第二十四話 六諸侯の勇・ゴート(1)

 ゴートの館は、巨大な闘技場である。


 比喩や誤記じゃない。

 本当に、一つの闘技場が、彼の館なのだ。


 ミヒャエル・エンデの『モモ』という小説で、主人公のモモは闘技場に住んでいた。


 確かに闘技場は彼女の家だったが、しかしそれは、ホームレスの宿としての側面が大きかった。


 しかし、ゴートの場合は、大枚をはたいてわざわざ闘技場一個まるまる買い上げ、そこに家財道具一式を運び込み、邸宅代わりに住んでいるのだ。


 酔狂ここに極まれりである。


 何のためにそんなことをしたのか。

 それは、彼がバトルジャンキーだからである。


 寝ても覚めても戦いのことしか考えられず、勢い余って闘技場を一棟丸ごと買い上げてしまったというのだから、異常者というほかない。


 入口の鉄門をくぐると、たちまち汗臭い空気が鼻腔を苛む。


 ゴートは従者にも強さを求めるらしく、客席裏のいたるところで訓練に励む男女の姿を見かける。


 壁や柱にはエキスパンダーやら握力トレーニング用のハンドグリップやらが掛けられていて、いつでもどこでもトレーニングできるようになっている。


 廊下の端々には休憩用のトレーニングベンチが設置されており、いつでも気軽にベンチプレスできるようになっている。


 各部屋のコート掛け代わりに置いてあるのは、打ち込み用の木人である。


 闘技場全体がフィットネスジムみたいになっているのだ。


 筋肉と戦いを愛する者にとっては天国のような場所なのだろうが、俺達にはあまり食指が動かなかった。


 苦笑めいた薄ら笑いを浮かべつつ、俺達は召使の一人に連れられて、ゴートの元に案内される。


 俺達が連れてこられたのは、闘技者控室を改装した運動場だった。


 ゴートはその部屋の真ん中で、巨大な棍棒を両手に一本ずつ持ち、剣のように振るって訓練していた。


 よく見ると、棍棒には鉄の輪が嵌め込まれていた。それは、錘だった。

 錘付きの棍棒を、ゴートはまるで竹刀のように軽々振るう。


 一振り毎に、裂かれた空気が唸り声を上げる。とんでもない剛力を予感させる。


 鉄の錘をぶらさげた巨大な棍を縦横無尽に振るう様は、まさに豪傑と呼ぶにふさわしい。


 数回の素振りの後、ゴートはようやくこちらに気づいたようだ。


「……む。客人か」


 俺達の顔を見るなり、その口元に白い歯がこぼれる。

 彼は両手の棍棒を放り投げると、にこやかな笑顔のままこちらに近づいてきた。


 ──デカい。


 近くで改めてみると、そのデカさに圧倒される。

 前に立つと、巨大な壁のように思われた。


 タッパは多分、現実の尺度でいえば2メートル近くある。しかも、全身に不足なく筋肉が乗っており、横幅もかなりある。

 プロレスラー体型ってやつだ。


 しかし、これでも巨人族やオーガなどではなく、人間である。

 そのあまりの威容に、シルクなど及び腰になってしまった。


「……ゴツいニャ」

「おい、こら、シルク。黙ってろ」


 初対面だというのに、さすがに失礼すぎる。

 額に汗しつつ、俺はゴートに向き直り釈明した。


「恐縮です、閣下。彼女は、礼儀を知らぬもので」


 すると、ゴートは鷹揚に頷いて微笑んだ。


「構わんよ。冒険者とはそういうものだ。この闘技場で尊重されるのは、形式張った礼儀などではなく、純粋な強さのみ」

「そりゃ助かるね。アタシはシルクってんだ。見ての通り、猫人だよ」


 ゴートの言葉を真に受けて、シルクが調子に乗りだした。

 頼む、もう少し謙虚になってくれ。お前自分が強いと思ってんのか。


 俺は内心ハラハラしたもんだが、どうやらそれは杞憂に終わりそうだった。


 ゴートは愉快そうに笑いながら、シルクの無礼を平に許してくれた。


「よくぞ参った。拙者は六諸侯の勇・ゴート。強者はすべて歓迎するぞ」


 シルクに向かって会釈してから、ゴートは俺に視線を移す。


「其処許は、たしか近衛兵のジェイドだったな。彼女は友人かね?」

「相棒です」

「相棒か。拙者も若い頃は、気の置けぬ相棒と共に武者修行の旅をしたものだ。戦いの場を求めて、辺境の戦場をその相棒と共に渡り歩いたのだ」


