スプリガン・ゲート ~魔族に滅ぼされる街のモブ住人に転生した俺が、ゲーム知識を駆使して運命を改変する!~

宮之森大悟

第一話 日常

「宝珠の塔、そんなに好きなの?」


 青い空気の奥に、アルバトロス王国の王城が霞んで見える。

 白亜の城郭の中央にそびえ立つのは、天を摩する尖塔だ。

 塔の頂点に青々と輝く宝珠の光を、俺は見ていた。

 その光は、遠く離れた丘の上からでも容易に目視できるほど、鮮やかに輝いていた。


 眼下に視線を落とすと、整然とした城下町の町並みが目に入る。

 その家々の中では、人々がめいめいに、平和裏の営みを続けているはずだ。

 俺は声の主に向かって振り返り、微笑んで答える。


「別に好きってわけじゃない。だけど、あれを見てると考えが捗る」


 視線の先には、小柄な娘の姿。

 それは、俺の愛する許嫁、幼馴染のベリルだった。

 彼女は俺に微笑みを返しつつ、要件を切り出した。


「おじさんが呼んでたよ。お店の手伝いをしてくれ、だって」

「わかった。わざわざありがとな」


 尻についた草を払いつつ立ち上がる。すろと、ベリルが気遣わしげに俺の顔を覗き込んできた。


「……せっかくのお休みなんだから、ゆっくりさせてくれればいいのにね」

「そう言うなよ。将来は、俺があの店を継がなきゃいけないからな」


「でも、肉屋と近衛兵なら、断然近衛兵の方が偉いでしょう。貴方は近衛兵を続けた方が絶対良いと思う。そして、将来は騎士様になるの。貴方なら、絶対になれるわ」

「却下」


 食い下がろうとするベリルに向かって、俺は掌をひらつかせる。


「騎士になったら魔族と戦うために国を出なきゃいけなくなる。俺は、ずっとお前の側にいたいんだ」

「ま……!」


 ベリルの顔一面、林檎みたいな紅色に染まる。

 彼女はひとしきりもじもじと身体をゆすってから、かすれた声でおずおずとささやいた。


「ね、ジェイド。私、成人の日が待ち遠しくてたまらない。私ね、はやく貴方のお嫁さんになりたいの」

「俺も同じ気持ちだよ、ベリル」

「結婚式はたくさん人を呼んで、街一番の華やかな式にしようね」

「ああ、任せとけ」

「家のことは私に任せてね。花嫁修業はバッチリなんだから。私の美味しい手料理を、はやく貴方に振る舞ってあげたい」

「そりゃ楽しみだ!」

「子供は十人は欲しいなあ」

「そ、そろそろ手伝いに行かないと、親父にどやされちまう」


 果てどない未来予想図が展開される気配を感じ、俺は早足に丘を降りてゆく。


 ──ご覧の通りだ。俺は今、幸せの絶頂にある。


 美人ではないが可愛い幼馴染と結婚し、裕福とは言えないが幸福な家庭を築く。そんな夢を現実のものにできるだけの環境が、今の俺には用意されている。


 これ以上は望むべくもない。だが、これ以下に堕ちるつもりも毛頭ない。


 この平和は守らなければならない。絶対に。どんな手段を使っても、だ。



 ◯◯◯◯◯◯◯



「はいよ、グレイピッグの腹肉百グレン、おまちどお!」


 俺の差し出した小包を、節くれだった手が掴む。


「ありがとよ、ジェイドの坊や」

「ばーちゃん、いい加減、その坊やってのやめてくれよ」

「なに言っとる。誰がお前を産湯から上げたと思っとるんだい」


 そう言って破顔するのは、隣に住むベリルの祖母ばあちゃんだ。

 御年六十歳。この国でも屈指の長寿だが、曾孫の顔を見るまでは死ねないと言ってる。


 俺がカウンターに居座ってばあちゃんと戯れていると、奥の厨房で親父が声を張り上げる。


「おい、ジェイド。書き入れ時は終わったし、お前もう上がれ」

「おう。じゃあお先に。ばーちゃん、またな」


 俺は颯爽と踵を返すと、そそくさと二階の自室に引っ込む。

 殺風景な男の部屋だ。

 壁際に文机とベッド、それにクローゼットが据えられ、窓際に伝書鳩を入れるための鳥かごが置かれている。

 そして、机の脇には一振りの剣が無造作に立てかけられている。

 目に付くものといえばそれくらいだった。


 手早く着替えを済ませた俺は、おもむろに机の前に座る。

 そして、引き出しから小さな便箋を一枚取って、その上に筆を滑らせはじめた。


「『……では、再び相まみえる日を楽しみにしております。忠実なるジェイドより』……と」


 歯の浮くような言葉を書き連ねた手紙をしたため、便箋の末尾に宛名を記す。

 その手紙を小さく丸めて紐で縛ると、俺は窓際の鳥かごに近づく。そして、中にとまる一羽の鳩の足に、その手紙を結びつけた。


「じゃあ、頼んだぜ」


 手紙を足にくくりつけた伝書鳩に向かって、俺は優しく呟く。

 鳩はわずかに小首を傾げて俺を見やると、翻って鳥かごを出て、昼下がりの窓の外に飛び出していった。

 鳩が去るのを見届けた後、俺は机の脇の剣を取って部屋の外に出た。


 階下に下りると、まだ親父もばあちゃんも店の中に残っていた。

 手をびっと上げて、二人に挨拶。


「んじゃ、ちょっくら出かけてくるわ」

「……酒場か? まさか、まだあの変な趣味を続けているのか」


 眉をひそめて、親父が問うてくる。俺はむっとして唇を突き出す。


「悪いかよ」

「城勤めの近衛兵様が、あんなしょうもない仕事に手を染めているというのは、いかにも外聞が悪いだろう」

「あれはあれで、良い訓練になるんだ。ほっといてくれよ」

「しかしな……」


 四の五の抜かす親父を無視して、俺はカウンター横から抜けて、店を出てゆく。

 店内の椅子に腰掛け休んでいたばあちゃんが、去りしなに声を掛けてくる。


「親孝行しなよ、坊や」

「わかってるって」


 軽くいなしてみせたものの、俺は心の中で今一度、肚を決める。

 このばあちゃんに、曾孫の顔を見せてやりたいんだ、俺は。




(──あとがき──)


ゲーム転生した主人公による、ゲーム知識を活かした破滅回避物語です。

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