第二十話 ドラゴン討伐(1)
俺達は挨拶もそこそこに、早速探索に戻る。
幸か不幸か、パールを誘拐した犯人と出くわすことなく、俺達はイベントの発生する定位置を効率よく巡ってゆく。
やがて、俺達は地下の巨大礼拝堂に行き着いた。
かつてここに生きた人々が、精霊神を祀っていた場所だ。
部屋は吹き抜けになっており、頭上に空いた穴を見上げれば、さわやかな青空が見えた。
吹き抜けから差し込んだ外の光が、部屋の奥の偶像を照らしている。
人の姿ではなく、太陽のような放射状の線を組み合わせた立像。
その偶像こそ、この神殿の御神体である精霊神の姿だった。
俺は、ドラゴンがいるとすればここと見繕っていた。
ドラゴンはどんな小さな個体でも、人間の身長などゆうに超える。
隠れ場のない礼拝堂にいれば、一発で気づくはずだ。
だが、一瞥した限り、その姿は見受けられない。
「ハズレか。ここにいると思ったんだがな」
軽い落胆とともに嘆息する。
と、その時。
頭上に、気配を感じた。
なにかの生き物が、喉に息を飲み込む音だ。
俺が真上を見るのと、クレセントが俺の身体にタックルしたのは、ほぼ同時だった。
──頭上から、真っ赤な炎が猛然と降り注ぐ。
灼熱の風が、俺達の鼻先をかすめる。
だが、クレセントのお陰で直撃は免れた。
俺はクレセントに組み付かれたまま、石床の上に投げ出される。
受け身も取れずにもんどり打つ俺とは対象的に、クレセントは即座に立ち上がり、おそるべき力で俺の腕を掴んで立ち上がらせた。
咳き込みつつ、俺はクレセントに顔を向けて感謝の言葉を投げかける。
「す、すまねえ! 助かった!」
「いいえ!」
クレセントは俺に視線を向けず、ただ空の一点を見据えていた。
その姿勢のまま、クレセントが腰の鞘を払って剣を抜く。
すると、淡く光る刀身がその姿を顕にした。
天地神明剣。善なる者のみが扱うことのできる、強力なレア武器だ。
西の王国に攻め込んだ魔族を屠ったのも、おそらくはこの武器だろう。
俺も彼女に倣って剣を抜く。
俺の武器は何の謂れもない長剣だ。その切れ味もたかが知れている。
が、ドラゴン相手に歯が立たないかといえば、そうでもない。
微量ながらダメージは与えられるはずだ。
と、吹き抜けの壁の縁から出し抜けに、黒い影が躍り出た。
落下する影はみるみる巨大化し、次の瞬間には俺達の眼前の床に衝突した。
爆発音と共に弾ける石礫、もうもうと立ち上る砂埃。
地震と紛う激しい衝撃に、胃の腑が震える。
煙の向こうから、黄金の眼光が鋭くこちらを睨む。
再び『コォ』と吸気音。俺達二人は咄嗟に左右に飛び退る。
再び猛然と吐き出される炎。だが、今度は予測できていたため、容易に躱すことができた。
炎によって砂埃が掻き消され、ようやく炎の主の姿が詳らかになる。
隆々たる筋肉を鋼鉄のごとき鱗で鎧う巨体。
頭から伸びる二本の角と、口元から無数に覗く鋭い牙。
紛れもなくそれは、地上で最も巨大な生物、ドラゴンの姿だった。
眼前の個体はその中では小ぶりな方だが、それでも頭から尻尾まで15メートル近くはある。
デカい。とにかくデカい。
戦慄。にわかに沸き立つ血流。心臓の鼓動が戦いの気配を感じて躍り上がる。
「ちいっ! 演出過多じゃねーか!?」
俺は思わず笑って、減らず口を叩いた。
既に戦いの興奮が俺を支配しつつある。
俺は背後にチラと目をやり、怒声に似た声を吐き散らす。
「パール! ブレス保護! 使えるだろ!」
「あ、ああ、もちろん!」
震え声が返ってくる。無理もない。宮廷魔術師といえど、ドラゴンと戦った経験のある人物など数えるほどしかいないだろう。
ほどなくして、俺とクレセントの体に、淡い光が纏わりつきはじめた。
炎の息の熱を吸収してくれる魔力の膜だ。
「悪いな! 保護魔法が済んだら隠れててくれ!」
「い、言われなくとも!」
背後で、すり足で後ずさりする音が聞こえる。
聞き分けが良くてなによりだ。巻き添えを食って救助対象の人物が死んでしまっては最悪だからな。
俺はクレセントに目配せすると、肺いっぱいに空気を吸い込み声を張り上げた。
「よっしゃ、やったろうぜ! 反撃開始だ!」
俺はまっすぐにドラゴンを見据え、心の中で呪文を唱える。
──即時展開、『敵ステータス』フィルター『HP』
『HP:1000/1000』
ドラゴンのHPは1000。攻撃を当てていけばこのHPの値が減少していき、0になった時、そのキャラクターは死亡する。
