第四話 現状認識

 ……実のところ、俺は知っていた。魔王軍がこの山にやってくることを。


 ここはゲームの中の世界。

『スプリガン・ゲート』という、シングルプレイ用RPGそのままの世界だ。


 そして、俺はかつて、このゲームのデバッガーだった。

 少なくとも、その時の記憶だけは俺の中に明瞭に残っている。


 俺は、前世の記憶をある程度保ったまま、ゲーム世界のモブとして生まれ変わった。

 いわゆる転生者というわけだ。


 であるからして、当然ながら、このイベントの顛末も知っている。


 ……三つ、確かなことがある。


 一つは、魔王軍が動き出すまでには、最大一週間の猶予があるということ。

 少なくとも、すぐに彼らが動き出すことはない。


 二つ目。魔王軍の司令官、魔将軍イルゲイルを倒すには、『青の宝珠』を使う以外に手段はないということ。

 生身の人間が相手するには、イルゲイルはあまりに強すぎるのだ。


 そして、最後の一つ。

 もしも魔将軍イルゲイルを殺害できなければ、アルバトロス王国は滅びるということ。


 ──つまり。魔王軍を撃退できなければ、許嫁のベリルも、親父も、ばあちゃんも、酒場のマスターも、シルクも、皆殺しになるってことだ。



 ◯◯◯◯◯◯◯



 俺は、おそらく一度死んだ。


 なぜ『おそらく』なのかといえば、俺は自分が死んだ瞬間のことを覚えていないからだ。


 そして、ゲーム世界に生まれ変わった。


 こちらは確実だ。両親と過ごした幼少期の記憶が、俺には確かにある。


 そして、俺は前世の記憶を持っているがゆえに、この世界がゲームであることを認識できている。


 転生前、俺はこのゲーム『スプリガン・ゲート』のデバッガーをやっていた。その記憶はある。


 だから、このゲームのことは良く知っている。仕事で嫌というほどプレイしてきたからな。


 このゲームはシングルプレイ用オープンワールドRPGである。


 つまり、オンライン同時接続での協力プレイなどがないオーソドックスなRPGだ。


 ゲームの基本的な流れとしては、まずマップ上に点在するイベント開始ポイントにプレイヤーである『勇者』を送り込むことでストーリーを進めていく。


 イベントは多種多様ある。ダンジョン攻略だとか、ボス戦だとか、モノ探し、人探しだとかな。


 そうした雑務を正しくこなすことで、イベントを成功させ、プレイヤーキャラクターの成長だとか、金だとか物だとか、何らかの報酬を得る。


 イベントには、ストーリーを進めるためのメインイベントの他に、ストーリーに直接関係しないサブイベントがある。あと、酒場で冒険者の仕事を請けて金を稼ぎつつ能力を育成することもできる。


 そうした諸々のゲーム要素をこなし、力をつけていって、最終的にラスボスである魔王を倒せばゲームクリアとなる。


 ……厳密に言うとラスボスは魔王とは呼べないのだが、ストーリー演出上の呼称の違いに過ぎないのでひとまず魔王と呼んでおく。


 よくあるだろ、ラスボスを倒したと思ったら名前の先頭にネオがついたりつかなかったりして復活するやつ。そういう系のやつだ。


 で、だ。


 今の俺は、立場だけ見れば、ゲーム内の一介の脇役モブに過ぎない。


 なにしろ、何の変哲もない肉屋の息子だからな。


 このゲームには一般的なRPG同様、能力値というものがある。力とか、素早さとか、そういう能力を数値化したものだ。


 その能力値的観点で評価すれば、俺は初期能力にボーナスのない、ザ・凡人として産まれてきた。


 しかし、である。


 それでも俺は、ただの肉屋とはちょっと言い難い。


 そもそも、さっき話したデバッガーとしてのゲーム知識だって、立派な特殊能力だ。


 何時何分にどこから銃撃されるかがわかってたら、ケネディ大統領だってむざむざ殺されやしなかっただろ。


 正確な情報は、あればあるだけ有利になる。


 そして、俺はもう一つ、強力なチート能力を保有している。


 断言しても良い。これら二つの能力をもってすれば、俺はこの世界で無双できる。


 ──俺は、この世界の人々を愛している。


 この世界に生きる人々は、単なるゲームのキャラクターではない。高度な汎用人工知能AIにより制御された人格は、本物の人間のそれと区別がつかない。


 彼らの心の中は、制作者側だった俺にも完全に理解することはできない。


 だからこそ、愛おしく思う。皆、己の心に己だけの秘密を持つからこそ、神秘と魂を手に入れたのだと俺は思う。


 このゲームのキャラクターは、真に生きている。そして俺は、この世界の人々を、魂のある一生命として尊重してきた。それは、これからも変わることはないだろう。


 この世界の俺には今や、最愛のパートナーがいる。うっとおしいが愛すべき家族もいる。一緒にいて居心地の良い仲間もいる。


 はっきり言って、俺は今、幸せだ。

 願わくは、この幸せが永遠に続いてほしいと思う。

 だが、運命がその願いを聞き入れてはくれない。


 俺の住む王都ヴァルチャーは、今、未曾有の危機に瀕している。

 誇張ではなく、滅ぶか否かの瀬戸際にある。


 メタ的に説明をすると、この王都襲撃イベント、難易度がやたら高いのだ。


 一応、条件を満たせば王国滅亡を回避することもできるのだが、その条件は極めてシビアだ。


 初見のプレイヤーでは、成功条件を達成できず、王国を滅ぼしてしまうことがほとんどだ。


 したがって、一般的には負けイベント扱いされており、これを成功させることはやり込み勢にとって一種のステータスにすらなっていた。


 プレイヤーである勇者が、ここに来るまでにちゃんと準備してくれていれば、俺は安心してベリルとの婚礼の準備に取りかかることができる。


 しかし、勇者にイベントをクリアする能力が無いのなら、誰かが代わりを務めるしかない。


 ──誰かが。そう、例えば、俺とかがな。

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