刺激と発想

 翌日、買い物を済ませたオリヴィアが帰宅するとコハルが砕けた石を目の前にして唸っていた。


「ただいま。どうしたの? 眉間に皺が寄っているわ」

「あ、ああ。おかえり。中々上手く行かなくてな」


 コハルは以前見つけだしたヒントを元に破損した天然石を再生する魔法を探っている。造形魔法を使わずに自然の力を借りて石を「再生」させるにはどんな「言葉」を使って「何に」力を借りれば良いのか。それがまるきり分からずに悩んでいるのだ。


「この割れた石をどうするの?」

「元の形に戻したいんだ」

「そんなこと出来るの? 割れた石が元に戻るなんて聞いたこと無いわ」


 「生活魔法」はあくまでも「自然」の力を借りる魔法である。自然下において一度割れた石は戻ることは無い。つまり「生活魔法」で石を元に戻すことは出来ないのではないかと言うのがオリヴィアの意見だ。


「確かにな。だが造形魔法なら出来る。二つを上手く組み合わせて『自然に』再生出来ないか考えているんだ」

「それって『再生』じゃないと駄目?」


 オリヴィアの問いにコハルは首をかしげる。


「どういう意味だ?」

「『再生』するんじゃなくて『再現』するのはどう? 石のことは石に聞けば良いのよ」

「……石に聞く?」


 「生活魔法」に「造形魔法」を合わせるのではなく「造形魔法」に「生活魔法」を組み合わせる。造形魔法に必要なのは使い手の知識なので、足りない部分を「石自身」に補って貰えば良いのではないかと言うのだ。


「つまり、コハルは普段通り造形魔法を使えばいいの。それと同時に『言葉』で石に元の姿を尋ねればいいのよ」

「なるほど。天然石が造形魔法で作れないのは複雑な内包物や混じり物に関する知識が足りず、再現しきれないからだ。その知識の部分をにフォローしてもらうということだな」


 今までコハルは「生活魔法」の補助として造形魔法を取り入れようとしていた。つまりは逆転の発想だ。砕けた石とその破片を前に手をかざし、造形魔法を発動させる。それと同時に生活魔法をイメージして


「石よ、元の姿を教えたまえ」


 と「言葉」を口にした。すると破片が液体状に変化し、石本体を補修する形で取り付いたのだ。


「出来た?」

「いや、ここまでは普段の造形魔法でも出来ることだ。問題は『中身』だな」


 見た目だけの再現ならば造形魔法でも簡単に出来る。問題は組成や内包物の再現度だ。宝石ではなくわざと内包物が多い庭の石を使っているので切断すれば分かる。研磨機で再生した部分の断面が分かるように磨いていくと、断面には元の部分と同じように多種多様な内包物が現れた。


「やった!」


 断面を見た瞬間オリヴィアが嬉しそうに声を上げる。

「……」


 初めは半信半疑だったコハルも暫くまじまじと断面を見つめて実感が湧いたのか、嬉しそうに「やった」と呟いた。ついに念願の「天然石」の再現が叶ったのだ。


「オリヴィアの助言のお陰だ。感謝するぜ」

「あたしはただ思いついたことを言っただけ。コハルの腕が良いのよ」

「いや、オレには無い考え方だったからな。オリヴィアは案外アドバイザーとか向いているのかもしれないな」


 「アドバイザー」という言葉を聞いてオリヴィアの頭の中にソフィアの顔が浮かんだ。ソフィアのようになれたら良いなと思っていたので嬉しい言葉だ。


「そ、そうかしら……?」

「ああ。『言葉』でなんてそう思いつくことじゃないぜ。生活魔法の併用には確かに技術が要るが、使った瞬間にいつもと違う感覚が流れ込んでくるのが分かったんだ。その通りに造形魔法を使ったらこの通りだ」


 つまりは造形魔法を使うためのガイドラインのような物を得たのだとコハルは言った。今回出来たのがまぐれかもしれないし、異なる魔法技術の併用は繊細なコントロールが必要なので誰にでもできることでは無いだろう。しかしながら、使い方次第では造形魔法の可能性がかなり広がる素晴らしい発想だとオリヴィアを褒めたたえた。


「生活魔法の考え方を少しアレンジしただけよ」

「オリヴィアにとっては当たり前でなんてことはない考えかもしれないが、オレにとっては斬新で新鮮なアイデアだったぜ」

「そういうものかしら」

「ああ。オリヴィアだって造形魔法を初めて見た時は驚いただろう? 造形魔法はナギサやオレたちとっては当たり前に使える魔法だ。それと同じさ」

「なるほどね」

「自分と違う知識や技術を持った人間と話すと刺激になるな。一人で考えているよりもずっといい」


 コハルの言葉にオリヴィアは思い当たることがあった。


『他人の作品って自分じゃ思いつかないようなアイデアが多いから組み合わせると面白いんじゃない?』


 ナギサが「やりたいこと」を見つけた時にオリヴィアが言った言葉だ。ナギサの作品を他人の作品と組み合わせるコラボさせる。その発想に至ったのはオリヴィアが贈った花束ガラスをナギサがアレンジしたのがきっかけだった。


「ナギサに足りなかったのは、他人からの刺激だったのかもね」


 オリヴィアの呟きにコハルは目を見開いた。


「足りない、か」


 のではなく

 ナギサにはどこか人として欠けている物があると思っていた。例えば協調性や共感力、他者の気持ちを汲み取る力とかそんなものだ。

 彼女が余りにも歪な環境で育ったせいで埋めることが出来ない物だと誰もが諦めていたが、オリヴィアはそれを「足りない」と表現した。


(欠落していたのではなく、不足していた。その考え方もオレにとっては新鮮な発想だな)


 足りないならば足せばいい。オリヴィアはナギサを否定することなく、彼女に足りないものを見抜き、与えた。オリヴィアの話から伺えるナギサの変化がその証拠だ。


(誰にでも出来る事じゃない。現にオレたちはナギサの『説得』に失敗している。きっとオリヴィアだからこそ出来たことなんだろうな)


「あいつに足りなかったのはオリヴィア親友だったんだな」

「足りなかったのはナギサだけじゃないわ。私にもナギサ親友が足りなかったの。あたしたちはようやく見つけたのよ。お互いに必要な大事な物を」


 心から本音を離せる相手親友。それはナギサもオリヴィアも持っていなかった物。時には意見をぶつけ合いながらも互いの意見を尊重し、共に成長していくことが出来る仲間。


「そういう相手は金で買えるものじゃない。大事にするんだぞ」

「ナギサを放り出したあなたが言う?」

「……それもそうだな」

「冗談よ」


(お金で買えないものだからこそ、ナギサにとっては何物にも代えがたい宝物なんだろうな)


 オリヴィアの髪に留められた青い花束ガラスの髪飾りが窓から差し込む暖かな日差しに照らされてキラリと光る。風に揺られる髪飾りを眺めていたコハルは眩しそうに眼を細めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る