ドレス作りと新しい技術
「そうだ、明後日なんだけど」
カフェで休憩をしているとナギサが
「演劇?」
そこにはとある演劇のチラシが表示されている。本島にある歴史ある劇場で催されるその劇は女神ソフィアとこの島の関わりを描いた物で、毎年祭りの間上演されている風物詩らしい。
「チケットを取ったから行かないかい?」
「えっ!」
オリヴィアは急な誘いに動揺する。
「あ、あたし演劇なんて見たこと無いし……それにこんな立派な劇場に行けるような服だって持ってない……」
手持ちの荷物の関係で明日着る服にだって困っているのだ。歴史のある劇場に着ていけるような余所行きの服なんて持っていないし、そんな大層な場所に行くのは気が引ける。
「大丈夫。服なら買えば良いんだし。あ、そうだ! これから買いに行こうか。近くに良い店があるみたいだから」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 勝手に決めないで……」
近隣の仕立て屋を探すナギサにオリヴィアが割って入る。
「チケットだって高いんでしょ?」
「もう買っちゃった。それに、ボクたちの親族を描いた演劇だ。見てみたいと思わないかい」
「……見てみたいけど」
正直、「ソフィアの演劇」に興味が無いかと問われれば「ある」と答えるだろう。自分と血が繋がっていると幼い頃から聞かされてきたのもあるが、母の話でしか知らないソフィアが実際はどんな女神なのか興味があるのだ。
それに、自分の親族を描いた物語が立派な劇場で上演されるなんて滅多にないことだ。ただ単純に「見てみたい」と思った。
「じゃあ決まりだね」
ナギサはにこりと笑う。「押し負けた」とオリヴィアは思った。珈琲を飲み干してカフェを後にしてナギサが見つけたという仕立て屋へ向かう。
「今から行っても間に合うような良い仕立て屋が無いか蜃気楼通信で聞いたんだ」
ナギサのコミュニティにはナギサのファンであるお得意様が多数在籍している。彼女たちはナギサのジュエリーを愛用する富裕層であり、融通の利く「良い店」を良く知っている。
今回は観劇までに時間が無いので芸術の島周辺で間に合わせられる店が無いかコミュニティで質問したらしい。その結果、とある一軒の仕立て屋を紹介されたという。
到着したのは大きな通りに面した立派な仕立て屋だ。ナギサ曰く「現地に住むナギサのファン」御用達の店らしい。聳え立つ建物を前に「日常生活では絶対に立ち寄る事のない場所だ」とオリヴィアは息を呑んだ。
「いらっしゃいませ」
店の中に入ると早速店員が寄って来てナギサと何やら話をしている。
「オリヴィア様、こちらへどうぞ」
暫くすると女性店員がオリヴィアを迎えに来た。
(オリヴィア様?)
聞きなれない呼び方に耳がこそばゆい。店員は混乱するオリヴィアを手際よく試着室へと案内する。
「ナギサ様、倉庫へご案内いたします」
別の店員がナギサを布の在庫が置いてある倉庫へと案内する。何が何やら分からず混乱しているオリヴィアは大人しく試着室でナギサを待つことにした。
暫くするとナギサは生地のサンプル帳を沢山抱えて試着室へやってきた。後ろから女性店員が何名か着いて来て何やらメモを片手に目を光らせている。
「じゃあ、始めようか」
「始めるって何を?」
状況が呑み込めないオリヴィアは思わず聞き返す。
「今からボクがオリヴィアのドレスを作るんだ。こっちには造形魔法を使った仕立て屋が無いからね」
「造形魔法って、この指輪を作った魔法? それで服も作れるの?」
「うん。造形魔法と服飾は相性が良くてね。その場で体に合った服がすぐに作れるから便利なんだよ」
今から手作りで仕立てるのでは到底明後日には間に合わない。この国にはナギサの国にあるような造形魔法を利用した仕立て屋が無いのでナギサの「熱心なファン」に頼んで馴染みの仕立て屋に話を付けて貰ったのだ。
「ボクの造形魔法を見せる代わりに布地や場所を提供してもらったんだ」
「造形魔法」での即興オーダーメイドはまだこの国に無い技術である。「是非そんな『魔法』のような技法を勉強させてほしい」と二つ返事で許可が出た。
「オリヴィア、全てボクに任せて貰っても良いかな」
布地のサンプル帳を捲りながらナギサが言う。
「良いわよ」
オリヴィアは即了承した。ドレスのことは良く分からないのでナギサに任せるのが一番だと判断したのだ。それに、ナギサのセンスは嫌いじゃない。きっと素敵なドレスに仕上がるに違いないという自信があった。
「よし、じゃあこの布を持って来てくれ」
使用する布が決まったので店員に生地を持って来てもらう。在庫が置いてある倉庫から店員が持ってきたのはワインレッドのサテン生地だ。
「これをどうなさるのですか?」
見学している若手の店員がナギサに質問する。
「造形魔法でドレスに仕立てるんだ。見て貰った方が分かりやすいかな」
「服を作るのは初めてだけど」と前置きし、布をオリヴィアに持たせて造形魔法をかける。魔法をかけられた瞬間生地が淡く光を帯び、まるで氷が溶けるように液体状に変化した。そしてオリヴィアの体に纏わりつくとあっという間にミディ丈のドレスへと形を変えたのだ。
