第八話 デバッグ

 俺には、『ゲーム知識』の他に、もう一つ強力な能力がある。


 それが、先日の退治依頼で少しばかりお見せした、固有スキル『デバッグ』だ。


 デバッグというスキルは、開発スタッフがデバッグ作業を行う際に、任意でプレイヤーキャラクター(PC)に付与する特殊スキルだ。これを用いると、リスクゼロで、ゲーム内のリアルタイム情報を閲覧できる。


 オブジェクトの当たり判定の有無から、敵の残存HP、キャラクターのステータス、ゲームフラグの状態まで、閲覧可能なありとあらゆる情報を瞬時に確認できるのだ。


 これさえ使えば、今の勇者にどんな能力が足りず、どう成長させれば試練攻略に必要な能力に到達できるか詳らかになる。


 では、なぜ俺は、あの円卓の間で『デバッグ』を使わずにいたのか。


 ──それは、このスキルが、あまりに非人道的だからだ。


 そりゃ、俺だってわかっているよ。この世界に生きとし生けるものが、みんなコンピューター制御のNPCだってことくらい。


 だが、俺は彼らが生きていると信じている。


 汎用AIによって人格を与えられたキャラクターは、みんな真実生きている。

 幸福を共有できるし、悲しみを分かち合うこともできる。

 生きる苦しみも、死の恐怖も知っている。

 人に言えない秘密も、悩みもある。


『デバッグ』の力を行使するということは、そんな『人間』の内側に、土足で踏み込むことに他ならない。


 転生した直後、赤ん坊の頃。俺は浮かれ上がってこの能力を父や母やベリルに使いまくっていた。だが、すぐに気づいたのだ。これを使い続けたら、いずれ誰も彼もが不幸になるということに。


 俺だって、この世界に生きているんだ。この世界の住人として生きたければ、この世界の枠から外れた力を使うべきではない。


 力の誘惑は何度もあったが、その度に『デバッグ』なしで乗り越えてきた。


 だが、今回に関してはどうだろう? 眼前の勇者に汎用AIの魂はない。あるとすれば機械のような単純なロジックか、眼前の勇者を操り人形とするプレイヤーの意思くらいのものだ。


 少なくとも、俺はそう仮定した。


 もしも、この勇者が簡易AIかプレイヤー操作で動いているのなら、他の人間ほど人権を考慮する必要はない。


 そして、この勇者の能力を詳らかにできるなら、試練の攻略も大変楽になる。


 覚悟は決めたはずだ。俺はどんな手段を使っても、この国を守ると。


 俺は若干の負い目を感じつつ、決然と勇者に尋ねた。


「もう一つ、おりいって相談がある……。これは、拒否してくれて構わないんだが……」

「はい」

「……俺には、一つ特殊な能力がある。その能力を使えば、俺はあんたの能力を全て把握できる。あんたの能力がわかれば、試練の攻略の手助けがしやすくなるんだ。つまり……この力を使って、あんたの能力を確認したいんだが……」


 僅かの、間。


 悩んでいるのだろうか。人間ならわからなくもない。だが、簡易AIなら奇妙だ。

 しばしの躊躇の後、彼は答えた。


「……はい」


 その答えを聞いた瞬間、俺の全身に安堵が駆け巡った。


「……助かる……! 恩に着るよ。──じゃあ、早速見させてもらうぜ、いいな?」

「はい」


 俺は彼に視線を向けると、心の中で唱えた。


 ──漸次展開、『キャラクターステータス』


 すると、勇者の背後の空間に、文字列が一行ずつ浮かび上がった。



『名前 :クレセント

 職業 :勇者

 性別 :女』



「あんた、女だったのか!?」

「はい」


 勇者はかぶせ気味に答え、頷く。若干嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか?


