第十四話 おめかし

 腹ごしらえを済ませた俺達は、次なる試練の準備にとりかかった。


 俺達が向かったのは、街の仕立て屋だ。


 美の試練を攻略するにあたって、必要になる能力は『魅力』だ。


 魅力は装備品を用いれば容易に底上げ可能なので、服やら装飾品で豪勢に着飾れば、試練攻略に必要な能力値に到達できる。


 魅力を高める装備品は得てして高価なものだ。

 だが、タルフからの寄進を受けた俺達の予算は、今や青天井。

 魅力ステータスを高める装備を、気兼ねなく買い込むことができるのだ。


 今、仕立て屋の更衣室の前には、俺とクレセントとシルクが肌着一枚で居並んでいた。


 マリアの試練は、魅力値の高いクレセントにやってもらうことに決めていた。


 俺の方が魅力値は高いのだが、婚約者がいる手前、未婚の女を魅力で籠絡するような真似は慎みたかったのだ。


 俺が方針を伝えると、クレセントは二つ返事で了承してくれた。


 これから彼女には、絶世の美女として生まれ変わってもらう。


 魅力値を上昇させる服やら装飾品を身につけられるだけ身につけてもらい、能力を底上げするのだ。


 仕立て屋にコーディネートを決めてもらい、最適な装備は既に選び終えている。あとは、更衣室で着替えるだけだ。


 ただ、勇者ばかりが綺羅びやかで、周りに侍る俺達が貧相な格好では交渉が不利になる。


 パーティー全体の魅力値も底上げしておかないと、六諸侯の美・マリアは足元を見てくるのだ。


 というわけで、俺とシルクも、全力で着飾ることにしたのだった。


 今この場で一番興奮しているのは、シルクだった。

 彼女は鼻の頭を紅潮させて、飛び跳ねんばかりに色めきだっていた。


「あ、アタシもおめかししていいの!?」

「ああ。次の相手は六諸侯の美・マリアだ。全員、箔をつけておくに越したことはないだろ」

「えぇ〜〜〜〜! 嬉しい〜〜〜〜! アタシ、一度で良いから、お姫様みたいニャ格好してみたかったんだ!」


 シルクはそう言って、うっとりと目を細める。


「へえ。意外だな。お前、そういうの興味ないと思ってたぜ」


 俺が軽口を叩くと、シルクは咎めるような目つきで睨んでくる。


「アンタね、アタシのこと何だと思ってんの。これでも、れっきとした女の子ニャんだからね」


 言われてみれば、確かにそうだ。見た目がホモ・サピエンスじゃないので忘れていたが。


 勇者の方も実は女だし──あれ、もしかしてこれってハーレムなのか?


 全然そんな感じがしないが。


 勇者の方は基本的に「はい」と「いいえ」しか喋れない上に男装しているし、シルクはれっきとした女だが猫人だ。


 猫人の見た目は直立歩行する猫って感じだ。全身はモフモフの毛に覆われているし、頭は完全に猫だしな。体の大きさ的には白豹に近いか。


 正直言って、猫人の性別を人間が判別するのは困難だ。体格的にもあまり違いはない。


 そういうわけだから、俺が彼女を女扱いしてなくても、そこまでギルティではないと思いたい。


 俺達は仕立て屋の店員に促され、めいめい、更衣室の中に入ってゆく。


 更衣室の中に入るや、先程までの騒々しさが一転、周囲の空間は完全に無音となった。


 小さな部屋の中には、姿見が一枚と、化粧台が一つ置かれている。壁には、脱いだ服をかけるためのハンガーがいくつもぶら下がっている。


 中に人はいない。狭い空間に、俺一人だ。


 ──こういう誰もいない部屋で一人になるのは、好きじゃない。

 余計なことを考えてしまうからだ。


 着替えをするといっても、ゲームの世界なので、服のボタンを外して、脱いで……のような作業は不要だ。


 ステータス画面を開き、手にした装備品を一個ずつ装備してゆけば良い。

 更衣室に入ったのは、単に世界観の維持のためだ。


 金のやりとりも、システム上で数字が動くだけであって、実際に財布からぜにを出すわけじゃないしな。


 NPCのシルクも、同じようにメタな方法で着替えているはずだが、多分全然疑問に思っていないはずだ。


 この世界の住人が、こうしたゲームシステム的なアクションに疑問を抱くことはない。


 そのあたりに、NPCと俺の間の精神的隔たりを感じることはままある。


 所詮彼らは、ゲームの中の存在なのだと、俺は心のどこかで思ってしまう。


 しかし、前世の記憶がなければ、俺だって彼らと同じ生命の持ち主なのだ。

 だから、あえて深く考えないことにしている。


 考えれば、今の自分の意識も、感情も、なにもかもが、崩れて空虚になってしまうからだ。


 俺はこれから先も生きなければならない。

 生きて、ベリルを幸せにしなければならない。

 だから、考えない。


 真に生きているとはどういうことなのかだとか。

 自分は本当に生きていると言えるのかだとか、そんなことは。


 ……システムメニューから装備品を選ぶと、俺の衣服が瞬時に切り替わった。

 上級貴族が身につけそうな、身体の線にピッタリとフィットしたコートだ。


 カフスボタンだとか、ネックスカーフだとかも凝った作りで気が利いている。

 ステータスを開いて魅力値を確認してみると、次のような表示になっていた。



『魅力:30+30』



 美の試練攻略に必要なのは最低50だ。これだけの能力があれば、もし勇者がだめでも俺の方で試練を突破できる。


 自分の能力に満足して、更衣室を出る。


 女性陣はいまだ着替え中と見えて、更衣室前の廊下には誰も出てきていなかった。


 女性の着替えは長い。そういう演出なのだ。ベリルだってデートのときは身支度が死ぬほど長く、待ち合わせには遅れてやってくる。そういうものだ。


 やがて、ほぼ同時に勇者クレセントとシルクが更衣室から出てきた。


 いや、驚いたね。

 馬子にも衣装どころじゃない。二人共、まったく見違えたもんだ。


 勇者の方は、それまで着ていた薄汚い簡易旅装から、生地の厚いコーデュロイのドレスに着替えていた。首からは見事な銀のネックレスを下げ、腕に指に、繊細な細工の装飾品を身に着けている。


 後ろで束ねただけだった赤髪は結い上げられ、美しい宝石を散りばめた髪留めでまとめられている。男のようだった姿は、まるきり見違え、淑女のそれへと変貌していた。


 シルクもまた格別に美しかった。絹地でできた真紅のドレスは、彼女の白毛にとても良く似合う。耳から頭飾りを下げた姿は、どこぞの神話の女神を思わせた。


「おいおい、どうなってんだ。二人共まるでお姫様だぜ」


 思わず感嘆の言葉が口から漏れる。


 すると、二人は顔を見合わせて満面の笑みを浮かべるのだった。

 俺は勇者クレセントに向き直り、おもむろに問うた。


「ちゃんと『見』ても良いか?」

「はい」


 含意を理解したように、勇者は神妙に頷く。

 そこで、俺は心のなかでスキル実行の呪文を唱えた。


 ──即時展開、フィルター『魅力』。



『魅力:20+40』



 魅力値+40ポイント。

 俺の増加値より10ポイントほど高い。

 女性用装備の方が、魅力の上昇値が高いのだ。


 十分だ。これなら、美の試練など楽々突破できる。


 満足の結果に、俺の頬は知らずほころぶ。


「良いじゃねーか。多分、俺達の中では一番輝いて見えるぜ」

「いいえ、いいえ」


 勇者は身をくねらせながら、謙遜する。もしかして、照れてんのか?


「おい、アタシはどーニャんだよ!?」


 シルクが身を乗り出し、不満げに問うてくる。


 しかし、シルクは勇者とは違い、AIによる自我がある。彼女の魅力を『デバッグ』で探るのは、俺の中の仁義にもとる行為だ。


 というわけで、彼女の方は、俺の独断と偏見による主観的な感想を述べるに留めることにした。


 俺はしばし彼女の立ち姿をじっと観察したうえで、忌憚ない意見を口にした。


「……きれいだな。まるで女神様だ。うん、見違えたぜ、シルク!」


 すると、シルクはなにやら目を丸くした挙げ句、鼻の頭を赤くしてそわそわしだした。

 それから、ちょっとそっぽを向いて、一言。


「……ありがと」


 誰に言うともなく、小声でつぶやくのだった。

 そんな彼女の様子を俺がニヤニヤと眺めていると──


「……あんまりジロジロ見んにゃ!」


 ポカリと肉球で叩かれてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る