「……」
試着室に静寂が訪れる。歓声が上がるでもない。驚きの声が漏れる訳でもない。見学していた店員達は目の前で起こった光景に声も出なかった。
「……これが『造形魔法』ですか?」
年配の店員が静寂を破りナギサに声をかける。
「そうだよ」
「……なるほど。近くで拝見しても?」
「是非」
店員達は顔を見合わせて互いに頷くとオリヴィアの側に寄りドレスを観察し始めた。
「縫い目が無い」
「切れ目も無いから全て一枚の布で出来ているみたい」
「どうなっているんだこれは」
初めて見る「造形魔法」で作ったドレスに店員達は困惑の色を隠せない。まるで未知の物体と遭遇してしまったかのような顔をしている。それもそのはずである。
「そっか。縫っている訳じゃないから縫い目が無いんだ」
そう言うオリヴィアにナギサは頷いた。
「そう。造形魔法は『作る』という作業工程を飛ばして完成させる技法だからね」
「改めて見ると凄い技術ね」
自分が身に纏っているドレスをしげしげと眺めながらオリヴィアは感心していた。手に持っていた布が一瞬でこんな立派なドレスになるなんて、まさに「魔法」と呼ぶのに相応しい。
「縫い目が無いからしっかりしたシルエットを作りたいときには不向きのように思えるのですが、ナギサ様の国の仕立て屋はこの魔法でスーツを仕立てているのですよね?」
ドレスを観察していた店員のうちの一人が尋ねる。
「ああ。むしろ最初はスーツの仕立てから始まったって聞いたよ」
「そうなんですか。うーん、一体どうやっているんだろう」
「造形魔法は元々宝飾品を作るために改良された魔法だから、もしかしたら仕立て屋の技師が服飾用にアレンジしているのかもしれないね」
「なるほど……」
「造形魔法」はリディアの魔法を基に弟子たちが宝飾品向けに改良した物である。金属を型に流し込めば良い宝飾品と違って「縫う」等の作業が必要になる服飾品を作るため、仕立て屋の技師はそれぞれ独自に技法を編み出しているのかもしれないとナギサは考えた。
新しい技術を真似るだけでなく独自のアイデアで改良する。「造形魔法」は既に「文化」になりつつあるのだ。
「さて、ボクはドレスのことがさっぱり分からない。キミ達の意見を聞いても良いだろうか」
基本的な形を設えたが、機能性やデザイン性の面ではまだまだドレスとして機能しているとは言えない。ナギサにアドバイスを求められた店員達は目を輝かせた。
「アドバイスしてくれればその通りに変えるよ」
「では、僭越ながら」
店員達は次々に「こうした方が良い」「ああした方が良い」と意見を繰り出した。
「こうした方がオリヴィア様にはお似合いなのでは」
「パニエを履いてボリュームを出した方が可愛らしいです」
「ここはこういう作りにした方が動きやすくて良いかと存じます」
その都度ナギサが造形魔法で直していく。自分たちの意見がすぐに取り入れられ、目の前でどんどん変形していくドレスに店員達は興奮を隠せなかった。仕立て屋にとってはまさに夢のような技術だ。
「刺繍は可能ですか?ビーズは?」
(……まだ終わらないのかしら)
オリヴィアはすっかり着せ替え人形状態である。議論はますます白熱し、ドレスを作り終えたのは二時間ほど経った後だった。
「お疲れ様でした」
元の服に着替えてぐったりとするオリヴィアを尻目に店員達はとても楽しそうな顔
をしている。
「じゃあ、次はボクのドレスをお願いしても良いかな」
「えっ」
考えてみれば確かにナギサもドレスを調達しなければならないのだった。
「……あたし、外で待ってても良い?」
長時間立ちっぱなしで着せ替えに付き合ったオリヴィアはぐったりした様子で問いかける。
「でしたら応接室へどうぞ。お茶とお菓子を用意させて頂きますので」
店員の一人がそう申し出てくれたので、遠慮なく言葉に甘えさせてもらうことにした。
「終わったら呼びに行くよ」
色めき立つ店員達を背に応接室へ移動する。ただでさえ女優のような出で立ちなのだ。店員達も気合が入って長引くに違いない。これは自分以上に時間がかかりそうだとオリヴィアは思った。
* * *
待つこと数時間、ナギサが試着室から出て来た。
「お待たせ」
「良いドレス、出来た?」
「うん。早くオリヴィアにも見て貰いたいよ」
互いのドレスが完成したので別室でドレスに合う靴と鞄を見繕って貰った。服だけでなく靴や装飾品、鞄など店内で一通り揃うようになっているのも流石だ。
「これで安心して劇場へ行けるだろう」
「そ、そうね。ありがとう」
まさかドレスを作ることになるとは思わなかったが。もう何も言うまい。
「じゃあ次は……」
「え? まだ何かあるの?」
どこか別の店へ梯子しようとしているナギサを見るオリヴィアの顔には「早く帰って休みたい」と書いてある。
「服だけじゃ足りないだろう。どこかに材料が売っていれば良いけど」
そんなオリヴィアの気持ちを知って知らずか、ナギサはふふと笑った。
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