第二十一話 ドラゴン討伐(2)
薬液を口角から撒き散らしつつ、叫ぶ。
「ば、ば、バッキャロー、ありがた迷惑だ! 回復なんて自分でやるっての!」
「いいえ!」
「──! 避けろ!」
いちゃつく俺達を黙って見守っていてくれるほど、ドラゴンもお人好しではない。
猛然と頭から突っ込んできて、巨大な顎で俺達二人をいっぺんに咀嚼しようとする。
すんでのところで躱す。クレセントなんか、死角からの攻撃をノールックで躱しやがった。
無防備にさらされた鱗だらけの首に、俺の剣とクレセントの剣が、ほぼ同時に突き刺さる。
真っ赤な動脈血が傷口から吹き出す。死を示すエフェクトだ。
耳をつんざく咆哮とともに、ドラゴンは身をもたげて一度天を仰いだ。
ほどなく、轟音を立ててその巨体が地に倒れ、そのまま動かなくなった。
俺は肺の底から息を吐き、剣を鞘に収める。討伐依頼、一丁上がりだ。
俺の腰の高さほどもあるドラゴンの首越しに、俺はクレセントに微笑みかけた。
「さっきは怒鳴って悪かった。助けてくれてありがとうな」
「いいえ!」
嬉しいことに、クレセントも朗らかな笑みを返してくれた。
俺の吐いた暴言は、どうやら水に流してくれるらしい。
ありがたいことだ。俺にとっちゃ、クレセントには恩しかないわけで。
シルクと二人でこの仕事をこなすとしたら、長期戦を覚悟しなければならなかったところだ。
一回の攻撃で20ダメージなので、1000ポイント削るには50回攻撃しなきゃならなかったわけだからな。
ちなみに、魔将軍イルゲイルのHPは25,000ある。この莫大なHPに加えて、ドラゴン以上の防御力を持ち、さらに、悪夢のような即死級スキルまで持っている。
はっきり言って、宝珠無しで勝てる相手ではない。
今回のドラゴン討伐は、その現実を再認識させてくれる良い機会だったと思う。
──それにしても。
戦闘で見せたあの非合理的な行動を見るに、このクレセント、やはり人間のプレイヤーが操作しているように思える。
そうなると、美の試練での間違いもわざとだったのか?
この勇者に関しては、わからないことだらけだ。
だが、のんびり彼女の素性を探っている暇はない。どうせ質問しても答えてくれないだろうしな。
「……そういえば、パールの姿が見えねえな」
ふと思い出して、礼拝堂の中を見回す。
保護魔法を掛けてくれたことまでは覚えているが、その後どこに行ったのか。
「まずいな。逃げたか?」
逃げることそれ自体は問題ない。
独力でダンジョンから生きて抜け出してくれれば、救出依頼は成功扱いになるからな。
だが、万一途中でモンスターに襲われて、殺されてしまっては任務失敗だ。
俺達はパールを探すため、足早に礼拝堂を後にした。
しかして、目的はさほど困難なく達せられた。
地上に出てすぐの回廊で、こちらに向かってくる二人の人影が見えた。
一人は、質の良いローブを纏った男。間違いなくパールだ。
もう一人は、薄汚いローブを着てフードを目深に被っており、男か女かはわからない。
このフードの人物が、誘拐犯とみて間違いなさそうだった。
パールは誘拐犯に腕を掴まれ、半ば引きずられるようにして近づいてくる。
彼は俺達の姿を認めた瞬間、泡を食って叫んだ。
「た、助けてくれ!」
すると、フードの人物が顔を上げ、野太い声で問うてくる。
「ギルドから依頼を請けて来た冒険者か」
いかにもドスの利いた悪党の声だ。俺は笑って答える。
「ご明察。早速で悪いが、その男は返してもらうぜ」
「嫌だと言ったら?」
「力ずくで──」
俺が交渉しているさなか、突然、脇からクレセントが滑り出して誘拐犯に向かって駆け出していった。
誘拐犯は慌てた素振りでパールの腕を離すと、懐から短刀を抜き放つ。
俺の目が捉えられたのはそこまでだった。
何か白い光がクレセントの頭上から一閃したかと思うと、誘拐犯の脳天が唐竹割りにされていた。
噴水みたいに派手な血しぶきを上げて、誘拐犯は石畳の上に崩れ落ちる。
「ひ、ひええええ」
横で見ていたパールなんか、度肝を抜かれてしまったのだろう。へなへなと腰を抜かしてへたり込んでいた。
俺も、さすがにしばしの間呆然としていたね。ようやく口から出たのも、
「──おいおい……」
と、これくらいだった。
問答無用の脳筋プレイである。
彼女のパラメータを見る限り、納得の行動といえなくもないが……。
彼女はこれまで、パールを捨て置こうとする俺を押し留めたり、敵への攻撃よりも俺の命を優先しようとしたりしていた。
