花束ガラスの製作体験

 「機織りの島テシリーニャ」を一通り見終えたので島内の広場にあるレストランで食事を取る。群島らしくシーフードのメニューが豊富で昼からちょっとした贅沢気分だ。


「次は何処へ行くんだい」


 二人は海老とイカのフリットをつまみながら観光地図を眺める。大小さまざまな島があり、どこも水上バスで繋がっているので行きやすい。芸術祭もそれぞれの島で開催されているので行先には困らないだろう。


「『薄氷の島ギアテーリア』なんてどうかしら」


 「薄氷の島」はガラス工芸で有名な島である。ガラスの青色を氷に見立てたという島名の通り、色鮮やかなガラス食器や細かい模様の入った「花束ガラス」の製造が盛んで土産物としても人気が高い。


「ボクは構わないよ」


 チーズとトマトのシンプルなピザを食べた後に食後のデザートでティラミスを注文する。いつもなら船酔いを気にしてあまり食事を楽しめないが、簡易魔道具のお陰で心置きなく食べることが出来るのが嬉しい。


「じゃあ決まりね」


 運ばれてきたティラミスを早速口に入れるとふんわりと溶ける。甘いけれどちょっとだけほろ苦い「大人の味」だ。


 * * *


 食事を終え、水上バスの乗り場に向かう。確か同じ乗り場から乗れたはずだ。しばらく待っていると船がやって来たので乗り込み、20分ほど揺られると「薄氷の島」へ到着した。


「流石に凄い人ね……」


 普段から人気の観光地なのだが芸術祭の最中ということもあり予想以上の人混みだ。船着き場から出ると道が大勢の観光客でごった返している。どうやら船着き場前の広場に露店が出ているようだ。


「ここら辺は凄く混んでるし、ちょっと離れたところから回らない?」

「そうだね。流石にこの人混みじゃ……」


 とりあえず船着き場から離れて少し人が少なくなった場所から見ていくことにした。運河沿いにいくつかガラス工房がありガラス製品の販売の他、工房見学などもすることが出来る。そこが目抜き通りとなっており、路地に入るとちらほらと小さなガラス工房が散見しているようだった。

 人混みを避けて路地へ入る。複雑に入り組んだ路地はまるで迷路のようだ。祭りの時期なだけあり路地にも観光客が多く歩いているが目抜き通りほどではないのでゆったりと店を見る事が出来る。


「『花束ガラス』の製作体験だって」


 とあるガラス工房の前に出された「製作体験」の看板を見てオリヴィアが足を止める。


「へぇ、面白い模様だね」

「この島の名物みたい。体験時間30分か。折角だし作ってみない?」

「良いよ」

「ありがとう!」


 工房に入ると色とりどりのガラスに目を奪われる。店内は縦長で手前にガラス製品の販売スペース、奥に体験工房という作りになっている。オリヴィアが「製作体験がしたい」と店員に告げると奥の作業スペースへ案内された。作業スペースには既に製作をしている観光客が複数組おり盛況のようだ。


「こんにちは。『海風ガラス工房』へようこそ! 『花束ガラス』の体験で間違いないかな?」


 案内された作業スペースで待機していると二人のテーブルに製作を指導してくれる男性店員がやってきた。気の良さそうな明るい青年だ。


「うん。この小さなビーズみたいなもので『花束ガラス』を作るのかい」

「そうだよ。じゃあまずは『花束ガラス』について説明しようか」


 「花束ガラス」とは細かい模様の入ったガラスビーズのようなパーツを密に並べて溶かす技法で作られたガラス製品のことを指す。

 製作に使うガラスパーツは全て手作りで作られており、工房独自の模様を用意している所が多いらしい。どのように作っているのかというと、まず複数の色付きガラス棒を合わせて花の模様を作り、その周囲をぐるっと色ガラスで包む。それを熱して引き延ばし、一本の細い線にして細かくカットする。そうしてようやく花模様のビーズが出来上がるのだそうだ。


