自分らしさ

 翌日、ナギサとオリヴィアはとある船着き場に居た。この日は一日かけて離島観光をする予定なのだ。「芸術の島」は本島とそれを囲むようにして存在するいくつもの群島で構成されており、移動は水上バスが主な手段だ。芸術祭のチケットには水上バスのフリーパスも含まれており、自由に島同士を移動することが出来る。

 前日にナギサの買い物に付き合って長時間歩いた為、今日はのんびり離島めぐりをすることにした。ドレスを購入した後「あるもの」を探して歩き回ったりオリヴィアの着替えを探したりと夜まで歩き通しだったのだ。


「『機織りの島テシリーニャ』に行くにはこの乗り場で良いのよね?」


 手にした路線図と水上バス乗り場の乗り場名を見比べる。同じ乗り場から何本も違

う路線が出ているので乗り間違いに注意だ。


「水上バスが来たよ」


 大きな水音を立てて水上バスが乗り場である桟橋に着岸した。自分たちが乗る水上バスであると良く確認をしてから乗り込む。船内は比較的空いていて座席に座る事が出来た。


「ここから暫くかかるから。そう言えば、あんた船酔いは大丈夫?」


 席に座って一息ついたオリヴィアが思いだしたかのように問いかける。


「船酔いって何だい?」

「……もしかして、船に乗るのも初めて?」

「ああ。水の上を走るなんて面白い乗り物だね」


 嫌な予感がする。ナギサは初めて乗る「船」に興味深々で辺りを見回していた。


(すっかり忘れてた! あたしも薬飲んでないけど大丈夫かな)


 自分も三半規管が強い方ではないことを思い出したオリヴィアはガタガタと揺れ出した船の中で祈るような気持ちで目を閉じる。


「ナギサ、あたしちょっと疲れたから寝るわ。着いたら起こして」


 「分かったよ」という返事を聞きながら酔わないように眠ることに集中をする。水上バスは港を出て外海へ出る。小刻みだった揺れは次第に大きな縦揺れへと変化していった……。


* * *


「うっ……おえ……」


 船に揺られること40分、「機織りの島」に到着した。思いの外波が高かったのかオリヴィアは真っ青な顔をしてベンチに座り込んでいる。一方ナギサは全く平気なようで、オリヴィアに頼まれて飲み水を買いに走っていた。


「それが船酔い? 大変そうだね」

「気持ち悪い……」


 ナギサはがっくりと項垂れるオリヴィアの横に腰をかけるとオリヴィアの手を取って何かを巻き付ける。すると不思議と船酔いの気持ち悪さが引いていった。驚いたオリヴィアが手首を見ると小さなビーズがついているミサンガが巻き付けられている。


「これは?」

「水を買いに行った時に一緒に勧められてね。船酔い除けの簡易魔道具らしい」


 地元の人が作った麻紐のミサンガに簡易的な魔法を付与したもので、船着き場の側にある土産物屋で良く売っているらしい。主たる交通手段が船である芸術の島ならではの計らいで、オリヴィアのように薬を忘れてしまった人や薬が苦手な人に重宝されているようだ。


「簡易魔道具だから恒久的という訳には行かないけど、一週間くらいだったら持つんじゃないかな」

「一週間も持てば十分よ! ありがとう」


 ナギサは勿論、勧めてくれた土産物屋の店員に感謝したいくらいだ。即効性があるのが素晴らしい。あっという間に元気になったオリヴィアは鞄から冊子を取り出して「機織りの島」の観光ルートを確認した。


 「機織りの島」はその名の通り機織り職人たちが多く住まう土地として名を馳せた島だ。現在は機織り職人だけでなく染織職人やレース職人など繊維産業に関わる職人達が多く工房を構えている。本島と比べて牧歌的な島で自然が多く、染織職人の中には畑を構えて染料を育てている人もいるようだ。