それらの行動を見るに、俺は彼女が人情に基づいて行動しているのだと思っていた。
合理的な判断よりも感情を優先する性格なのかな、と。
だが、今見た通り、彼女は誘拐犯に対しては容赦なく、その生命を奪うことに躊躇がなかった。
行動原理が、イマイチ謎だ。
まあ、とはいえ彼女のおかげで依頼が成功に導かれたことは確かだ。
細かいことは置いといて、彼女には感謝しないとな。
なんたって、今回の仕事の最大の功労者は彼女なのだから。
うずくまり、頭を抱えてガタガタと震えるパールを無理矢理に抱え起こして、俺達は再び歩み始める。
一路、神殿の出口まで。
ダンジョンを出て街に辿り着くや、途端にパールの態度がデカくなった。
お天道様の下で彼は傲然とふんぞり返り、俺達二人を睥睨する。
「……お前達とは、二度と会いたくないものだな!」
「命の恩人に向かって、ひでえ言いようだな。礼の一つもないのか」
俺が苦笑すると、彼は「……フン」と鼻を鳴らして去っていった。
こんなクズでも仕事とあらば救わねばならない。
冒険者とは因果な商売だとつくづく思う。
とっとと廃業して、親父の肉屋を継ぎたいものだ。
さて、と、俺はおもむろにデバッグを実行する。セルフステータス、フィルター『名声』
『名声:58』
討伐依頼で+5、救出で+3。
名声値はきっちり加算されている。
こいつさえ手に入れば、依頼人からどんなに罵倒されようが問題ない。
『戦闘回数:234』
戦闘回数も順調に増えている。
残り一週間で、名声を100に、戦闘回数を250にすれば、全ての試練を攻略できる。
地道な仕事の積み重ねだ。
間に合うかどうかは、仕事のめぐり合わせと成功率次第。
だが、クレセントがいてくれれば、どうにかなる。
彼女の存在は、そんな安心感を俺にもたらしていた。
◯◯◯◯◯◯◯
「帰ったぜー」
俺達が酒場の敷居をまたいだ瞬間、割れんばかりの歓声が押し寄せてきた。
店の中の連中が、客だとか店員だとか関係なしに、祝福ムードで俺達を見ていた。
「ドラゴンキラーのご帰還だ!」
「すっげえよな、あの手の仕事、本当にやれる人がいるんだ」
「後でサインもらえないかなあ」
俺達がデカい依頼を完了させたという話は、どうやら既にこの酒場に届いているらしい。
英雄譚ってのは酒の肴にもってこいだ。みんなこぞって俺達の話を聞きたがった。
人の群れをかき分けてカウンターに近づくと、マスターが諸手を上げて待っていた。
「よう、ご苦労さん。お前ら、とんでもねえな、本当にドラゴンを倒しちまったのか」
「ああ、この勇者の力あってこそだがな」
俺がクレセントを顎で示すと、彼女はニコニコと笑って首を横にふる。
謙遜しちゃって。ダメージレシオは八割がたお前だぞ。
マスターは頷くと、おもむろにカウンターの下から手のひらサイズの革袋を取り出した。
「これが今回の報酬だ」
「成功確認は済んでるのか?」
「ああ。救助依頼が出されていた宮廷魔術師のパールが証人を引き受けてくれたからな」
「直接来たのか」
「感謝してたよ。絶賛だった」
ツンデレか? しかし男のツンデレは嬉しくないぞ。
ずっしりと重い革袋を懐に収め、マスターに向かって手を掲げる。
「じゃ、またデカい仕事が入ったらよろしく」
俺が踵を返して店から立ち去ろうとすると、ゴロツキまがいの冒険者・コラルが俺の前に立ちはだかった。
彼はむっつりと唇を曲げて俺を見下ろす。
「……お前、スライムしか倒せないんじゃなかったのかよ」
「んなわけねーだろ、酔っぱらい。近衛兵なめんな」
「くそったれ、これじゃ俺はとんだピエロだぜ」
コラルはやおら顔を上げると、マスターに向かって胴間声を張り上げた。
「マスター、この二人にジンを! 俺のおごりだ!」
やれやれだぜ。どうやらこの一杯は、付き合ってやらなきゃ解放してもらえないらしいな。
──結局、その日は夜まで酒盛りに付き合うことになってしまった。
入った報酬も全部その場で使い切っちまった。ま、金はほぼ無尽蔵にあるんだけどな。
酒場にいる連中は全員出来上がっちまって、皆々前後不覚の様相だ。
その喧騒の中にあって、俺の心はどこか冷めていた。
あと、六日。
六日後、この酒場にいる人間が生きていられるかは、俺達の今後の働きにかかっている。
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