伸び代と助言
「あんたの髪の色、やっぱり目立つわね……」
翌日、二人はまだゆっくりと回れていなかった本島の観光をするために運河に沿って歩いていた。今まであまり意識をしていなかったが周りを良く見回してみると島民の視線がナギサに集まっているのが分かる。観光客は目もくれていないのでやはりナギサのプラチナブロンドの髪が原因だろう。
「そうかな」
「そうよ! 昨日の演劇でも分かったでしょ。ソフィア様はこの島の人達にとって特別なの。そのソフィア様と同じ髪の色をしている美女が居れば誰だって目を留めるわ」
ただでさえ「ソフィアは未だに姿を変えてこの島に住んでいる」と信じられているのだ。ナギサの容姿にソフィアを重ねるのは致し方無いことだろう。
「この髪色はうちの一族特有の物なんだって。あたしは血が薄まっているからほんのちょっと名残があるだけだけど」
「たしかにお母様も同じ髪の色だったな」
「光に当たるとキラキラして綺麗よね。ちょっと羨ましい」
陽の光に照らされてシルクのように光り輝くナギサの髪を見つめながらオリヴィアが言う。
「ボクはオリヴィアの髪の色も好きだよ。優しい感じがする」
オリヴィアの髪はミルクティーのような甘い茶色をしている。プラチナブロンドにチョコレートを溶かして混ぜたような可愛らしい髪の色だが癖毛なのでオリヴィア自身はあまり好んでいなかった。
「そう?」
「プラチナブロンドになりきれない出来損ない」だと罵られることはあったが、髪の色を褒められたのは初めてだ。思わず顔が赤くなる。
「その髪型も似合っているよ」
「……ありがとう」
オリヴィアは前日と同じようにハーフアップにして髪飾りを着けていた。これならば自分でも出来ると思ったのもあるが、一番の理由はナギサに髪飾りを貰ったのが嬉しかったからだ。
自分の為に作られた世界に一つだけの髪飾りを身に着けているだけで「特別」になれた気がしたのだ。
「そこの綺麗なお姉さん達!」
突然前の方から威勢のいい声が聞こえてきた。声がした方を見ると何やら運河沿いにイーゼルを並べて絵を描いている人達が居る。お年寄りから子供まで皆楽しそうだ。
「こんにちは。良かったら絵を描いていかない?」
話しかけてきたのは使い古されたエプロンをした女性だった。
「祭の出し物としてワークショップをやってるんだ。まぁ、ワークショップと言っても好きに絵を描いて貰っているだけだけどね。青空の下で絵を描くのも気持ちが良いもんだよ」
どうやらイーゼルを並べているのはワークショップの体験者らしい。
貸し出された道具を使って好きに絵を描いているようだ。運河を描いたり愛犬を描いたり、中には何を描いているのか想像もつかない人もいる。
「どうする? 折角だし参加してみる?」
「……そうだね」
ナギサとオリヴィアは女性の誘いに乗ってワークショップに参加することにした。イーゼルとスケッチブック、鉛筆と消しゴム、水彩絵の具一式を借りて早速絵を描き始める。
(思えば授業以外で絵を描くのってかなり久しぶりかも)
授業ではテーマが決められていることが多いので「好きに描いていい」と言われると悩む。運河の景色を描くのが無難だがそれだとつまらない。
「ナギサは何を書くの?」
アイデア出しに詰まったオリヴィアは隣で鉛筆を滑らせているナギサのスケッチブックを覗き込んだ。
(えっ)
ナギサのスケッチブックには形容し難い物体が描かれていた。恐らく人……であろうその物体を真剣な眼差しで描いている。
「これは……?」
オリヴィアが恐る恐る尋ねると
「オリヴィアだよ」
とナギサは答えた。
「えっ! あっ、そ、そうなんだ!」
想像もしていなかった答えにオリヴィアは動揺を隠せない。目の前に鎮座する謎の物体が自分だとは思ってもいなかったからだ。
「鉛筆で描いてからこの『絵の具』で色を乗せるって解釈で合っているかな」
「うん。……あれ? ナギサ、絵の具の使い方って分かる?」
「んー……」
ナギサはキョロキョロと辺りを見回す。
「この板に中身を出して筆で塗り付ければいいんだろう」
「……うん」
間違いない。ナギサは絵を描いたことが無いのだ。確かに学校に行っていないのだからそうであっても仕方ない。皆学校で絵の基礎を学ぶので「絵が描ける」とことが当たり前のようになっているので忘れがちだが、ナギサのように「描き方」を知らない人間がいきなり「絵」を描くのは難しい。
