第十一話 六諸侯の真理・タルフ(1)

 タルフの屋敷は、王都の一等地にある。高い塀に囲まれた、宮殿のような屋敷だった。


 屋敷を取り囲む塀の周りには、乞食やら托鉢僧やらが、等間隔に座っている。タルフが馬車から投げ捨てる高価なゴミを拾って売って、生活の糧にする算段なのだ。


 俺達はそうした乞食達を横目に見つつ、大邸宅の門をくぐる。


 すると、数歩も歩かないうちに、どこからともなく金属的な足音が聞こえ、甲冑を着込んだ門衛が俺達の元に駆けつけてきた。


「何者か!」


 その誰何に対し、俺は声を張り上げる。


「勇者クレセントと、知識の試練の勝者・近衛兵のジェイドが参った。タルフ卿にお取次ぎ願いたい」

「あと、シルクも来たぞ! 勇者ジェイドの相棒だ!」


 シルクが横槍を入れるので一瞬ひやっとしたものの、門衛は納得したように頷いて俺達を邸内に案内してくれた。


 現実では、アポ無しの平民をこんな簡単に屋敷などに入れるはずもないのだろうが、そこは流石にゲームの世界である。


 勇者ならば、王城にだって観光客みたいに入っていけるのだ。


 屋敷内に入った俺達を出迎えたのは、巨大な竜の剥製だった。


 四つん這いの体勢にもかかわらず、吹き抜け二階の天井に背中が届くほどの巨体である。


 足の一本だけで、俺達の身長をゆうに超える。黒鉄のような鱗は一枚が大人の掌ほどもあり、帷子のように連なったそれらはシャンデリアに照らされて美しく煌めいている。


 そして、硝子でできた瞳とそれを収めた瞼は、怒りともつかぬ感情を湛えつつ俺達を睨み据えていた。


 死んだ古代竜を大枚はたいて買い上げて、剥製にしたものだという。


 竜はこの世界で最も強い種族だ。その竜の威を金の力で借りて、己の力を誇示しようとしている。


 タルフはそういう種類の人間だった。


 黒竜の威容を見上げつつしばし待つと、廊下の奥からこの館の主人がよたよたとした足取りでやってきた。


 でっぷりと肥った体躯を揺らして近づいてきた小男は、到底爵位持ちとは思えない下卑た笑いを浮かべて、俺達を見上げてきた。


「ヒヒヒ、このタルフの館にようこそいらっしゃいました、勇者とそのご一行様。如何ですか、この竜の剥製は」


 俺は勇者に代わって、タルフの問いに答える。


「大変に壮観でございますな。私は産まれてこの方この王都ヴァルチャーから出たことがなく、竜というものを見たことがございません。いやまったく、途方もない巨体。このようなものが、古代には縦横に跋扈していたのですか。いやはやまったく」


 俺がひとしきりの世辞をまくしたてると、タルフは満足げに頬をほころばせた。


「ヒヒヒ、そうでしょうとも。今でも、古代竜の末裔はこの世のどこかに生息しているという話ですよ。竜王なぞは、これよりもっと巨体だとか」

「なんと、恐ろしい」

「──しかし、宝珠の力があれば、竜王とて恐るるに足らないでしょうな」


 意味ありげな微笑みを湛え、タルフが俺を上目遣いに見やる。


 竜の剥製をアイスブレイクにして、自然な流れで試練の話に持っていく算段だったのだろう。


 このタルフ卿は、広大な荘園を持つ大貴族であると同時に、有能な商人でもある。


 このバカでかい豪邸も、貴族としての実入りではなく、商人としての実入りで建てたのだ。


 つまり、このタルフは爵位を持つ貴族ではあれど、どちらかといえば本業は商人──それも海千山千の豪商なのだ。


 俺はあくまで慇懃を装いつつ、タルフに向かって頭を下げた。


「申し遅れました。私は、知識の試練の勝者・近衛兵のジェイドと申します。このような恐ろしい竜すらもひれ伏させる宝珠の力を、敢えて手にしようと試みる者でございます」


 俺がこのような口上を述べると、タルフの眼に一瞬、鋭い光が走った。


 彼は厳しい視線を俺に向けたまま、まるで別人のような怜悧さで問うてきた。


「力は時に人の夢を叶え、また同時に、人を破滅に導くこともありましょう。私は金という力を操る者ゆえに、それを重々承知しております。故に、私は常に目につくところにこの竜を置いたのです。巨大な力の恐ろしさを、日々己の眼で確認するために」


