第六話 円卓の間

 王城の『円卓の間』は、古来より王とその重臣による議論の場として用いられてきた。


 部屋の中央には、文字通りの巨大な円卓が据えられており、その円卓を囲んで、王と六人の諸侯が座している。


 そして、円卓から僅か離れたところに、勇者クレセントが直立不動で佇んでいる。


 それらの様子を、俺は部屋の扉を守る近衛兵として眺めていた。


 ──そう。今日、この場に居合わせるために、俺は苦労して近衛兵にまで成り上がったのだ。


 このイベントの結果を知るために。


 この円卓の間でのイベントの結果いかんで、俺の身の振り方が決まる。


 ただの市井の人として幸せに生きるか、それとも、この国の英雄として修羅の道を歩むか──。


 俺は目を動かし、勇者の後ろ姿を観察する。


 勇者と名乗る男は、ずいぶんと華奢な見た目をしていた。

 長い赤毛を後ろに縛り、旅用の簡素な装備に身を包んでいる。

 横顔は端正で、顎周りはすっきりしており、前を見据える眼はあくまでまっすぐ。


 一言で言えばイケメンだ。


 と、ここでちょっとゲーム的・メタ的な話を差し挟ませてもらう。


 勇者はプレイヤーの分身であり、その姿も性別も、プレイヤーが自由に決められる。


 俺はどちらかというとアメコミヒーロー的な、筋骨隆々とした説得力のある造形が好みなのだが、日本のヒーローはだいたい細身だな。


 この世界にプレイヤーが存在するのか否かは、俺にはわからない。だが、少なくとも、この勇者のプレイヤーアバターを作ったやつは、典型的な日本的ヒーローが好みのようだ。


 閑話休題。


 勇者クレセントは、その澄んだブルーアイをまっすぐ王に向けつつ、高らかに言い放った。


「──ここに至る途中、私は魔王軍の陣を目撃しました。その手勢は少数ながら侮れません。このクレセント、恐れながら具申します。宝珠の封印を解き、いっとき私にお貸し願えないでしょうか。さすれば、必ずや、私がこの手で魔将軍を仕留めてご覧に入れます」


 円卓の諸侯を前にした、勇者の雄弁。

 俺にとっては、親の顔より見たイベントシーンだ。

 勇者が口にした『青の宝珠』についても説明しておこう。


 アルバトロス王国の王城には、『青の宝珠』と呼ばれる最強の宝が存在する。世界に七つだけ存在する『精霊の宝珠』のうちの一つであり、それを手にすれば竜王に匹敵する能力を得られるというチート級アイテムだ。


 この宝珠を狙って、魔将軍イルゲイルという敵キャラクターが、軍を率いて王国に攻め込んでくる。今進行しているのは、そういう内容のメインストーリーイベントだ。


 勇者の言を受け、円卓の中央に座する王は、明らかな狼狽を見せた。


「う、うむ……で、あるか。そうよな、ここは、六諸侯の意見も聞いてみようではないか」


 世襲の王は日和見。これもまた、定形メッセージだ。

 王は言葉を続ける。


「六諸侯は、それぞれに宝珠封印の鍵を持っておる。宝珠の封印を解くことは、六諸侯全ての認可を得ねば罷りならぬ。ゆえに、各々諸侯に問おう。この勇者の言をうけがうべきかを」


