第十八話 名声稼ぎ

 ルタの屋敷を出た俺達は、一旦仕立て屋で元の装備に着替えた。


 男装に戻ったクレセントに、俺はおもむろに目配せする。


「さて……ぼちぼち、あんたにも活躍してもらうぜ」


 勇者クレセントは、神妙な面持ちで頷く。


 といって、クレセントに攻略可能な試練は、もう残されていない。


 ゴートの試練を受けるには戦闘回数が250必要だが、クレセントは112しかなかった。


 ダルクの試練は100の名声値が必要だが、彼女は20しかないのだ。


 これらの試練も、俺が攻略するしかない。


 ただ、勇者クレセントにはこれらの攻略のサポートをする力がある。

 なにしろ、戦闘能力は抜群に高いのだ。


 そして、ここからの二つの試練は、パーティー全体の戦闘能力が物を言う。


 ゴートの試練は文字通り、戦闘を何度もこなせば基準をクリアできる。


 問題はダルクの試練だ。


 名声値100を達成するには高難易度の仕事を連続でこなす必要がある。


 しかも、高難易度の仕事の中でも、仕事は選ばないといけない。


 他の街への移動が必要な護衛などの仕事は、最低でも成功まで数日かかる。それでは時間がかかりすぎる。


 理想は、王都近郊のダンジョンに潜むモンスターの退治・討伐依頼を大量にこなすことだ。


 これらの仕事は、敵の強さによっては最大5ポイントの名声値を獲得できる。

 十回もこなせば、すぐに目的の名声値に到達できる。


 が、こういう依頼がそうそういくつも出てくるわけじゃない。


 他にも、誘拐された人物の救出依頼というものがある。

 邪悪な魔術師などに誘拐された人物を救い出す依頼だ。


 これも、対象の人物が大物であればあるほど、獲得できる名声値が高くなる。


 誘拐された人物は、モンスターのはびこるダンジョンに監禁されている場合がほとんどのため、ここでも戦闘能力が重要になってくる。


 退治、討伐、救出……この三つの仕事を集中的にこなす。

 これが、今後の俺達の基本的な行動になるわけだ。


 この手の仕事は、パーティーの人数が増えれば増えるほどやりやすくなる。


 シルクもいてくれると大変に助かるのだが、彼女は残念ながら、これから三日間、ルタの試練にかかりきりになる。


 この三日は、クレセントと俺だけで頑張っていくしかない。

 なかなか大変なことだが、これも試練の一環だ。やってやる。



 ◯◯◯◯◯◯◯



『誠に勝手ながら、しばらくの間休業いたします 店主』


「……クソ、逃げたか……」


 酒場の扉に掲げられた張り紙を見て、俺は思わず毒づく。


 いつも入り浸っている酒場のマスターに、魔王軍の到来を告げたのはつい先日のことだ。


 その後、マスターは何らかの形で、魔王軍の実在を確認したに違いない。


 こんなことなら、マスターに報告しなければよかった、などと、今更考えても詮無いことを考える。


 だが、近衛兵として生きる俺が、あの場で報告しない手はなかった。


 RPロールプレイを大事にしないと、この世界でのアイデンティティが崩壊しかねないからな……。


 まあ、広い王都に酒場なんて無数にある。

 それらを一軒一軒あたっていけば、どこかで良い依頼を見つけることができるはずだ。


 俺たちは薄汚い路地裏から出て、盛り場の方に足を向けた。


 既に宵の時刻を回り、空は黄昏色に暮れている。


 宵の盛り場ってのは、この世で最高の場所だ。


 青めいた町並みに煌々と灯る酒場の明かりは、勤労の義務から開放された有象無象を集める誘蛾灯だ。


 店々の軒先で今まさに乾杯の掛け声が上がり、めいめい一杯目の最初の一口をすすろうとしている。その瞬間を見るのが、俺はたまらなく好きだ。


 また別の店の中からは、すでに出来上がった連中の歌う声が聞こえてくる。それが俺の大好きな歌だったもんだから、たまらない。今すぐ店の中に突入して、一緒になって肩を組んで、朗々歌い上げたくなるってもんだ。