「あんた……宝飾品を作ってるんだからデザイン画とか描いてなかったの?」
「デザイン画?」
ナギサは「何それ?」という顔をする。
「作りたい物を作るのに絵が必要なのかい?」
「……」
(そっか、ナギサにはデザイン画が必要ないんだ)
ナギサはまるで息をするように宝飾品を作る。彼女の魔法に設計図は必要ないのだ。頭で考えればその通りに、寸分たがわず形に出来る。それがどんなに複雑で緻密なデザインであっても。
だが、それはあくまでも「造形魔法」の話らしい。手で絵を描く点においてはその才能も意味を為さないようだ。
「うわぁ、お姉ちゃんへたくそー!」
ナギサのスケッチブックを覗き込んだ子供が大声で囃し立てる。
「ちょ、ちょっと!」
オリヴィアが慌てて追い払おうにもその声を聞いた子供たちが集まって来て収拾がつかなくなってしまった。
「こら!」
先ほどの女性が騒ぎを聞きつけてやってきた。ナギサの絵をからかう子どもたちを一瞥するとにっこりと笑って言う。
「あまり馬鹿にするんじゃないよ。このお姉ちゃんはまだまだ上手くなる『伸び代』があるんだ。もたもたしているとあっという間に追い抜かされちゃうよ!」
「えーっ」
「そんなことあるわけないよ!」
「信じられないかな? じゃあ実際にやってみせようか」
そう言うと子供たちをギャラリーにして女性の公開講座が始まった。
「お姉さん、今から私はお姉さんに『アドバイス』をします。その『アドバイス』を元にお姉さんの好きなように描いてみて」
「分かったよ」
スケッチブックを捲って新しいページを開く。
「お姉さんは連れのお嬢さんを描きたいんだよね。そうだな、お姉さんは人間の頭がどうなっているか観察したことある?」
女性は非常に噛み砕いた言葉で説明を始めた。それは傍から聞いていると難解で何の意味があるのか分からないような非常に感覚的な言葉だったが、ナギサは時折「なるほど」と言いながら話を聞いている。
(この人、『ナギサに』分かりやすいように説明しているんだ)
ナギサの感覚に合わせて理解しやすいよう言葉を選んでいる。傍聴人には分からないだろうがオリヴィアにはそうハッキリと分かった。他人の感覚を瞬時に理解してそれに寄りそう助言をするのは容易いことではない。
「じゃあ実際に描いてみよう」
するりと鉛筆が動き出す。先ほどとは明らかに異なり筆が進むにつれてオリヴィアらしき顔がそこに表れ始めた。まだ拙い部分はあるものの、もう異形のそれではない。
「ここはこうした方が良いかも」
と時折差し込まれる助言を受けながらナギサは無事に下書きを完成させた。
「すげー……」
横で見ていた子供が声を漏らす。あの説明を聞いてどうしたらこうも変化するのか理解し難いが、それを聞いた確かにナギサは何かを得たようだった。
「次は色塗りだね」
女性はナギサに水彩絵の具の使い方を指南する。パレットの使い方から色の混ぜ方、重ね塗りの仕組みや色の組み合わせについて丁寧に説明した。
「なるほど。そういうことか」
ナギサはピンと来たような顔をしてパレットから絵具を取り水を貼ったスケッチブックに落としていく。既に頭の中に完成図が出来上がっているのか、躊躇うことなく色を重ねた。
「……」
周りで見ていた子供たちやオリヴィアの目はどんどん変化していくスケッチブックに釘付だ。つい先ほどまであの「謎の物体」を描いていた人間の絵とは思えない。
(きっとナギサは元々下手ではないんだ。あんなに凄い装身具を作れるんだもの。でもこの短時間でこんなに上達するなんて……。それだけ的確な『助言』なんだわ)
決して誘導している訳ではない。あくまでもナギサが描きたいと思うものを実現するために必要な選択肢を与えているだけだ。
「こうするべきだ」と押し付けるのではなくどうすればそれが実現できるかを相手が一番分かりやすい言葉で的確に示す。オリヴィアは「恐ろしい」とすら思った。
「……出来た!」
スケッチブックの上には優しい色合いで描かれたオリヴィアの肖像画があった。
「姉ちゃんやるじゃん!」
「滅茶苦茶上手い!」
ナギサを取り囲んでいた子供達は興奮して騒ぎ立てている。
「ねっ、凄い『伸び代』だったでしょ」
そう言って女性は自慢げに笑って見せた。
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