 ──王の語る通り。


 尖塔のいただきに輝く青の宝珠は、六つの鍵によって封印されている。その鍵は、六人の諸侯がそれぞれ一つずつ保持している。


 封印を解き、宝珠を手元に置くには、彼らの鍵を用いるしかない。

 宝珠の力さえあれば、魔将軍を撃退することなど容易い。


 しかし、その力を行使できなければ、六諸侯は魔王軍により皆殺しにされ、宝珠は魔将軍イルゲイルの手にわたり、王都の人間は鏖殺おうさつされることになる。


 鏖殺おうさつ。皆殺し。一人の例外もなく、殺される。


 当然、そんな事態は避けなければならない。

 この円卓の間のイベントで、六諸侯は勇者が信頼に値するかを見定める。


 ここで勇者が三諸侯以上から認められれば、王国滅亡回避の目が出てくる。


 だが、認められなければ、王国の滅亡はほぼ確定すると判断して差し支えないだろう。


 円卓の間はいまや、重苦しい沈黙に満ちている。


 勇者と王は、六諸侯の答えを待っていた。無論、俺も密かに、半ば期待を込めて、諸侯らの動向を待った。


 やがて、一人の男が重い口を開いた。


「拙者は反対だ。この者は勇者を自称しているが、寡聞ながら拙者はその勇名を耳にしたことがない。信用できるか甚だ怪しい」


 筋骨隆々とした、精悍な男だった。蜜色の髪を短く刈り込み、髭もなく若やいで見えるが、その眼光はあくまで鋭い。


 六諸侯の勇・ゴート。アルバトロス王国内での戦闘勝利数が一定値を超えていないと、彼は認めてくれない。


「わしも反対だ。この自称勇者の目には、およそ知性の光が見受けられない」


 厚手のローブを身にまとった、枯れた男が同意する。

 六諸侯の知識・ジェバ。どうやら勇者の知力も、基準には達していないらしい。


「差し出たことを申すようですが、私も反対です。失礼ながら、こちらのお方は勇者様と呼ぶにはあまりにみすぼらしく、信用に足るか甚だ疑問でございます……」


 絢爛なドレスと宝飾品で装った淑女が、遠慮がちに口を開く。

 六諸侯の美・マリア。魅力が足りないと信用してくれない。


「ヒヒヒ、私も反対しておきましょう。ヒヒヒ、貧乏人の言葉など聞くに値しませぬ」


 全身に宝石を装ったイボガエルが、下卑た笑いを浮かべつつのたまう。

 六諸侯の真理・タルフ。金を持っていないと足元を見てくる。


「反対はんたーい。知らない人の言うことなんか聞きたくなーい」


 人形のように可愛らしい少女が、わめきつつ手足をばたつかせる。

 六諸侯の愛・ルタ。親密度が一定以上ある相手にしか心を開かない。


 発言の後、彼女は俺の方にそっと目配せして、一瞬だけウインクしてみせた。

 俺も他の人間に気取られぬよう、そっと目配せしてウインクを返す。


「……私も、断固反対ですな。尖塔の頂点に輝く宝珠の光は、我が国の王権の象徴。その輝きが失われたとなれば、臣民は少なからぬ動揺を覚えることになりましょう」


 黒衣の男が最後を引き取る。長く波立つ黒髪と厳格な眼差しが印象的である。


 六諸侯の統率・ダルク公。こいつが賛同する条件は、勇者の名声値が一定以上あり、かつ、他の諸侯全員の賛同があること……。


 全員反対。眼前の自称勇者に、信頼できる要素など皆無。

 少なくとも、六諸侯はそう判断したようだ。


 うーん……。

 案の定というべきか……。

 この勇者では……だめかもしれない……。


 俺は円卓の間の衛兵として確乎不動を保ちつつ、内心大いに失望を覚えていた。



 ◯◯◯◯◯◯◯



 このままでは、勇者は六諸侯から封印の鍵を手に入れられず、イベントは失敗してしまう。


 俺は咄嗟に機転を利かせ、勇者の隣に進み出て声を張った。


「僭越ながら、発言をお許しいただけますでしょうか!」


 すると、六諸侯の勇・ゴートが眉間にシワを寄せて怒鳴った。


「なんだ、出し抜けに! 衛兵ごときに発言を許可するわけがなかろう! 無礼だぞ!」

「許してあげて、ゴート。その方は、私のお友達なの!」


 六諸侯の愛・ルタがすかさず助け舟を出す。ありがたい。

 ゴートが黙ると、ダルクが一旦王に目配せしてから、おもむろに口を開いた。


「発言を許可しよう。だが、まず名を名乗り給え」


 俺は石床の上に膝をついてかしずき、己の身上を簡便に説明した。


「ジェイドと申します。父は王都の肉屋ですが、試練に打ち勝ち、誉多き近衛兵として取り立てていただいたものでございます。私は王への報恩のために働くことを約束し、王国の栄光のために永遠の忠義を誓ったものであります」


 俺の口上を聞き、ダルクは得心したように鷹揚に頷いた。


「して、その肉屋の息子が、何を語ろうというのだね?」

「勇者殿のおっしゃったことは真実です。先日、私が友人とともに狩りに勤しんでおりましたところ、アルバトロス山の渓谷にて中隊規模の軍勢を発見しました。その中には、少なくとも三匹の魔族が含まれていました」


「なるほど、情報の裏付けというわけか。それで?」

「不詳このジェイド、この国の危難の時と心得ました。故に、僭越ながら進言いたします。この勇者殿に宝珠を貸与願えませぬでしょうか」


 こんな進言が通るはずもないが、俺はあえてそれを口にしてみた。

 すると、六諸侯は色を成してざわめき始めた。


「先に話した通り、宝珠はこの国の王権を象徴する国宝。やすやすと動かすわけにはゆかぬのだよ」

「どこぞの馬の骨ともつかぬ者に手渡せば、そのまま持ち逃げされるかもしれませんからな、ヒヒヒ」

「それより、ね、ジェイド。貴方が頑張って宝珠を手に入れればよくなくて?」

「ルタ様は、よほどこの方のことがお気に入りですのね……。たしかに、こちらの方のほうがよほど魅力的に見えますわね」

「知性の面でも、そこな自称勇者よりは、この近衛兵の方がマシに見えるというものぞ」

「否、宝珠の力なぞ無用! 魔王軍など、拙者とダルク殿の軍にて粉砕してくれる!」


 六諸侯の意見は分かれているが、おおむね反対というところだろう。

 しかし、俺にとっての本命の提案は別にあった。


 ドア・イン・ザ・フェイスというテクニックがある。

 最初に無理な要求をしてみせ、拒否されたら、それよりもう少し受け入れやすい要求をしてやる。

 そうすることで、後者の要求を通しやすくする交渉テクニックだ。

 今まさに俺は、そのテクニックを使って要求を押し通そうとしていた。


 俺はずいと一歩前に踏み出し、より声を張り上げた。


「それでは、私にこの勇者クレセント殿の手助けをさせてはいただけませぬでしょうか! 西の王国にて魔族を倒したというその勇猛! 魔王軍を発見したその慧眼! 私は彼に見るべきものがあると直感したのでございます」


 ルタを除く六諸侯の面々は、俺の弁舌を薄笑いと共に聞いていた。肉屋の息子に何を見る目があるのか、といった風情だ。


 ダルクが曖昧に頷いた後、王に目配せする。

 王は「わしに振るな」とでも言いたげにダルクを睨んだ後、面倒くさそうに手を振りつつ答えた。


「……まあ、よかろう。そなたには暇を取らせるゆえ、そこな勇者殿と共に好きに動いてみよ」


 俺は芝居がかった態度で大仰に腰を折り、王と六人の諸侯に向かって頭を垂れた。


「なんという寛大なるお言葉……。ご厚情に畏まり深謝いたします」


 これで、大手を振ってイベント攻略に入れる。

 実際彼らの厚意には感謝すべきだな。

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