「このパーツ一つ作るのにも手間がかかってるのね」

「そうなんだよ。職人はまずこのビーズを作るところから始めるんだ」

「あたしたちはビーズを並べるだけでいいの?」

「そうだよ。作業自体は簡単だけど、並べ方に個性が出るからね」


 ビーズの色は多種多様で、型や土台となるガラス板の上に花模様のビーズを敷き詰め、それを熱して溶かし融合させることによって一つの塊にする。色彩豊かな花模様が一体となった見た目が花束のように見えることから「花束ガラス」の名で親しまれるようになったそうで、パーツの組み合わせや並べ方によって多種多様な図案を作ることが出来るのが魅力の一つだ。


「この小さな欠片が溶けあって一つの作品になるんだ。どうやって溶けてどんな作品になるかは出来上がってからのお楽しみさ」


 店員はそう言いながら見本となるペンダントトップを二人に見せる。カラフルな模様がひしめき合った丸やひし形のペンダントトップを作るのは一見とても難しそうに見える。


「さて、早速作ってみようか。この型の中から好きな物を選んでくれ」


 製作体験は決められた型の中から好きな形を選びその上にパーツを配置する形式だ。オリヴィアはドーナツ状の型、ナギサはひし形の物を選んだ。


「この上にパーツを置いて行けばいいの?」


 オリヴィアは目の前に置いてある無数のガラスパーツを指さす。


「そうだよ。ここにある物は好きに使っていいからね。並べ終わったら声をかけてくれ」


 一通りの説明が終わったので製作に入る。赤や緑、青などの色鮮やかなパーツが小分けにして並べられている。どれも可愛らしい花の模様をしており、どれをどう並べようか迷ってしまう。


「私はやっぱり赤かな」


 そう言うとオリヴィアは赤やオレンジ、黄色のパーツを選び並べ始めた。ナギサはパーツを一つ一つじっくりと眺めると青と白のパーツを選び作業に入る。溶けた時にどうなるかを想像しながら作業するので集中力が必要になり、ただ黙々と作業を続けてしまう。


「うーん、これだとちょっと色味が偏っちゃうかな?」


 一通り並べ終えたオリヴィアは完成した物に納得がいかない様子だ。「何か違う」とパーツを入れ替えたり色を変えたりしている。


「オリヴィア、ここに白を入れた方が良いよ」


 悩めるオリヴィアにナギサがそっとアドバイスをした。赤と黄色、オレンジ色の中に白が一色加わるだけでメリハリがついた作品になる。


「本当だ! この方がなんか締まって見えるわね」


 オリヴィアは目を輝かせるといくつかパーツを抜いて白いパーツへ差し替えた。


「ナギサのも良い感じ!」


 青と白の花がバランス良く均等に配置されていて美しい。青は一色ではなく濃淡が使い分けられているので単調にはならず考えられて配置してあるのが分かる。


「出来たかい?」


 作業が終わったのを確認した店員がやって来た。


「おお! 二人とも素敵な作品が出来たね。これで完成ならこっちで仕上げをした後に引き渡しになるけど、今日中に引き取りに来るかい?」

「ええ」

「分かった。夕方までには完成していると思うからまた寄ってくれ」


 作品と引き換えるための紙を受け取り工房を後にする。この後並べたパーツを溶かし、その上に透明なガラスを巻いて仕上げをしてくれるらしい。宿が遠いので当日引き取り出来るのは有難かった。


「じゃあ、時間が来るまでぶらぶらしましょ」


 引き取りの時間までしばらくあるので他の工房も回って見ることにした。芸術祭期間中は安売りをしている店もある。まだまだ観光には困らないだろう。


* * *


 夕方まで工房巡りで時間を潰し、作品が焼きあがった頃に再び『海風ガラス工房』を訪れて完成品を受け取った。


「バラバラだったパーツが一纏まりになってこんなに素敵な作品になるなんて不思議」


 帰りの水上バスの中で完成したペンダントトップを眺めながらオリヴィアは呟く。敷き詰めたガラスパーツが溶けあった鮮やかな地の中に色とりどりの花が浮いているように見える。「花束ガラス」とはよく言ったものだとオリヴィアは思った。


