第七話 作戦会議

 勇者クレセントは、大通り沿いに面する『永遠の青星亭』に宿を取っているという。

 俺は仕事あがりに、彼の宿を訪ねることにした。


 宿屋に着くや、主人に勇者の部屋を聞き、一目散にその部屋を目指す。


 すると、なぜか知らないが、宿屋の主人も一緒に部屋についてこようとしてきた。


「どうしてついてくるんだ?」

「いえね、あのお方とお話するのには、ちょっとしたコツが要るんですよ」

「内密な話だ。同席はご遠慮願いたい」

「はぁ……構いませんがね」


 主人は不承不承といった様子で去ってゆく。なんなんだ、一体……?

 とにもかくにも、俺は勇者の泊まる部屋の前にたどり着いた。躊躇なく扉を叩く。


「失礼する。勇者クレセント殿はいらっしゃるか」


 ややした後、部屋の扉が内側に開き、中から勇者が姿を見せる。小柄な勇者は、無表情のまま俺を見上げている。


「クレセント殿、夜分失礼する。先刻円卓の間で協力を申し出たのを覚えていらっしゃるか」

「はい」

「すこしお話したいことがあるゆえ、入室してもよろしいだろうか?」

「はい」


 ……ずいぶんと淡白な返事だ。勇者は全く表情を変えずに、淡々と応対してくる。

 勇者に促され部屋に入ると、即座に俺は頭を垂れて自己紹介する。


「私はジェイドと申す。王宮で近衛兵を務めている。いや、務めていた、といった方が良いか。つい今しがた暇を出されたばかりだからな」


「はい」


 ……んん……?

 この勇者、さっきから「はい」としか言っていないが……。

 もしかして……。


「単刀直入に問う。王と諸侯の話を聞いて、貴殿はどう思われた?」

「はい」

「あんたならそう言うと思ったよ」


 どうやらこの勇者、「はい」か「いいえ」でしか会話できないらしい。


 そもそも、この世界の『勇者』とは、プレイヤーの分身だ。

 プレイヤーキャラクターだから、少なくとも汎用AIによる応答生成機能はない。


 このゲームでは、イベントシーンでNPCから問われたときに、プレイヤーが返せる返事は基本的に「はい」か「いいえ」のみだ。


 だから、本来NPCである俺から話しかけられても、答えは「はい」か「いいえ」しかないというわけだ。


 しかし、そうなると色々と疑問が湧いてくる。元デバッガーのサガだな。


 そもそも、この勇者はプレイヤーに操作されている存在なのだろうか?


 このゲームには、簡易AIという機能が搭載されている。NPCからの質問の意味を解釈し、イベントを有利に進める選択肢を自動で選んでくれる便利な機能だ。


 これを使えば、プレイヤーはいちいち選択肢を選ぶ必要なく、自動的にベストなシナリオを選択できるというわけだ。


 ただし、この機能を使えるようになるのは、ゲームクリア後の二周目に限るが……。


 今やり取りしている相手が、この簡易AIならば問題ない。勇者は、俺に協力的な態度を取ってくれることだろう。


 しかし、相手が人間──つまり、この世界の外から勇者を操る存在である場合は、少し慎重にことを運ぶ必要が出てくる。


 そいつが天邪鬼な気分になって、俺の足を引っ張るようではまずいからな。


 いずれにせよ、だ。


 この男への質問は「はい」か「いいえ」で答えられるものでないといけないということだ。


 俺は小さくため息を吐くと、改めて問うた。


「わかった。質問を変えよう。と、その前に──」


 RPロールプレイをやめてもよいか、俺は勇者に対して聞いてみた。すると、勇者はRPの意味を理解している様子で、即座に「はい」と答えた。


「助かる。この近衛兵としての口調を続けていると頬が引きつりそうになるんだ」


 冗談めかしてそう言うと、勇者はニッコリと笑みを返してくる。よく見る定型アクションの一つだ。


 さて、こいつに質問したいことはいくつもあるが……。

 まず、メタ的なところを固めていきたい。

 俺は思案の末、こんな質問を投げかけてみた。


「……本題の前に聞きたいことがある。あんたは、簡易AIか?」


 勇者は答えない。質問を変える。


「じゃあ、ゲームの外から操作するプレイヤーか?」


 やはり、勇者は答えない。メタ的な質問は答えられないように制限がかかっているのかもしれない。


 ダメ元で、別方向の質問を突っ込んでみる。


「──俺はAIか?」


 やはり、勇者は口をつぐんだままだ。


「答えられないか」

「はい」


 俺自身がなぜ、前世の記憶を持ってゲームの世界に転生しているか、常々不思議だった。


 この勇者ならばその答えを知っているのではないかと思い尋ねてみたが、ここでも答えは得られないらしい。


 まあ、知ったところでどうなるわけでもないし、俺の中で概ね答えは出ているのだが。

 ただ、確証を得たかっただけだ。


 今は、それより大事なことがある。

 俺は鷹揚に頷いて、仕切り直す。


「わかった、問題ない。じゃあ、こっからが本題だ。六諸侯はあんたを勇者の資質なしと断じた。それはわかっているな?」

「はい」

「それでもあんたはまだ、この国を救う『意志』を保っているか?」

「はい」

「オーケーだ。俺にも、この国を救いたいという『意志』がある。改めて、協力を申し入れたい。異論はないな?」

「はい」


 ノータイムの返事。

 協力するにやぶさかではないというわけだ。


「ありがとう。この国のために力を貸してくれることに、心から感謝するよ」

「いいえ」

「で、だ。これからどうするかって話なんだが」

「はい」

「やはり、魔王軍を撃退するには『青の宝珠』は必須だ。こればかりは揺るがない」

「はい」

「王城の尖塔の上に鎮座する『青の宝珠』は、六種類の鍵で封印されている。その鍵は六諸侯が保持していて、各諸侯の試練に打ち勝った者だけがその鍵を手にすることができる」

「はい」

「あんたにその鍵を手にする資格があれば良かったんだが、残念ながら今のあんたは、その力がなさそうだ」

「はい」

「今、俺達の前には二つの道があると考えられる。一つは、これから魔将軍が来るまでの間にあんたが頑張って力をつけて、六つの試練を突破する道。もう一つは、俺とあんたで分担して試練を受ける道」

「はい」

「もし可能なら、後者の方で進めたいと考えているんだが、どう思う?」

「はい」


 こいつ、本当に「はい」か「いいえ」しか言わんのな。

 壁打ち相手にもなりゃしねえ。


 と、その時。

 俺の中に一つのアイデアが降ってわいた。


(この勇者に、『あの力』を使ってみてはどうだろう)









(あとがき)


一話がちょっと長かったので後半を別話に分割しました。

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