ちょっとした変化

 「芸術祭カーニバル」とは「芸術の島アルテニア」で一週間にわたり行われるアートイベントである。この島に住む職人は知恵の女神「ソフィア」が工芸品や美術品の製作に関する「助言」をしてくれていると信じており、日ごろの感謝を伝える為に自分の作品を発表する場として祭りを開催しているのだ。


 勿論芸術祭はこの島一番の観光イベントで、開催期間中はあちこちで開かれる蚤の市やパフォーマンス目当ての観光客でごった返している。


「たまたま宿が空いていたなんてラッキーね。それも一週間も……」

「宿の人も驚いていたよ」


 急に空きが出て予約することが出来たと知った時は驚いた。そんな幸運なことがあるだろうか。「こんなギリギリで宿が取れたのは奇跡だ」とフロントの女性が言っていたように、芸術祭の間は島にある宿はおろか周辺の町にある宿も一杯になってしまう有様だ。


「さて、どういうスケジュールで回るんだい」

「そうねぇ」


 窓の外の喧騒を聞きながらオリヴィアはチケットと一緒に貰った冊子を捲る。この冊子は祭りのガイドブックになっており、一週間のイベントスケジュールや各島の展示物、参加している店舗などが掲載されているのだ。


「まずは本島のお店を色々回って、そのあとに離島を巡るのはどう? 離島も色々あって面白そうだし」

「任せるよ」

「あんたも気になるところがあったら言ってね。歩いている途中でも良いから」

「分かった」


 自分本位になってはいけないとオリヴィアは思った。少しでもナギサが興味がありそうなものを見つけなければと。


「さ、準備して出かけるわよ」


 日帰りの予定だったので着替えが無い。仕方なく前日の服を着る。どこかで服と下着を数着調達しなければならない。人が多い上に沢山歩くので荷物は出来るだけ少なくする。貴重品を入れた小さなウエストバッグだけ持ち歩く事にした。

 昼頃までのんびりと寝てしまったのでこの日は宿の周辺を散策して終わりそうだ。ホテルから出ると既に大勢の観光客でごった返している。宿の前の岸壁では路上パフォーマンスや蚤の市が開かれており大変盛り上がっていた。


「あれは?」


 蚤の市の前でナギサの足が止まる。


「蚤の市。見たこと無い?」

「うん。あの人達も作品を売っているのかい?」

「んー、作品じゃなくて要らなくなった日用品を売っているのよ」


 地元の住民が地面に敷き物を敷いて要らなくなった鍋や洋服を売ったり、古物商がタープを建てて古い家具や美術品を売ったりしているのをナギサは物珍しそうに眺めていた。


「要らなくなったものを買う人がいるということかい?」

「うーん、そうね。『要らなくなったもの』だと語弊があるかも。『自分は使わなくなったけどまだ使える物』って言った方が良いかしら。捨てるのは勿体ないから安く売って他の人に使ってもらうの」

「へぇ……面白いね」

「でも安売りしている物だけじゃなくて、古くなって逆に値段が高くなるものもあるのよ」


 古物商のタープの前で古美術品を眺めながらオリヴィアは言う。


「古いということは状態が劣化しているということだろう。それでもお金を出して買う人がいるんだね」


 錆びた時計や年季の入った家具。一見すると捨てられてもおかしくない状態である。しかし値札にはそれなりの金額が書き記されており、目の前で購入していく者すらいる。


「『古い』ということそのものに価値があるのよ。例えば『今はもう売っていない古い型』が好きとか、『日に焼けた家具の色合いが好き』とか……。そういうのが付加価値になるの。価値観は人によって違うものでしょ」

「そういうもの……なのかな」

「納得して無さそうな顔ね」


 目の前に積まれた「ガラクタ」が価値ある物であるとナギサには理解が出来なかった。錆びて動かない時計など何に使うのだろう。新しいのを買った方がずっと良い。そんなものにお金を出すのにどんな意味があるのだろうかと思案した。


「例えばだけど、あたしがあんたから貰ったこの指輪、あんたにとってはどんな物?」


 オリヴィアは左手に嵌めている指輪を指して問う。


「ボクが作ったタダの指輪さ。もっと良いやつをご所望なら作るよ」

「良いやつなんて要らないってば! あたしはこれが気に入ったの。あんたがあたしの為に作ってくれた指輪だからあたしにとっては大切な指輪なのよ!」

「そんな簡単な指輪なのに?」

「簡単とか複雑とかそんなの関係ない。大事なのは『あたしがどう思っているか』よ。『大切』……それがあたしにとっての指輪の価値なの」

「ボクが思っている価値と随分違うんだね」

「当たり前でしょ。あんたとあたしは違う人間なんだから」


 人間は一人一人違う価値観を持っている。同じ物に対する見方も人によって違って当然である。


「……なるほど。とすると、蚤の市というのは自分と『価値観』が合う物を見つけて売買する場なのか」

「まぁ、そういうこと」


 オリヴィアは「閃いた!」という顔をしているナギサの手を取って蚤の市を見て回る。底に穴の開いた鍋でさえここでは誰かにとって価値あるものに代わる。「あれは一体何に使うんだろう」「あの服は一体どうなっているんだろう」と、そんな会話を交わしながら川辺でウインドウショッピングを楽しんだのだった。


「楽しかったよ」


 蚤の市を見終えてカフェで休憩をしようと移動をしている最中、ナギサは嬉しそうな顔でそう言った。


「ボクにはない発想だった。ボクはあれを買おうとは思わないけど」

「それは良かった」


 隣で楽しそうに話すナギサの中に少しだけ成長した姿を垣間見たオリヴィアは嬉しそうに微笑んだ。


(自分にはない発想を受け入れられるなんて、ナギサも少しは成長したのかしら)


 ナギサがこの国に追放される原因となった事件――他人の価値観を理解出来ずに自分の価値観を押し付けていた頃のことを思えば、ナギサには何か精神的な変化があったように感じる。

 それがオリヴィアと出会ったからなのか、はたまた外の世界を自分の足で歩くようになったからなのかは分からない。だがオリヴィアとの生活は確実にナギサに変化をもたらしていた。

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