第十九話 ダンジョン探索
王都ヴァルチャーの町外れに、半ば朽ちかけた遺跡がある。それが、忘却の神殿と呼ばれるダンジョンだ。
ここにはかつて、古い神が祀られていた。
その神は『精霊神』と呼ばれ、人々に様々な奇跡をもたらしていたという。
だが、いつしか精霊はこの世界から消え去り、後には七つの宝珠だけが残った。
それらの宝珠は、七つの国の王の手にわたり、それぞれの国の中枢で厳密に管理されているという──。
そんないわくが付いているが、ひとまず今回の仕事には何ら関係がない。
そういうダンジョンにたまたま居着いたドラゴンを倒し、たまたまこのダンジョンを根城に決めた悪党から要人を救い出す。それが今回の俺達の仕事だ。
俺とクレセントは、酒場を出た後、街をひととおり巡って探索の準備を済ませた。それから一度解散して、翌早朝にダンジョン攻略に取り掛かった。
地上二階、地下一階の比較的大きめなダンジョンだ。
地上部分が多めで、太陽の光が届く箇所が多い。あえて無理して夜間に攻略開始する必要はないと踏んだ。
このダンジョンの構造を、当然俺は熟知していた。
デバッガーとして嫌になるほどプレイしていたし、スライム退治の仕事で何度も駆けずり回ったのだ。
もはや俺にとっちゃ庭同然。
行く必要のない部屋や、ゴミみたいな宝箱には目もくれず、雑魚モンスターも全部無視し、どんどん探索を進めてゆく。
退治依頼なら、モンスターを見かけたら片っ端から殺す必要があるが、討伐依頼なら、無理に戦わなくとも良いのだ。
ここで、退治依頼と討伐依頼がどう違うのか解説しておこう。
退治依頼は、対象のダンジョンに巣食うモンスターを
俺がずっとやってきたスライム退治も、退治依頼だな。
一方の討伐依頼は、指定されたモンスターを一体倒せば完了する依頼だ。
一見簡単なように思えるかもしれない。
だが、その倒すべき一体というのは、通常の同種族より強力な個体であったり、そもそも単体でしか存在しないようなネームドモンスターだったりする。
倒せれば一発で英雄扱い。そういう類の依頼なのだ。
だから、急なエンカウントでも無い限り、雑魚敵は基本的に無視する。
討伐対象のモンスターや、救出対象の要人などは、ダンジョン内の決まった場所にランダム配置されている。
なので、その場所を順繰りに巡っていけば、いずれはドラゴンか誘拐犯のどちらかにぶちあたるというわけだ。
というわけで、神殿内のいくつかの部屋をめぐっていると、壁際の死角から不意に声をかけられた。
「た、助けてくれ!」
声のした方を見ると、後ろ手に縛られうずくまる男の姿が見えた。
──しまった。
先に、救出依頼の対象者の方を見つけてしまった。
できれば、ドラゴン討伐の方を先にこなしたかったのだが。
俺は心の中で舌打ちしつつ、そんな内心をおくびにも出さず、男に向かって微笑んでみせた。
「良かった。無事だったか」
「う、うむ……助かった……」
男は長い口ひげを揺らして、鷹揚に頷く。
服装から察するに、宮廷魔術師のようだった。
こいつとは初対面だが、こいつのお仲間が王城で偉そうにふんぞり返って歩いているのを、よく見かけたものだ。
「早く、こんなところから連れ出してくれ。悪党が私を生贄にして、邪神を復活させようとしているらしくてな……」
額に汗して懇願してくる男の言葉を、俺は手のひらを掲げて遮った。
「いや、ちょっと待っててくれ。討伐依頼も並行して受けてるから、先にそっちを攻略してくる」
俺がそう言った途端、男は目を真ん丸にひん剥いて俺を睨んだ。
「な、何っ!? 今すぐ連れて行ってくれるのではないのか?」
「だって、あんたを連れて行ったら足手まといになるだろ。ドラゴンの討伐依頼だぜ」
「だ、だが、私を誘拐した男が、まだ近くに居るかもしれんぞ。戻ってきたら、殺されるかもしれん……!」
「大丈夫、大丈夫。誘拐犯を途中で見かけたら、ぶちのめしておくよ」
ゲームシステム的に、依頼の期限が来るまでは依頼人の安全は担保される。
なので、このNPCは放置しても問題ない。