 だが、我慢だ。今の俺達には、遊んでいる余裕などない。


 俺は一件の酒場に目星をつけて、入口の敷居を跨いだ。


 酒場の中は大変に盛況で、見渡してみても空いている席は数えるほどしかなかった。


 俺達は別に呑むわけではないので、まっすぐカウンターに向かってゆく。


 すると、その途中、島テーブルの一つに座るボサボサ髪の男が、俺の顔を見て頓狂な声をあげた。


「おお……? スライムスレイヤー殿じゃねえか! 奇遇だな!」


 それは、あの場末の酒場の常連である、木端冒険者のコラルだった。

 俺は表面上はあくまで友好的に、彼に向かって微笑みかけた。


「よう。河岸を変えたのか」

「しゃーねえだろ。臨時休業ってんだからよ」


 コラルの持つ酒瓶は、おそらくこの店で一番安い酒なのだろう。

 だが、それでもあの場末の酒場で出されるものよりは上等の銘柄だった。

 コラルはしたたかに酔った眼で俺を見下し、せせら笑う。


「そんで? またスライム退治の仕事を探してんのか? だが、どうだろうな。この酒場はあの場末とはワケが違うからよ。そんな低次元の依頼なんか置いてないと思うぜ」

「ご親切にどーも」


 手をひらつかせて、軽くあしらう。

 しょうもない会話で時間を無駄にするわけにはゆかないのだ。


 俺はカウンターに近づくと、マスターに向かって単刀直入に切り出した。


「マスター。仕事はないか?」

「なんだい、藪から棒に」

「あるのかないのか、どっちだ」

「あるにはあるが……あんたスライムスレイヤーのジェイドだろ。生憎、うちに来る依頼の中には、スライム退治はないんだよ」


 そういって、マスターも小馬鹿にしたように口元を歪める。

 俺は意にも介さず、さらに身を乗り出してマスターの眼を覗き込む。


「スライム退治は廃業だ。でかい仕事をくれ。手っ取り早く名を売れるやつがいい。ドラゴン討伐とか、キュクロプス退治とか、要人救出とかな」

「おいおい……あんたにできんのか? 聞くところによると、スライムしか倒してこなかったっていうじゃないか」

「できるよ。そこで管巻いてるやつから聞いてないのか? 俺は近衛兵の試練を歴代トップの成績で合格してるんだぜ」

「……それが本当なら、大したもんだな。──わかった、待ってろ。この店に今ある依頼を全部持ってくるから」


 俺とマスターの会話を横聞きしていたのだろう。

 俺の後ろで、コラルが甲高い声で笑い始めた。


「おいおいおい、無理するんじゃねーよ。ドラゴン討伐なんて、スライムスレイヤーのお前にできるわけねーだろ」

「一人だと厳しいかもな。だが、今の俺には強力な助っ人がいる」


 俺はそう言うと、かたわらのクレセントを顎で指し示した。

 すると、コラルの顔がやにわに曇った。


「……見ねえ顔だな」

「この国の人間じゃねーからな。だが、実力は確かだ。多分俺より強いぜ」


 多分どころではない。デバッグで見た限り、ステータス的には確実に俺より強い。


 だからこそ惜しいと思う。


 この六諸侯の試練は、単純な戦闘能力を問うものがほとんどない。


 それよりもむしろ、プレイヤーがどれだけ戦闘以外の努力してきたかが問われる。そういう類のイベントだった。


 それが初見殺しと呼ばれる所以でもあるのだが……。


 コラルはクレセントと俺を幾度か見比べたあと、訳知り顔でせせら笑った。


「まあ、そりゃスライムスレイヤーより弱いやつなんてそうそういねえよ」

「ほーん。じゃあお前、俺と勝負してみるか?」

「……今日は休日なんだよ……」


 そんな意味不明な言い訳をして、コラルは口ごもった。


 今日はシルクがいないもんだから、威勢がよくない。

 こいつはあの酒場で、シルクと絡む口実に、俺に喧嘩をふっかけていただけなのだ。


 もちろん、本気で勝負する気など俺にもない。戦えば俺が勝つに決まってる。


 言われっぱなしじゃ癪に障るからな。軽い意趣返しってやつだ。


 やがて、店の奥から紙束を抱えてマスターが戻ってきた。


「持ってきたぞ」


 バサリとカウンターの上に紙束が投げ出される。ギルド公認の依頼状だ。


 早速、俺はその一枚一枚を仔細に改め始めた。


 依頼のほとんどは、宅配や買物などの初心者向けの仕事だった。


 だが、それの中に混じって、いくつかコクの有りそうな仕事が紛れていた。


 それらの依頼書を取り分けて、マスターの手元に滑り込ませる。


「忘却の神殿に、二つ。でかい依頼があるな。ドラゴン討伐と、要人救出。要人救出は最高額の12,000ゴールド。相当な大物だ」


 すると、横からコラルが首を伸ばして依頼状を覗き込んできた。


「ドラゴンのいるダンジョンに、誘拐した要人を監禁してるってのかよ……。イカれてんな」

「誘拐犯は相当な手練れなんだろう。誰も近づかないと知ってて、敢えてその迷宮を選んだんだろうな」


 俺は指を打ち鳴らし、クレセントに向き直った。


「よし、上等だ。この二つをいっぺんに攻略しよう」

「はい!」


 手を握りしめ、景気よく返事をするクレセント。

 そんな俺達二人を、コラルとマスターはそれぞれ呆れ顔で眺めていた。


「……お前らも、イカれてるぜ……」と、これはコラル。

「せいぜい、命を大事にしろよ」こちらはマスター。


 そんな彼らの優しい言葉を背に受けて、俺達二人は颯爽と酒場を後にした。

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