衝撃的な事実

「オリヴィア、おばさまの許可を貰ったよ」

「えっ! ……信じられない! あたしが言ったら絶対ダメって言われるのに!」


 「芸術の島アルテニア」にある高級ホテルの一室に二人は居た。二人部屋とは思えない豪奢な設えに驚いていたオリヴィアも、数時間経った今では上機嫌で寛いでいる。


「なんか良く分からないことを言っていたけど」


 「良く分からないこと」の内容は何となく想像がつく。通信口でオリヴィアの悪口を言っていたであろう母親の姿を思い浮かべてオリヴィアはうんざりした。


「でも、本当に良いの? こんなに凄いホテルに泊まって」


 ――数時間前、翌日から島巡りをすることになったナギサとオリヴィアは宿を探していた。「持ってきたお小遣いでは二人分の宿泊費を賄えない」と焦るオリヴィアを尻目にナギサはどこかへ音声通信を入れ、「宿が取れたよ」と言うなりこの高級ホテルへとやって来たのだった。


「大丈夫だよ。お金の事なら心配しないで」

「大丈夫って……。あんたってもしかしてお金持ち?」

「お金持ちかどうかは分からないけど、作品を買ってくれた人は沢山居たから」


 ナギサは蜃気楼通信ミラージュで自らのコミュニティを開いてオリヴィアに見せた。オリヴィアは立体映像で浮かび上がる宝飾品を何とも言えない表情をして眺めている。 


「ふーん、これが蜃気楼通信ってやつなんだ」

「オリヴィアは蜃気楼通信を持ってないのかい?」

「……あのママがあたしにそんなもの買ってくれるわけないでしょ。お陰で学校でも他の人の話について行けなくて最悪!」


 蜃気楼通信は人と人を魔法で繋ぐ通信端末である。従来の通信機器とは異なり、魔力を動力として動き、魔法によって音声や立体映像を相手に届ける通信デバイスで、コミュニティと呼ばれる独自の交流機能を目玉としている。

 誰でも自分のコミュニティを開設することが出来、手軽に同じ趣味や趣向を持つ人々と繋がれるのが売りで、今や企業や著名人のコミュニティがどんどん開設されているほど人々の生活に無くてはならないものになりつつある。

 元々ナギサの母国で開発された物だがこの便利な魔道具が一国に留まる訳もなく、初めは土産物として持ち帰った者の口コミから、そしてそれを聞きつけたインフルエンサーから噂が広がり、徐々に他国へ輸出されるようになった。


 異国から入って来た「蜃気楼通信」はオリヴィアの国でもその利便性からあっという間に若者の間に広まった。最近は学校でも蜃気楼通信の話題で持ち切りでクラスや友達同士でコミュニティを作るのが流行っている。

 そうなると自ずと蜃気楼通信を持っていない人間は蚊帳の外になってしまい、オリヴィアは居心地の悪い時間を過ごしていたのだった。


(まぁ……あたしに友達が居ないのは蜃気楼通信のせいだけじゃないけどね)


 「神の一族」だと鼻にかけて度々母親が起こすトラブルのせいでオリヴィアは孤立していた。なにかにつけて「私達は神の一族」「お前たちとは違う」と暴れる母親のせいでオリヴィア自身も腫れ物に触るような扱いをされているのだ。

 学校に行っても「友達」が居ないのでつまらない。ただ勉強をして誰とも話さずに家に帰り母親が寝静まるのを待つだけの生活だ。


(本当に最悪な人生……)


 こんな「血筋」に生まれなければと何度先祖を恨んだことだろう。本当に神なんているのかと疑ったこともある。そんなオリヴィアでも、ナギサと出会ってからは流石に神の存在を信じざるを得なくなった。

 圧倒的な魔法の才能、技術力、そして誰をも魅了する優れた容姿。

 そして思ったのだ。同じ血が流れているのだから自分にもナギサのような容姿と才能があれば違った人生を歩めたのではないかと。


(結局あたしが『普通』なのが悪いんだ)


 こんな煌びやかなホテルになんの考えも無く泊まれてしまう。それだけでナギサと自分が歩んできた人生の差を見せつけられているような気がしてしまい嫌になる。


「――で、これが――賞を取った作品で」

「えっ、何?」


 横でナギサが喋っている声で我に返る。


「これが協会の最優秀作品賞を獲った作品だよ」


 どうやらずっと作品の解説をしていたらしい。


(折角あの家から離れられたのにこんなことばかり考えて!)


 心に立ち込めた暗い気持ちを振り払うようにナギサの蜃気楼通信に目を向ける。そこにはナギサが数年前にコンテストで最優秀作品賞を獲った作品が表示されていた。


「やっぱりあんたの作品は綺麗ね」


 数多のダイヤモンドが眩い光を放つ大ぶりのネックレス。寸分違わず左右対称に作られたそれは「美しい」と言う言葉がどの作品よりも良く似合う。モダンで洗練されたデザインは審査員に絶賛され、「新人が作ったとは思えない」作品だと業界に衝撃を与えたのだった。


「確かこれは金貨数百枚だったかな」

「……?」

「購入したのは異国の人だったような」


(え? 金貨数百枚って、販売金額のこと?)