むしろ、ドラゴン討伐に同行させて、敵の攻撃を食らって依頼人が死んでしまうほうが怖い。
こういう場合のセオリーは、放置一択だ。
俺が踵を返すと、背後から必死の声が聞こえてくる。
「せめて縄をほどいてくれ!」
「それもだめだ。悪いが、ここでじっとしててくれ」
縄をほどいたら、こいつ一人で勝手に町に戻ろうとしちまう。
万一、戻る途中でモンスターにやられてしまうと、依頼は失敗になり、名声値が上がらない。
要救助対象として囚われている間は、誘拐犯が結界を張っているとかそういう理由で、依頼人が襲われることはない。
やはり、放置するのが得策なのだ。
俺は合理的な判断のもと、その場を立ち去ろうと再び踵を返す。
……だが。
そんな俺の腕を、勇者クレセントが掴んで引き止めた。
「いいえ」
彼女はおっかない顔でまっすぐに俺を睨みつけていた。
どうやら、このまま彼をここに放置するなと言いたいらしい。
「……クレセント。ここでは、これがベターな判断なんだ。手を離してくれ」
「いいえ」
クレセントは、眦を釣り上げたまま、決して俺の腕を離そうとしない。
それどころか、その掴む手に、徐々に力を込めてくる。
とんでもない握力だった。
万力で引き絞るように、俺の前腕が締め上げられる。
「あいでで! おい、掴むのをやめろ! 折れる!」
クレセントはそれでもなお、掴む手を離そうとしない。
俺は痛みに耐えかね、ついに叫んだ。
「わかった、こいつを連れて行く。それでいいんだろ!?」
「はい」
クレセントの手にかかる力が、ようやく緩む。
細い体なのに、とんでもない力だ。アバターの見た目とステータスは連動しないから、当たり前ではあるが。
──それにしても。
このクレセントは、なんだって、俺の考えに反対したのだろう?
勇者として、それが正しい行動だと判断したのか。
だが、周囲の状況が危険なら、発見した要救助者を一旦放置して危険を取り除いた方が、倫理的にも正しいと言えるんじゃないのか?
下手に連れ回して、ドラゴンとバッタリ、なんて、目も当てられないだろう。
などと未練がましく考えはするものの、この勇者とは議論できないし、よしんば議論できたとしてもその時間がもったいない。
「……ええ、くそ!」
俺は忌々しさに歯噛みしつつ、要救助者の男に向き直った。
「あんたを連れて行ってもいいが、その場合は、ドラゴン討伐に協力してもらうぞ」
「一度街に戻ってから、もう一度討伐すれば良いだろう!?」
「いいや、それだと時間がもったいない。──あんたが選べる選択肢は二つ。俺達と一緒に来て、一緒にドラゴン退治をするか、それともここで待つか。俺は後者をオススメするね」
男はしばしの間苦悶の表情を浮かべて思案していたが、やがて諦めたように肩を落とした。
「……わかった。一緒に行こう。こんな場所には、これ以上寸刻たりとも留まりたくはないからな」
交渉成立だ。
俺は剣を抜き放つと、その切っ先で男を縛る縄を断ち切った。
安堵の表情を浮かべて、男は手首を擦る。
「俺は近衛兵のジェイド。こいつは勇者クレセント」
男に向かって、俺は手短に自己紹介を済ませる。
すると、男は俺たちの素性を知った途端、不遜な表情でふんぞり返った。
「宮廷魔術師のパールだ。近衛兵ごときに救出されるとは、屈辱だ」
自分の失態を棚に上げてこの物言いである。
ムカつくことこの上ないが、あえて反論はしなかった。
ここで言い争っても詮無いからな。
ただ──。
この国の上層は、一時が万事この調子なのだ。
王は日和見。六諸侯は盲目。大臣や宮廷魔術師はプライドばかり高く政治闘争に明け暮れる。
上がこんな体たらくだから、魔王軍に付け入る隙を与えてしまったのだということを、彼らにはこれから時間をかけて学んで欲しいところではある。
しかし、国が滅んでは学ぶべき脳も失われるからな。そこは、不本意ながら俺達が保護しなければならないわけだ。不本意ながら。
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