 遠い目をして今にも昔話を語りだそうとする。

 おいおい、勘弁してくれ。こちとら暇じゃねーんだ。


 俺が用件を切り出そうと口を開いた瞬間、脇からシルクがしゃしゃり出てきて、こんな暴言を吐いた。


「アンタ、噂によると戦闘狂ニャんだってね。闘技場買っちゃうとか筋金入りだよね。でもさ、そんニャに戦いたいんニャら、アンタが宝珠を持って戦えば良くニャいか?」

「おい!」


 たしなめようとする俺を手で制して、ゴートがシルクの質問に答えた。


「六諸侯は宝珠の試練を受けることができぬ。しかし、それ以上に──」


 ゴートは言葉を切ると、腰に腕をあてがい大胸筋を張った。


「拙者はそんな小賢しい手段など使わず、己の力だけで強者と立ち向かってみたいのだ。魔将軍イルゲイル……相手にとって不足はない。未だかつて相対したことのない強者と剣を交える、その瞬間を思うと、今から武者震いが止まらぬ」

「ひゃ~~~~。本物だニャあ」


 シルクが嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる。

 いちいち茶化すなよ……。見てるこっちがヒヤヒヤしてくるぜ。


 ゴートというキャラクターは、この通りの豪傑だ。

 ある意味、六諸侯の中では一番わかりやすい男といえる。


 ちなみに、負け確でイベントを進めていくと、終盤にこのゴートは魔将軍イルゲイルに単身決闘を挑み、見事な玉砕を遂げる。


 その最期は武人としては確かにあっぱれなものなのだが、王国の国民としてはたまったもんじゃない。


 俺はシルクの前に身を乗り出しつつ、ゴートをたしなめる。


「閣下はこの国の防衛に欠くべからざるお方。その本懐を遂げられる日は、おそらく来ないでしょう」


 するとゴートはふっと遠い目をして、自嘲気味に笑った。


「将軍という身分は、ときに邪魔なものだな。軍人になれば戦いに明け暮れる日々を過ごせると思っていたが、上り詰めてしまえば文官と変わらぬ」


 それから彼は今一度俺達の方に向き直り、真剣な眼差しで俺の目を見据えてきた。


「……其処許が、宝珠の試練を受けるというのか」


 問われて、俺は一つの可能性に思い至り、こんな提案をしてみた。


「……私か、もしくは、このクレセントなどいかがでしょう」

「は、はい」


 クレセントは名を呼ばれて慌てて進み出る。悪いね、急に名前出して。

 ゴートはクレセントの姿を一瞥するなり、残念そうに首を横に振った。


「残念だがクレセント殿には、未だその資格はないようだ」

「やはりそうですか……」

「うむ。純粋な強さであれば、クレセント殿は其処許らの中で随一であろう。だが、我が試練を受ける者には、戦いを好む者であってほしい」


 ゴートの言う通り、純粋な強さでいえば、彼女の方が圧倒的に適任だ。だが、試練を受けるにはやはり戦闘回数がネックのようだ。


 勇の試練の内容は、単純な決闘だ。


 ゴートと一対一の決闘を行い、勝てば封印の鍵を渡してもらえる。


 至極単純明快だが、なかなかに困難な試練でもある。


 このゴートの戦闘能力は討伐依頼に出てくるような雑魚ドラゴンとは、比べ物にならない。

 ボス級の強さと言って良い。


 あわよくば俺の戦闘回数で試練の条件を突破しつつ、戦闘は彼女に任せられないかと思ったが、さすがに無理のようだ。


 それならそれで、仕方ない。


「では──俺と手合わせ願えますか?」

「……よかろう」


 ゴートはおもむろにうなずき、まっすぐ俺の目を覗き込む。


「……齢十八にして近衛兵の試練を首席で突破したという、鬼神の申し子ジェイド。──そう、其処許とも、いずれ剣を交える日が来るだろうと思っていたが……。そうか。今日がその日か。あまりに早いな」


 AIによる会話は、ここまでだ。ここから、勇の試練のイベントが始まる。


「ついてこい」


 一言残して、ゴートは踵を返す。

 俺達は言われるままに、彼の後ろをついてゆく。

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