 芸術祭ではこの日に合わせて作られた衣服や小物類が店先に並ぶため、手作り品ならではの風合いを愛す愛好家や観光客で賑わっていたのだった。


 船着き場からしばらく歩くと島の目抜き通りへ出る。目抜き通りは島の中央広場へと続く道で、日用品を扱う店や特産品の布製品を扱う土産物屋が立ち並んでいた。

脇道から路地へ抜けると職人達の工房や一般住宅が並ぶ静かなエリアへと入り、その外側には小さな農地や草地が広がっている。

 観光客の多くは目抜き通りから中央広場へ抜けて一通り土産物屋を見た後に違う島へ移動する。そこまで大きな島では無いので数時間あれば大体見終わってしまうのだ。


「見て! このイヤリング!可愛い」


 オリヴィアが足を止めたのはとあるレース屋の前だった。


「レースを使ったイヤリングか。耐久性には難がありそうだけど軽くて使いやすそうだね」

「こっちの髪飾りも可愛い! コサージュも素敵」


 手編みレースの店「花織工房」は女性職人が一つ一つ丁寧に編んだレースを使った作品を扱う店だ。レースを使った軽くて華やかなアクセサリーの他コースターやちょっとした敷物のような日用品も作っており、比較的手頃な値段で可愛い物を買える店として若者に人気らしい。


「これならお小遣いで買えるかも……。いや、他のお店も見てからにしないと」


 丸い小さなレース飾りがついたイヤリングを手にオリヴィアが独り言を呟く。この先もまだ色々な店を見て回るので一々購入していてはあっという間に軍資金が底を尽いてしまう。よく吟味してから買う物を決めなければならない。


「レースも造形魔法を使えばもっと綺麗に作れそうだね」

「そう? 既に綺麗だと思うけど」

「うーん、そうかな。左右非対称だし網目の大きさだってマチマチだろう。造形魔法ならもっと美しく整えられると思うんだけど」


 オリヴィアはナギサの返答を聞いて少し考えた。ナギサの言う「美しい」とは何なのかと。そういえばナギサが追放される原因となった事件も「他人の作品を正しい形にした」とか「造形魔法を使えばもっと完璧になる」とか言っていた気がする。

寸分違わず左右対称で一ミリも破綻が無いデザイン。それこそがナギサが言う「そうあるべき姿」なのだろうか。


「価値観の相違ね」


 オリヴィアはナギサの言うことを否定しなかった。


「あんたにとっては均整の取れたデザインが『美しい』ものかもしれないけど、あたしは整い過ぎたものは感じちゃうかも」

「冷たい?」

「そう。ちょっと歪だったり大きさが違ったり、そういう所に人の温もりを感じるの。ちょっとした手癖とかに作っている人の顔が見えるって言えば良いのかな」


 そこまで言ってハッとした顔をして慌てて付け加える。


「別にあんたの作品がつまらないって訳じゃないの! あんたの作品はあんたらしさが出ていてあたしは好き。ピシッと整っていて凛とした感じが凄くあんたらしいと思う」

「ボクらしい……か。初めて言われたな」

「あんたの良いところってことよ」


 オリヴィアはそう言って恥ずかしそうにはにかむ。


「あんたにそういう良いところ……個性があるように、他の人の作品にはそれぞれその人の『らしさ』が表れていると思うの。だから全てを同じように『完璧』にしちゃったらつまらないわ」


 既製品が溢れる世の中で何故わざわざ手作り品を求めるのか。一人一人の手癖や息遣いを感じられる作品。きっとそれを買い手は求めているのだ。

他の店には売っていない「その職人が作ったもの」で無ければダメで、その職人が作った物だから欲しくなる。ここにしかない物に出会えたという奇跡に人は魅力を感じるのだ。


「らしさ、か……」


 思えば、「ナギサらしいデザイン」だと褒められたことは一度も無かった。コンテストの寸評を見ても、いつも「整っていて素晴らしい」「均整がとれていて美しい」「完璧なデザイン」……そんな言葉ばかりが並んでいた。


(それが当たり前だと思っていたけど)


 あるコンテスト会場で、ふと耳に入った会話を思い出す。

『今回は残念だったけど、貴女らしくて良いデザインだと思うわ』

 確か、優秀賞か何かを獲った女生徒を教師が慰めている時に発した言葉だ。


(ボクらしい……ってなんだろう)


 ナギサは自分の中に流れ込んできた「異なる価値観」に煩悶していた。

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