「どうやって溶けるか分からないからやはり歪になってしまうね」


 「溶かす」という性質上どうしても花が歪んでしまう部分がある。ナギサはそれがお気に召さないようだ。


「この歪みも『味』なんじゃない? 手作りって感じがして良いわ」

「造形魔法で作ればもっと綺麗に出来るんだけど」

「それじゃ『花束ガラス』の良さが無くなっちゃうでしょ! この溶けて混ざった感じが良いのに」

「確かに、この溶けた質感は出そうと思って出せるものではないけれど」


 造形魔法が得意なのはどちらかと言うときっちりとした作品だ。貴金属のようにピシッと仕上げたいものと相性がいい。「花束ガラス」のように偶然の産物を「味」とするような作品は人工的な表現が難しくなんとなく不自然になってしまいがちだ。


「ふーん。造形魔法にも作れないものがあるってこと?」

「作れないというか、苦手な物という感じかな」


 自分で作った作品を船内の光に透かしてみる。不均等に混ざり合った模様を意図的に作り出すのは難しい。天然宝石を造形魔法で再現しきれないのと似ているかもしれない。


「あ、あのさ」


 オリヴィアが恥ずかしそうな顔をしてナギサの首に作ったネックレスを掛ける。ドーナツ型の作品に革紐を結んでネックレスにしてもらったのだ。


「これ、あんたにあげる。あんたの好きな色とか分からなくてあたしの好きな色で作っちゃったけど……。指輪のお礼」

「良いのかい?」


 ナギサは首に掛けられたネックレスを手に取ると嬉しそうになぞった。


「ありがとう。大切にするよ」

「本当?」


 手作りの作品はナギサの好みでは無いだろうと思っていたのでその言葉にほっとする。とりあえず喜んでは貰えたようだった。


「……そうだ」


 貰ったペンダントを眺めていたナギサは何かを思いついたように呟いた。


「良いことを考えた」

「何?」

「帰ってからのお楽しみさ」


 ホテルへ戻るとナギサは前日買ってきた材料を机に並べ始めた。ドレスを作った後に町中の資材屋を回って金属や石などを買い集めていたのだ。


「ずっと思ってたんだけど、この材料どうするの?」


 買い物に付き合わされて何を買ったのかは知っていたが、それを何に使うのかは聞いていない。


「明日着けていく装身具を作ろうと思ってね」


 ドレスがあるのに装飾品が無いのでは格好がつかない。目の前にいくつかの真鍮のブロックと紐を外した状態のペンダントを置いた。


「え? あたしのペンダントを使うの?」


 動揺するオリヴィアにナギサは「見てて」と言うと真鍮のブロックに造形魔法をかける。角ばったブロックが浮かび上がりみるみるうちに液体状に溶けてドーナツ状の「花束ガラス」の両端に纏わりつくと横一線にするりと伸びて繊細な意匠が現れる。


「凄い……」


 目の前で起こっている現象に思わず目を奪われる。一通り端まで細工が出来上がると金具のような部分が出来て「カタン」という音と共に机上に落ち着いた。


「髪飾りにしてみたんだけど、どうかな」


 オリヴィアのペンダントには一切手を加えず、それを中央に据えた真鍮製の髪飾りだ。ガラス部分に沿うように石座が作られているので真鍮との摩擦でガラスが傷つく心配もない。


「……凄い、凄いわ!」


 あっという間に完成した髪飾りにオリヴィアは興奮しているようだ。


「じゃあこっちも」


 そう言うとナギサは自分で作った「花束ガラス」を同じように加工する。こちらもあっという間に立派な髪飾りへと姿を変えた。


「これはオリヴィアの分だよ」


 ナギサは完成した髪飾りをオリヴィアの掌の上に乗せる。


「え? 良いの? こんな素敵な物を」

「勿論。オリヴィアに似合うようなデザインにしてみたんだけどどうかな。明日のドレスにも良く合うと思うよ」

「……ありがとう」


 掌に載った青い「花束ガラス」の髪飾りを嬉しそうに眺めるオリヴィア。こんなに可愛い髪飾りを身に着けるのなんて子供の頃以来なんじゃなかろうか。それになにより、ナギサが「オリヴィアに似合うように」と考えて作ってくれたのが嬉しかった。


「じゃあ、残りも作っちゃうね」

「残り? まだ何か作るの?」

「うん。ネックレスとかイヤリングとかあった方が良いだろう」


 そう言うなり買ってきたガラスパーツや真鍮を机に並べて一気に魔法をかける。素材が次々と姿を変えていく様がまるで現実の物では無いような気がして、オリヴィアはただその光景に見惚れていた。

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