 タルフは言葉を切ると、一層眼光を強くして俺を睨んだ。


「果たして貴方には、それほどの力を扱う覚悟はおありかな?」

「……はい、もちろんです」

「巨大な力を扱うには、強い胆力と覚悟を要する。それをゆめゆめお忘れなきよう」


 そう言い切るや、唐突にタルフは頬を緩め、再び普段のだらしない表情に戻った。


「ヒヒヒ、真面目なお話しはここまでとしましょう。それでは、ぼちぼち交渉に入りましょうか」


 このセリフが、イベント開始の合図だった。


 まず、このイベントの概要を説明しよう。

 といって、基本ルールは極めて簡単だ。

 タルフの提示する金額を持ってきて、相手に渡せば良い。それだけ。


 ただし、問題はその金額である。


 タルフはぽってりと肉厚な瞼の奥にいやらしい光を湛え、揉み手しながらこんな提案をよこしてきた。


「ヒヒヒ、そうですね……20,000ゴールドご提供いただければ、喜んで封印の鍵をお譲りいたしましょう。いかがですか?」


 20,000ゴールド……。一般的な家計の世帯が、一年弱働かずに食っていける額だ。


 強敵の退治依頼とか救出依頼の報酬が大体9,000〜12,000ゴールドだから、それをおおよそ二回はやらないと稼げない。


 当然、今の俺にそんな手持ちはない。


 念の為ステータスウィンドウを開いて確認する。

 表示されたのは2,200ゴールド。

 これが俺の全財産だ。逆立ちしてもケツの毛を引っ張っても、それ以上は出てこない。


「一応聞くけど、ある? 20,000ゴールド」


 俺は後ろを振り返り、連れの二人に向かって問いかける。


「いいえ」


 首をブンブンと横に振る勇者。知ってる。100ゴールドしかないもんな。


「ニャいニャ!」


 堂々と胸を張って答えるシルク。威張るな。

 俺はタルフに向き直って、短く一言。


「無理」


 雑に答える。イベント中はAIによる人格制御が働いていないので、どんなに適当に答えても問題ないのだ。

 俺が答えると、タルフは顔をしかめて鼻を鳴らす。


「そうですか。でしたらこの鍵はお渡しできませんな。出直していらっしゃい」


 貧乏人相手にはにべもない。タルフはそういう男だった。


 正攻法をとるならば、依頼などをこなして金を稼いでくるしかない。しかし、ここでちょっとした罠がある。


 再びタルフに話しかけると、彼は手をすり合わせつつこうのたまった。


「ヒヒヒ、金子をご用意いただけましたか? ……21,000ゴールドご提供いただければ、封印の鍵をお譲りいたしましょう。いかがですか?」


 変化に気づいただろうか? そう、金額が上がっているのだ。


 このタルフ、話しかける度に必要な額を釣り上げてくるのだ。なので、前回提示された額ギリギリを持ってきてしまうと、足りなくて追い払われてしまう。


「わかった。その額払うよ」


 試しにそう答えると、タルフは顔をしかめ、吐き捨てるように言った。


「貴方は払える額をお持ちでない様子。いけませんね、嘘を並べられては」


 こっちに支払い能力がないと、こんな返事をしてくる。なかなかしっかりしている。

 とはいえ、金額は無限に釣り上げられるわけではない。


 俺が何度も繰り返しタルフに話しかけていると、ついにその上限額に達した。


「ヒヒヒ、金子をご用意いただけましたか? ……50,000ゴールドご提供いただければ、封印の鍵をお譲りいたしましょう。いかがですか?」


 50,000ゴールド。これが、上限だ。


 いかにがめついタルフといえど、それ以上を要求してくることはない。


 ……通常のゲームプレイをするのであれば、だが。

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