 見た目は青年然としているが、そう見えるようキャラメイクしたのだろう。


 俺は頭を下げて、不躾を謝罪する。


「すまない、勘違いしていた。デリケートな情報は参照しないようにする。それで構わないか?」

「はい」


 そんな会話の最中にも、勇者の背後には、引き続き文字列が流れ続ける。



『HP  :195

 SP  :15

 腕力  :60

 知力  :5

 素早さ :75

 魔法耐性:50

 社交性 :5

 魅力  :20

 固有スキル:マクシマ

 後天的スキル:

  ・スマッシュ

  ・二段斬り』



 うーん、典型的脳筋ビルドだ。テクニカルなイベント攻略に興味なく、戦闘で物事を解決してきたPCプレイヤーキャラクターのステータスだ。


 知力と社交性が初期値の5しかないのはなかなかつらい。


 しかし、魅力は及第点だ。試験合格には50ポイント必要だが、そこは工夫次第でなんとかなる。


 固有スキルの『マクシマ』は勇者の専用スキルで、最大HPと同値の固定ダメージを、戦闘中に一度だけ敵全体に与えられる。後半になって、敵のHPがインフレするにつれて使わなくなる微妙な技だ。


 後天的スキルは、修行したり魔法学校で覚えたり、戦闘中にひらめいたりする技術だ。


 クレセントが持っているのは典型的な戦闘スキル二種類。至って普通。



『カルマ :マイナス10

 親密度 :NIL

 所持金 :100

 戦闘回数:112

 名声  :20』



 勇者はここまでの旅である程度善行を積んできたのだろう。悪徳のパラメータであるカルマはマイナスになっている。


 そして、親密度はNIL。これは、無という意味。勇者は特殊なキャラクターのため、他人に対する親密度を持たないのだ。


 一般的なNPCノンプレイヤーキャラクターの場合、このステータスには、俺に対する親密度が表示される。


 NPC同士の親密度を見るには、別のステータスを見る必要がある。


 所持金は100ゴールド。この宿に10日泊まれば素寒貧になる額だ。


 その程度の路銀しか持たない勇者を、俺は密かに憐れんだ。


 戦闘回数、これも、ゴートの試練を受けるには全く足りていない。彼の試練を受けるには、少なくとも戦闘回数250をこなしていなければならないのだ。


 そして、名声は20……。ダルクの試練を突破するには、100の名声が必要だ。これでは全く足りない。



『身長 :162

 体重 :』



 ぼちぼち見てはいけないゾーンに入りかけているので、俺は能力を停止した。


 勇者に向き直り、安心させるように微笑んでみせる。


「ありがとう。大体状況は把握した。──大丈夫だ、あんたの能力なら、少なくとも一人分の試練は攻略できる」


 俺の言葉を聞いて、勇者は朗らかに破顔した。


 残りの五人の試練についても、攻略の可能性は、まだある。

 なにしろ、俺はこの日のために長年かけて準備してきたのだから。


 それから俺は、時間を掛けて彼女に計画を打ち明けた。

 ここまで、俺がどんな目的を抱き、どんな行動をとってきたか。

 これから何をしようとしているのか。


 そして、その目論見の中で、彼女にどんな役割を期待しているかを。


 彼女は俺の話を、真剣な表情で聞いていた。


「俺の作戦、理解してもらえるか? あんたには、最後の最後に、大変な役を任せることになるが……」

「はい」


 まっすぐに俺の目を見て、勇者クレセントは頷く。


 信用してよいのかは怪しいが、とにかく言質は取った。


 俺は居住まいを正すと、彼──もとい、彼女に手を差し出した。


「大丈夫、俺達が手を組めば、きっと王国を救えるさ。よろしく頼むぜ、勇者殿」


 勇者クレセントは白い歯を見せつつ、力強く俺の手を握り返す。その瞬間、彼女との間で心が通ったような気がしたものだった。


「早速で悪いが、明日から行動を開始したい。明日の朝、迎えに来る。それで問題ないか?」


 問いに、クレセントは素直に頷く。


「よし。じゃあ、また明日。──夜分、邪魔したな」

「いいえ」


 ……はいといいえだけで中途半端に会話が成り立つのは、若干イラッとするな。


 しかも、帰りしな、宿屋の親父が『俺だけが勇者とうまく会話できるんだ』みたいなドヤ顔でこっちを見てきやがった。


 宿を出た瞬間、視界の端に白い影がちらつくのが見えた。


 今、一瞬、隣の武器屋の屋根の上に、シルクの姿が見えた気がしたのだが、気のせいだろうか……?






(あとがき)


一話がちょっと長かったので前半を別話に分割しました。

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