 貨幣価値が違えど、それがどんなに大金なのかは分かる。


「あんた、自分が売った作品の金額を覚えてないの?」

「そういうのは全部お父様に任せていたから」

「……もしかして、日ごろの買い物に使っているお金とか貯金している金額とかも分からなかったりする?」

「貯金?」


 「貯金って何?」と顔に書いてあるのを見てオリヴィアは脱力した。


「日頃の買い物は全部カードだし、それで困ったことはないよ」


 笑顔で言うナギサに頭を抱える。ナギサの父親は置いておいて、彼女の処遇について話し合いをしたであろう大人たちは一体何を考えているのだ。自分の懐事情すら知らせずに異国に放り出すなんて信じられない。


(本当にうちの一族はどうしようもないやつばかりね)


 一つの作品で金貨数百枚稼いでいたというのだから確かに食べていくのには困らない程の貯金があるのだろう。しかしそれが本人の手の届かない場所にあるのならば問題だ。これから暫く異国で生活をしなければならないなら尚更だ。


「あー……分かった。後であんたをここに送り付けて来た人達に連絡してみるわ。あと、自分の所持金が分からないのにホイホイお金を使っちゃダメ!」

「……」


 要領を得ないような目でオリヴィアを見るナギサを叱責する。


「あっちで一番事情が分かってる人に電話して」

「それ、今じゃないと駄目かい?」

「今よ! 今すぐ!」

「分かったよ」


 ナギサは「仕方ないな」と言う顔をして音声通信魔法を起動させた。音声通信魔法も蜃気楼通信と同じく魔法を介して声を届ける通信用の魔道具である。


「もしもし」


 通信が繋がったようだ。個人情報保護のため、連絡帳や通信先を表示しているモニターは使用者本人にのみ見えるようになっている。そのため、ナギサが誰に通信を入れたのかオリヴィアには分からなかった。


「……うん。大丈夫。オリヴィアが連絡しろって……オリヴィアって言うのは……」


 電話越しに状況を説明するナギサの横でオリヴィアはメモに聞き出したい内容を書きだす。そのメモをナギサに見せ、相手に尋ねるよう催促した。メモを受け取ったナギサは一通り目を通すと「分かった」と頷いて見せる。


「それで、オリヴィアが聞きたいことがあるみたいなんだ。えっと……まずはボクの貯金がどうなっているか。あと、お金を引き出すにはどうしたらいいか。

 ……え? 通帳? 通帳って何だい? うーん……。そういうのは全部お父様に任せてたし、買い物は全部カードで済ませていたからね。こっちに来てからも困った事はないし……」


 会話の音声は聞こえないが、ナギサの受け答えから相手が困惑しているのが分かる。


(そりゃあそうよ。自分の預貯金すら分からないなんてあり得ない!)


 会話の主もオリヴィアと同じような呆れた表情をしているに違いない。ナギサは「そんなに驚くことかなぁ」と呟きながら何やらメモを取っていた。


「……うん、うん。分かった。じゃあね」


 しばらくやり取りをして通信魔法を切断する。


「分かったの?」

「ううん。銀行のカードと通帳っていうのがあるはずだから、今度ボクの家に探しに行ってくれるって」

「そう。それならよかったわ」

「オリヴィアは心配性だね」

「あんたが気にしなさ過ぎなの。自分の口座すら把握してないなんてあり得ないんだから! カードだって無限に使える訳じゃないのよ?」

「そうなの?」


 キョトンとするナギサにオリヴィアは目を丸くする。


「もしかして、カードの仕組みを知らないで使ってるの?」

「……?」

「信じられない!」


 最早無知、という言葉では片付けられない。あまりにも物を知らなすぎる。


(いや、知らないというよりは考えてないのね。考えなくても生きていられる、そういう環境で育ってきたんだから)


 女神によって造られた造形魔法を広めるためだけに生まれた存在。ナギサに求められてきたのはただひたすらに造形魔法で宝飾品を作り続ける、それだけだった。だからこそナギサの父親はナギサが創作活動にのみ集中できるよう身の回りのことを全て引き受け、ナギサを「普通の生活」から遠ざけた。

 ナギサは純粋培養されて育った箱入り娘なのだ。


「カードは魔道具じゃないの。無計画に使えばいつか使えなくなるわよ」

「え? そうなの?」

「お金が無限に出てくる魔道具だとでも思った?」

「いや、これがどんなものかなんて考えたこと無かったから」

「……そう。じゃあ今覚えて。カードで買い物をするとあんたの銀行口座から代金が引き落とされるの。だからあんたの口座にお金が無くなったらカードも使えなくなるの。それを踏まえて……今自分の口座に幾らお金が入っているのか把握してないのがどれだけ怖い事か分かる?」

「多分無くならないくらいには稼いでるから大丈夫だよ。安心して」


 答えにならない答えを発するナギサにオリヴィアは引きつった笑いを浮かべる。ナギサはニコリと笑みを返すと「そういえば」と言った。


「ボクのことを宜しくだって」


 通話相手からの伝言らしい。


「宜しく?」


 能天気な伝言にオリヴィアは苛立ちを感じた。


(ろくに教育やフォローもせずに飛行機のチケットとトランク一つだけ持たせてこんな遠い場所に追いやった癖に、何が『宜しく』よ)


 顔も名前も分からない相手だが、顔を合わせる機会があれば文句の一つでも言ってやりたいくらいだ。


「キミみたいなしっかりした子が側に居るなら安心だってさ。『また分からないことがあったら聞いて』って言ってたよ」


 ナギサ曰く、通話口に出た関係者は「良かった」と胸を撫で下ろしていたらしい。オリヴィアはその無責任さに無性に腹が立った。


「そう。まぁ、とりあえず問題なさそうで良かったわ」


 だが、ここは遠く離れた異国である。言いたい事は山ほどあるが、ナギサに文句を言っても仕方がない。煮えくり返る物を腹の中に感じながらベッドに横になって目を閉じ、頭を冷やすことに専念した。

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