼女の元に近づいた。


 のだ、が。


 突然伸ばされた手が俺の胸ぐらを掴み、強引にベッドの上に引き倒した。

 それからベリルは俺に馬乗りになると、鼻先まで顔を近づけてすごんだ。


「……覚悟してよね。今夜は戦争よ」

「お、おう……」


 こ、怖いっす……。



 ◯◯◯◯◯◯◯



 三日後。


 旅支度を終えた俺は、町外れの駅で駅馬車を待っていた。


 温かな日差しの下、木製の長椅子に座り、まったりと馬車を待つ。


 隣には、見送りのためにベリルが付き添っている。


 この三日間、彼女から毎晩搾り取られた結果、俺の最大HPは既に八分の一になっている。子作りすると一時的に最大HPが半減するのだ……。


 お天道様の下で干物みたいになっている俺とは対象的に、ベリルは満たされたツヤツヤ顔だ。

 こいつ、実はサキュバスだったりしないよな?


 俺達がぼんやりと駅馬車を待っていると、街の方から冒険者風の男が歩み寄ってきた。


 否、男じゃない。太陽の下に鮮やかに映える赤髪は、紛れもなく勇者クレセントのものだった。


 彼女は、俺達のそばまでやってくると、俺の隣に腰掛けた。


「クレセント。お前も今日街を出るのか」

「はい!」


 朗らかに笑って頷くクレセント。

 ベリルが、怪訝そうな声で問うてくる。


「この方はどなた?」

「勇者クレセントだ。宝珠の試練の際に世話になったんだ」

「ふーん」


 不躾な視線をクレセントに投げつけるベリル。

 彼女はクレセントの頭の天辺からつま先までじろじろ眺めると、出し抜けに問うた。


「あなた、もしかして女?」

「……はい」


 いやーな感じがした。

 ベリルの眦が釣り上がり、その瞳がぐるりと巡って俺の方を向く。


「……これって、どういうこと、ジェイド?」

「あのな勘違いするなよ。示し合わせて待ち合わせしたとかじゃないからな」

「はい!」


 クレセントは元気よく頷く。


 ──俺の言葉に同意しているようだが、本当だろうな?

 わざと俺の出発に合わせてやってきたんじゃなかろうな?


 俺はベリルにあらぬ誤解を抱かれないよう、慎重な態度でクレセントに向き直った。


「あんたは魔族と戦う使命があるだろ。俺の目的はあくまでシルクだ。道が違う」

「いーえ」


 ブンブンと首を横に振る。

 何を考えているんだ、こいつ……?

 ベリルの視線が、背中に刺さって痛い。


「……まあ、途中までは同じ道かもしれねーな。まずは、シルクの足取りを追わなけりゃ。……情報屋の話だと、隣の花籠はなかご王国に向かう駅馬車に乗ったらしい。あんたも同じ道を行くのか?」

「はい!」

「そうかい。なら、そこまでは一緒だな」


 どうにか、偶然の同道を演出できただろうか?


 ベリルをちらりと見やると、彼女は疑わしげな視線を俺とクレセントの双方にくれているところだった。


 彼女ははっしと俺の袖を掴むと、必死の様相で念を押してきた。


「ジェイド、くれぐれも気をつけてね。間違いのないようにね」

「わあってるよ! 愛してるぜ、ベリル!」


 俺はベリルに熱烈な口づけを見舞う。

 たっぷり時間をかけて。濃厚な、絡み合うようなキスを。


 顔を離すと、ベリルはとろんとした顔をして、くすぐったそうに笑った。

 どうやら、機嫌を直してくれたらしい。


 が、今度はクレセントからの視線が痛い。

 何か、怨念めいた感情がその視線の中に渦巻いているように見える。


 なんなんだ、こいつは……。


 そうこうしていると、街道の向こうから駅馬車がやってきた。


 車の中には、数名の先客の姿が見える。俺とクレセントの二人は、彼らに挨拶しつつ、めいめい好きな場所に座る。


 ほどなくして、馬車が動き出した。

 俺は幌の下から身を乗り出し、ベリルに向かって叫んだ。


「手紙を書くからな!」

「うん! 待ってる」


 ベリルが手を振るのを見て、俺も手を振る。

 その姿が見えなくなるまで、彼女も俺も手を振り続けていた。


 ベリルの姿が見えなくなった瞬間、目に映る風景が『外』に変わった気がした。


 もう俺はヴァルチャーの肉屋の息子ではなく、世界を旅する冒険者になったのだ。


 不思議な気分だった。


 ただのモブとして生を受けた俺が、今や国の英雄であり、同時に国宝紛失の大罪人とはな。


 転生した直後は、まさかこの街から出ることになるとは思っていなかったが……。


 冒険の旅の始まりだというのに、俺の心はさして昂ってはいなかった。


 冒険といったって、俺はこの世界のことを隅から隅まで知っている。

 今更未踏も未知もない。


 イレギュラーはシルクだけだ。彼女さえ捕まえてしまえば、この旅はそこで終わり。


 長い旅になることはないだろう。せいぜい、一ヶ月ってとこかな。


 ──待ってろよ、シルク。速攻で、お前に追いついてやるからな……!



 ◯◯◯◯◯◯◯



 この旅立ちから一ヶ月後、各地でとある噂が流れ始めた。


 何者かによって魔王が殺害され、彼の持っていた赤の宝珠が奪われたらしい──。そんな内容の噂だった。


 魔族達は、目下一匹の猫人を、魔王殺害の下手人とみなして追っているという。



 その猫人の名は、シルクといった。








(──あとがき──)


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スプリガン・ゲート ~魔族に滅ぼされる街のモブ住人に転生した俺が、ゲーム知識を駆使して運命を改変する!~ 宮之森大悟 @miyanomoridaigo

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