人類に到達できるHPの最大値が300なので、ドラゴンには実にその三倍以上の耐久力があるということになる。
ちなみに、一般的NPCのHPは良いとこ20〜30程度だ。いかにドラゴンの耐久力が高いか、おわかりいただけると思う。
とはいえ、このドラゴンはドラゴン族の中でも最弱の部類にあたる。世の中には、人知を超える強大な力を蓄えたドラゴンが無数にいるのだ。
離れた場所に立つクレセントに向かって、俺が簡潔な作戦を叫ぶ。
「クレセント、メイン火力はお前だ! 相手の攻撃は俺が引き付けるから、お前はガンガン攻撃してくれ」
「はい!」
クレセントの答えを待たず、俺は相手の眼前に飛び出していく。
振り下ろされる丸太のような腕をかいくぐり、鱗で覆われた脇腹に切っ先を突き立てる。
──硬い。
金属でも穿つような手応え。
鱗の隙間を狙って刃を突き入れたが、果たしてダメージは通っているのか。
俺は再び相手のHPを『デバッグ』で確認する。
『HP:980/1000』
20のダメージか。上々だ。
俺の攻撃を受けたドラゴンは、首を垂れて足元の俺を睨む。
右手の鉤爪が、俺めがけて振り下ろされる。が、すんでのところで身をかわす。
奴が俺に気を取られている隙に、クレセントが奴の背後に回り込み、手にした剣で尾の付け根を切りつけた。
途端、凄まじい咆哮が耳をつんざく。悲鳴だ。
怒り狂ったドラゴンは、その目を爛々と輝かせつつ、無茶苦茶に尻尾を振り回した。
だが、そんな攻撃にやられる俺達ではない。
二人共飛び退って間合いを取る。
再び、HPを確認。
『HP:871/1000』
おいおい。
一撃で109ポイントも削りやがった。
しかし、当然といえば当然か。
天地神明剣の攻撃力に加え、あの馬鹿力だ。
こいつにかかれば、ドラゴンの鱗などパンの耳と大差ないんじゃないだろうか。
さすが、西の王国で勇名を馳せただけはある。
このままいけば、討伐依頼の方は難なくこなせそうだ。
──と、そんな風に油断していると、得てして足元を掬われるものだ……。
戦闘は、半ばパターン化していた。
俺が四方八方からドラゴンを攻撃し、ヘイトを引き付ける。
敵の意識が俺に向いている間に、クレセントが剣撃をヒットさせる。
初戦ながら、連携はバッチリだった。
どうやらこの勇者とは相性がよさそうだ。
勇者の固有スキル『マクシマ』もクリーンヒットし、一気にHPが削れる。
そうこうしているうちに、残り一撃でフィニッシュ、というところまで追い詰めた。
ドラゴンはその瞳に憎悪を滾らせ、渾身の一撃を食らわすべく俺にむかって腕を振り上げる。
既に見切った動作だった。俺はサイドステップで、振り下ろされる鉤爪を避けた。
しかし、それは狡猾な罠だった。
奴は俺が逃げた先に頭を巡らすと、その巨大な口を俺に向かってがばりと開いた。
「……! しまっ……!」
次の瞬間。奴の暗い喉奥から、灼熱の炎が閃光の如く吹き出した。
避ける間もなく、直撃。
死を予感させる熱風。
熱吸収の保護魔法が、皮膚の上でジリジリと灼ける。
「ぐおおお! ~~~~……!」
咄嗟に床の上を転がり、服の上で燃える火を押し消す。
直撃の瞬間こそ、全身に鋭い痛みが走ったものの、既に痛みは引いている。
流石にゲーム世界だ。実際的な苦痛は最小限に抑えられている。
大きく間合いを取って、すかさず『デバッグ』
『HP:48/193』
あっぶね~~~~……!
やっぱり一発がでけーな。
ブレス保護がなかったら、一桁台まで持っていかれていたかもしれない。
だが問題はない。街で回復剤はしこたま買い込んである。
俺が懐から回復剤を取り出そうとした瞬間。
視界の端で、クレセントがこちらに向かって駆けるのが見えた。
思わず、叫ぶ。
「こっちは気にするな! 攻撃を続けろ!」
「いいえ!」
あと一撃打ち込めば終わりなんだ。
それなのに、彼女は攻撃ではなく、あろうことか、俺の回復を優先した。
彼女は駆けながら一旦剣を鞘に収めると、懐から回復剤を取り出し、コルク栓を抜く。
俺が冷静に観察できたのはそこまでだった。
彼女は鼻先すれすれまで近づくや、俺の頭を胸元に押し抱き、瓶の口を俺の唇に押し付けた。そして、人肌に温まった回復剤を口の中に流し込んできた。
それはまるで、赤ん坊に哺乳瓶を充てがうような格好だった。
──過保護か!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます