第十三話 昼食休憩

 さて、約21億もの大金をせしめた俺達は、一旦休憩を取ることにした。丁度昼飯時だしな。


 手頃な食堂に入り、卓に着くや、俺は豪放磊落に言い放った。


「いよおし、お前ら何でも好きなもの頼んでいいぜ!」

「やったあ〜〜〜〜!」


 飛び跳ねんばかりに喜ぶシルク。可愛いやつだ。

 なにせ、今や俺達は世界一の金持ちだからな! 気が大きくなるってもんだ。

 だが──と俺は思い直し、対面に座る二人に向かって釘を刺した。


「ただし、酒はナシ! 口臭に繋がる匂いの強いメニューも不可だ」

「ニャんで!?」

「午後から会うのは、淑女の皆様だぞ。万にひとつでも粗相があっちゃ困る」

「んじゃあ、ほとんど食えるものニャいニャ」


 不機嫌そうに顔をしかめ、シルクはメニューとにらめっこする。

 めいめいに好きな料理を注文し、人心地つく。

 給仕が運んできた水を喉に流し込むと、シルクはだらしなく笑った。


「午前だけで二つの試練を攻略できるニャんてニャ。案外チョロいんじゃニャいの?」

「甘いぜ。まだ半分も終わってねーんだから」

「残りの試練は、何と何があったっけ?」

「美の試練、愛の試練、勇の試練、統率の試練だ」

「どんニャ試練ニャんだろーニャあ。アタシにできる試練はニャいのかニャあ」

「おいおい、遊びじゃねーんだぞ」


 俺はため息交じりにシルクをたしなめる。


 どうにもこの猫人は、功を焦っているフシがあるな。

 なんとかして、自分も英雄譚の一員になりたいと思っているみたいだ。


 だが、実際どうなのだろう?

 彼女にできる試練は、あるのか、それともないのか。


 ──あるかないかでいえば、実際、ある。

 しかも、うってつけのやつが。


 だが、その試練をクリアしたところで名誉を得られるわけではない。それどころか、少なからず彼女のプライドを傷つけることになるかもしれない。


 それに、俺はその試練のために、あらかじめある程度根回しは済ませているのだ。


 彼女の出番は来ない。むしろ、来ないほうが良いくらいだ。


 俺の思いなぞ知りもせず、シルクはのんびりと窓の外を眺めてつぶやく。


「奴ら、攻めてくるとしたらいつ頃だろうにゃ」

「うーん……。正直、現時点の情報ではわからんな」


 などと、知らないフリをしてみたものの、これにも、明確な答えがある。


 勇者が円卓の間でのイベントを終えた一週間後の日没。それがタイムリミットだ。ゲームイベントとしてそう定められている。魔将軍イルゲイルのAIが勝手な判断で行動することはない。


 そのタイムリミットまでに、俺達はなんとしても、全ての封印の鍵を手に入れ、宝珠を手にしなければならない。


 魔将軍イルゲイルは、宝珠なしで勝てる相手ではない。それほどの強敵なのだ。


 俺が思考を巡らせていると、やがて給仕が飯を携えやってきた。


 シルクとクレセントが、運ばれてきた食事を喜色満面で口の中に掻き込み始める。


 魚肉ソーセージを口いっぱいに頬張りながら、シルクが隣に座る勇者を見やる。


「このデクノボーは、役に立つのかね」

「はい!」


 咎めるようにシルクを睨むクレセント。

 俺は苦笑しつつ、シルクをたしなめた。


「魔族を倒したほどの勇者だ。きっと役に立つさ」


 戦闘回数を必要とする試練がある以上、戦闘能力のある味方は多いに越したことはない。

 その点では、クレセントとシルクは役に立つと言えるだろう。


 問題は名声を必要とする試練。六諸侯の統率・ダルクの試練だ。


 今の俺の名声値は50。ダルクの試練を突破するには、名声100が必要だ。


 名声を稼ぐには、酒場の仕事をこなしていく必要がある。難易度の高い仕事をこなせばこなすほど、増加する名声の量は上がる。


 酒場の仕事は毎日入れ替わるが、難易度の高い仕事は出現確率が低い。運良く名声を稼ぎやすい仕事が続いてくれると良いのだが。


 正直、戦闘回数を気にしすぎて名声稼ぎを疎かにしてきたのが裏目に出た感はある。


 だが、一週間で名声値50を稼ぐというのは、決して不可能ではない。特に、今は二人の仲間がいる。彼女らと協力していけば、連続して高難度の仕事をこなすことも可能だろう。


「ジェイド」


 ……残り一週間。この一週間の間に、どれだけ効率よく仕事をこなしていけるかが……。


「ジェイド! メシが冷めるよ!」

「あ、ああ……」


 シルクにどやされ、我に返る。

 手元にはいつの間にか、俺の頼んだ白身魚の焼き物が運ばれていた。


 おぼつかない手つきでナイフとフォークを掴み、ほくほくした身を切り分けて口の中に運ぶ。


 薄味だが、美味だ。

 ゲームの世界とはいえ、味覚はある。


 もしも俺にゲーム知識がなかったなら、ここがゲームの中の世界などとは思わなかったかもしれない。


 それくらい、このゲームの中で受ける感覚は、転生前の現実に近い。


 益体もない考えが頭をよぎる。

 もしも、前世の知識など持っていなかったら、俺はどうなっていただろう、と。


 答えは決まってる。俺はただの肉屋として、滅びゆく王国と運命を共にするだけだ。


 恐怖は一瞬だけ。それまでは、許嫁との蜜月を思って幸せに過ごしたはずだ。


 責任と恐怖に押しつぶされる夜を過ごすこともない。


 この世界は所詮まがい物だなどと、逃避的な考えに陥ることもない。


 ただの市井の人として天寿を全うしていたことだろう。


 飯を食いながらつらつら考えていると、ふいに、シルクがポツリと呟いた。


「……ジェイドってさ……」

「あん?」


 目を上げる。彼女は俺をまっすぐに見据えて何事か言いたそうにしていたが、結局首を横に振った。


「……ううん、ニャんでもニャい」

「なんだよ、言いたいことがあるなら言えよ」

「ニャんでもニャいよ! 気にすんニャ!」


 怒鳴るようにそういって、シルクは皿の上のメシを口の中に掻き込んだ。

 こいつは気分屋だから、すぐ色んなことで不機嫌になるのだ。

 きっと今回もいつもの気まぐれだろう。そう思うことにした。

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